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カロッサ討伐

 船室の外へ出ると、船上は慌ただしかった。

 船員たちが甲板の上を走り回り、慌ただしく戦の準備を始めている。

 俺は指示を出したかったが、あえて指示は出さない。

 海上での戦闘は無知だったからだ。

 ここは専門分野である船長に任せるべきだった。


 戦支度に忙しい船長に聞くのは悪いので、代わりにハンスに尋ねる。


「海戦とはどのように行われるのですか?」


 戦の緊張感で船酔いなど吹き飛んだのだろう。

 ハンスはいつもの冷静な口調を取り戻していた。


「通常、艦隊同士の戦闘は、魔術師が頼りとなります」

「なるほど」


 ならば協力できるかも知れない。

 ハンスは甲板の端に置かれた石の塊を指さす。


「あの石の塊を魔法で飛ばし、敵の船に大穴を開けてやるのが基本戦術となります」


 なるほどね、と俺は積み上げられていた石の山の意味に初めて気が付いた。

 この世界は剣と魔法の世界。

 ゆえに火薬などが生まれず、魔法頼りだったのだろう。

 前世の世界の海戦といえば、大砲が主役だ。


 船の側面に設置された大砲を撃ちまくり、敵船を沈める、それが海戦の基本戦術だった。


「――その辺を魔術師で補っている、というわけか」


 ただ、魔術師を揃えるのにも金が掛かるだろうし、石のつぶてではいまいち威力に欠けるはずだ。


 もしかしたら、ゼノビアへの輸出品として、大砲を作るのもありかも知れないな。


 そう思ったが、それよりもまず、今は敵に集中すべきだった。

 俺は敵の魔術師が解き放ってきた『石つぶて』を迎撃することにした。


《防壁》《衝撃》《火球》どの魔法を使っても迎撃できるが、俺は確実にこの船を守るため、《防壁》の魔法を選ぶことにした。


 船全体を守るのではなく、飛んでくるつぶてを、ピンポイントでガードする。


 本来ならば、防御は他の魔術師に任せて、俺も攻撃に加わりたいのだが、この船にはサティが乗っている。


 万が一、という事態は避けたかった。


 空中で次々と砕かれる敵の石つぶて、一方、こちら側の石つぶても同様に砕かれていた。何発か運良く、敵の甲板に命中したが、とても船を沈められるほどものではなかった。


 ハンスは説明する。


「赤髭のカロッサは高位の魔術師でもあるのです」


「――そういうことか」


 道理でゼノビアの船を何隻も略奪できたわけだ。 


「それだと、この後の展開はお約束かな」


 この手の海戦ならば、海賊船の船先にはラムと呼ばれる衝角が付けられているはずだ。


 それを得物である商船の脇腹に突き刺し、海賊共を商船に乗せる。

 それが常套手段のはずだ。

 案の定、カロッサの船はものすごい速度でこちらに迫ってきた。

 見れば敵の船の帆はものすごい勢いで膨らんでいる。

《暴風》の魔法をピンポイントで使い、船の勢いを速めているようだ。


「なかなかやるな」


 と感嘆せずにはいられない。


 暴風の魔法にはあのような使い方もあったのだな、と思わず感心してしまう。


 最初はただの海賊かと思ったが、赤髭のカロッサはなかなかの人物のようだ。


 もしかしたら、俺が今まで出逢った人間の中で最高の魔術師を相手にすることになるのかも知れない。


 そう思いながら、敵船が衝突してくる衝撃に備えた。

 敵の船の先がぼろ儲け号に突き刺さると同時に、海賊共は乱入してくる。

 全員、軽装でシミターかショートソードを握りしめている。


「当たり前か」


 海の上での戦闘だ、万が一、重武装の装備で海に落ちた場合は命がない。

 海戦では鎧を纏う意味がないのだろう。

 それと狭い船上で槍を使う人間も一人も居ない。

 ほぼ全員、シミターかショートソードで戦っている。

 皆、軽装なので、もしも斬撃を受ければそのまま戦闘不能に陥るだろう。

 更に言えばここは海の上、逃げ場などどこにもない。

 皆、必死で戦っている。


 これが海戦と陸上戦の大きな違いなのかも知れない。

 そう思うと、俺は敵の大将を探した。


 雑兵どもの相手は、乗組員とハンスに任せれば良いだろう。

 彼らとて海の勇者たちだ、遅れは取るまい。

 問題なのは、赤髭のカロッサの方だった。


 先ほどからの魔法や手際の良さを見る限り、赤髭海賊団の強さの源は奴にあると推測できる。


 それに戦闘というやつは、相手の大将を倒した方が勝ちだ。

 カロッサが倒れた時点で、勝敗は決するはず。

 そう思った俺は、甲板を見回した。

 

 乱戦ゆえに探しにくいかと思ったがそうでもない。

 簡単に船長は見つかった。


 敵の船の甲板で一番偉そうにしている奴、それがカロッサだった。

 一際小綺麗な格好をし、偉そうに腕を組んでいる。


「……しかし、まあ」


 という感想しか浮かばない。

 思わず口に漏らしてしまう。


「あそこまで見事な海賊が他にいるだろうか」


 白黒フィルム時代のハリウッド映画でももっとひねりを利かせるのではないだろうか。


 カロッサは髑髏のマークが入った海賊帽に、赤い鉢巻き、貴族が着るようなシャツの上に赤いビロードのジャケットを羽織っている。


「……これで片手がかぎ爪にでもなっていれば、完璧なのだが」


 と、漏らすと、案の定、彼の左手はかぎ爪になっていた。

 更に言えばお約束通り、左目には眼帯が巻かれている。

 俺は吐息を漏らしたが、油断するつもりはなかった。


 赤髭のカロッサは、典型的な海賊に見えて、なかなか、有能な指揮官でもあるようだ。


 乱戦状態にあるこちらの甲板には赴かず、自分の船から冷静に部下たちに指示を出している。


 時には、《付与魔法》を唱え、味方を援護し、こちらの水兵めがけ、《水球(ウォーター・ボール)》の魔法を放つ。


 その姿は海賊そのものだが、やっていることは優秀な魔術師兼指揮官だった。


 今まで多くの人間たちと戦ってきたが、魔術師兼指揮官としては最高の男なのではないだろうか。


「そうでなくては面白くない」とは言わない。


 敵が優秀ならば優秀なほど、こちらの被害が多くなる。

 見れば執事のハンスは海賊の一人と激闘を繰り広げていた。


 他の水夫たちはよくて互角、戦線全体で見れば明らかにこちらの方が不利だった。


「このままでは負けるな」


 と思った俺は呪文の詠唱を始める。

《転移》の魔法を使い、相手の甲板に直接乗り込むのだ。

 ここは海の上だ、海賊の流儀に従うのも悪くないだろう。

 そう思った俺は、転移の魔法でカロッサの前に移動する。


 俺の姿を見たカロッサの第一声は、


「……ほう」


 だった。続いて発した言葉は、


「先ほどから見事な《防壁》を繰り出されていると思ったが、なかなかの魔術師が乗り込んでいたものだな」


 カロッサは一瞬で俺の実力を見極めたようだ。

 それだけでも無能ではない証拠だった。

 俺は油断することなく、円環蛇の杖に魔力を付与しておく。


 その風貌とは異なり、理知的で紳士的な態度と表情だったが、この男は海賊だ。


 どんな手を使ってくるか分かったものではなかった。

 案の定、なんの前口上もなく、斬り掛かってくる。

 噛ませ犬特有の「死ねッ!」や「喰らえッ!」と言う言葉も発しない。

 ただ黙々と俺の急所をめがけ、サーベルを放ってきた。

 俺はそれを円環蛇の杖で受け止めるが、受け止めたと同時に火花が生じる。

 その光景を見たカロッサは初めて表情を変える。


「……ほう、魔力が付与してあるとはいえ、なかなかの杖だ。やはりただ者ではないな、貴様」


「魔王軍で魔術師をやっている旅団長だよ」


 と、身分を明かしてやりたいところだが、その必要性はないだろう。

 俺は男との勝負に集中した。

 繰り返される剣撃の応酬、その都度相手は一歩下がり、俺も一歩下がる。

 やはりなかなかの使い手だ。


 不死のローブを纏っていないとはいえ、これほどまでに苦戦するとは思っていなかった。


 剣術の腕前と魔力のバランス、という意味では以前戦った第3軍団の団長バステオに通じるものがある。


 そう考えると、やはり人間は恐ろしい。

 なかなかの人材がこうして野に埋もれているのだから。



「――だが」



 というと、俺はこの戦闘を終わらせることにした。

 全魔力を杖に付与する。

 後先のことなど考えずに、『ほぼ』すべてをだ。

 円環蛇の杖はより一層、蒼白いオーラを放つ。

 その一撃にすべてを賭けた。


 もしもこの一撃でカロッサのサーベルをへし折ることができなければ、この決闘、俺の負けだろう。


 そんな可能性もあったが、その心配は不要だったようだ。

 俺の最大級の一撃は、見事に効果を現した。



 パキンッ!



 という音と共にカロッサのサーベルはへし折れる。

 その光景を見たカロッサは驚きの声を上げるが、それも一瞬だった。

 すぐに冷静な表情を取り戻すと、左手のかぎ爪をこちらに向けた。


 

 ぱかり、と開く、かぎ爪の義手。


 

 そこには《ミスリル》の弾丸が詰められているようだった。

 この世界に銃というものは存在しないが、擬似的な銃は存在する。


 真銀(ミスリル)と呼ばれる金属で作った射出機に真銀の弾丸を込め、魔力を引き金にすれば、それが高速で射出されるのだ。


 銀に弱いとされる魔族、人狼や吸血鬼などに有用とされるが、別に人間に効果がないわけではない。


 むしろ、その威力は火縄銃と大差ないのではないだろうか。

 つまり、俺がそれを喰らえば死ぬ、ということだ。


「まあ、喰らえば、の話だけど」


 俺は事前にそのことを予測していた。

 その為に魔力を残していたのだ。

 《防壁》の呪文に抜かりはなかった。

 カロッサの最後の切り札はこうして無効化された。


 俺はカロッサの表情が絶望に染まったのと同時に彼の懐に入り込み、残された魔力を込めた右拳を彼の腹にめり込ませた。



「ごふぅッ」



 という声と共に大量の胃液をまき散らす。


 血は出ていないので死には至らないと思うが、それでカロッサの戦闘力と意識は完全に奪えた。


 それを見届けた俺は、ぼろ儲け号で戦っている海賊たちに向かって宣言した。


「お前たちの大将は俺が討ち取った。これ以上の抵抗は無意味だ。今、武器を捨てて投降すれば、命だけは保証してやる!!」


 その言葉が効いたのだろうか。

 それとも最強の船長が敗れたことで士気が下がったのだろうか。

 海賊たちは次々に武器を捨て、両手を挙げていく。

 それと同時に、ぼろ儲け号の水夫たちから歓声が上がる。



「やった! 勝ったぞ!」

「これで我がゼノビアも安泰だ!」 

「俺たちは、いや、アイク殿はあの最強の海賊カロッサを倒したんだ!」



 海賊たちを縛り上げながら、水夫たちは俺を賞賛する。

 賞賛されるのは心地良いものだったが、一つだけ心配があった。

 息を切らせながら近寄ってくる執事のハンスに尋ねる。


 前世でもそうだが、この手の世界では、海賊は捕まれば『縛り首』と相場が決まっていた。


 俺はそのことを尋ねる。


「我がゼノビアでも海賊は縛り首、と定まっております」

「…………」


 そりゃそうだよな。

 海賊は悪党だ。


 商船を襲い、その乗組員を皆殺しにしたり、生き残った乗組員を小舟で大海に放り出したりするのが海賊だ。


 ここで慈悲をかければ示しが付かないし、他の海賊も付け上がるだろう。


 ただ、投降すれば命は救う、と言った手前、それを反故(ほご)にするのは心が痛む。


 これも前世の記憶持ちの悲しい(さが)だった。


 俺は「なんとかなりませんかね」と一応提案したが、ハンスはとある提案をしてくる。


「恩赦という言葉をアイク殿はご存知でしょうか?」

「勿論知っています」


 と答える。


 国王が即位したとき、あるいは王子や王女が生まれたとき、特別に罪人たちの罪を軽くするのが恩赦だ。


 前世でも(いま)だにやっている国もあるというし、日本でさえ未だにそういう法律がある。


 大正時代までは行われていたし、今上天皇が即位された際も検討された、という話も聞く。


 しかし、早々都合良く、国王が即位したり、王子や王女が生まれたりするものだろうか。


 そもそもここは国ではなく、都市国家で国王はいないではないか。

 そう思っていると、ハンスは俺の虚を突いてくる。


「近々、我がゼノビアでも慶事(けいじ)がございます。それを口実にすれば、赤髭海賊団の海賊共の縛り首は避けられるのではないでしょうか」


 その言葉でハンスが何を言いたいのか悟った。


 ゼノビアに戻ったらさっそくユリアとの婚約を発表しろ、と暗に促しているのだ。


 俺は大きく溜息をつくと、ともかく、ゼノビアに戻ることにした。

 取りあえずエルトリアに赤髭のカロッサ退治の報告はすべきだろう。

 それをもって魔王軍との取引の交渉材料としなければならない。


 やれやれ、と思いながら、俺は自分の船室へと戻った。

 そこには未だに祈りを捧げているサティがいた。

 彼女に「勝ったよ」と報告すると、紅茶を入れて貰うよう頼んだ。


 汗臭い水夫と血なまぐさい戦場の臭いを嗅いだ帰りだからだろうか、同じ茶葉なのにいつもより良い香りがするような気がした。

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