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鳴り響く半鐘

 船酔い対策を教えてくれたのは執事のハンスだった。


 曰く、「水平線を見つめていればいいのです。あとは一度盛大に戻してしまえば楽になりますよ」とのことだった。


 可憐な少女が嘔吐する姿を見るのもアレなので、前者の方をサティに勧めると、さっそく帆船に乗り込んだ。


 次いで執事のハンスも乗り込んでくる。


 革の鎧を着込み、腰にシミターもぶら下げている。

 俺は訝しげに尋ねるが、彼の答えは明瞭軽快だった。


「このハンス。かつてはエルトリア様と共に、五つの海を駆け回ったこともあるのですよ」


 要は腕に自信があるので自分も同行させてくれ、ということだった。


 ハンスという執事は見た目は50過ぎの初老の男だったが、その胸板はなかなか分厚い。執事服の上からでもそれが見て取れたが、それを脱ぎ、鎧を身に纏うとそれが目立つ。


 その言葉通り、なかなかの猛者なのだろう。


 海上での戦闘経験も豊富であろうし、同行して貰って損になることはないだろう。


 そう思い、帯同を許した。


「このハンス、アイク様の為に、粉骨砕身の覚悟で働かせて頂きます」

 

 ハンスは感涙にむせびながら抱きついてくるが、暑苦しくて叶わない。


 もしもユリアと結婚することになれば、『これ』がもれなく付いてくるかと思うと、ぞっとする。


 そんなことを考えていると、この帆船の船長である男が、大声を張り上げる。



「出港!」



 と、その合図と共に、水夫たちが碇を引き上げ、オクターブ商会の保有する帆船『ぼろ儲け号』は出港した。


 


 初めての船旅は思いの外快適であった。


 船は想像以上に縦横に揺れたが、考えてみればこの世界では、馬に乗り慣れている。


 あれも現代の乗り物に比べれば遙かに乗り心地が悪く、それに馴れていればどうということはなかった。


 サティの方に視線をやる。

 存外、彼女も平気な顔をしている。

 こういうものは体質なども関係しているのだろう。

 むしろ、久しぶりに船に乗ったハンスの方が顔を青ざめさせていた。


 彼はこちらの方を見ると、


「歳は取りたくないものですな」


 と苦笑いを浮かべた。


「なんのまだまだお若いですよ」


 と返しておくが、急に不安になる。


 歴戦の海の男を期待していたが、買いかぶりすぎだったのだろうか。

 少し不安になったが、元々は自分一人でなんとかするつもりだったのだ。

 必要以上に期待するのも良くないだろう。


 そう思いながら『ぼろ儲け号』の船内を見渡す。

 ぼろ儲け号は客船ではなく商船である。

 いわゆる帆船というやつで帆を使って風の力で移動する。


 俺は海賊と聞くとなぜかガレー船を想像するが、この世界ではガレー船はとっくの昔に廃れてしまったようだ。


 この世界に地中海のような内海があればいまだに現役だったのだろうが、この世界の大陸はひし形のような形をしている。


 西域にかろうじて内海と呼べるような海域があり、そこではまだ現役らしいが、ともかく、この世界では帆船が主流のようだ。


 帆船の旅は風任せとなるが、船長曰く、この日の風はなかなかに良好らしい。

 これならば予定よりも早く目的地に着くだろう、と船長は言う。


「目的地ですか?」


 船酔い兆候のをまったく見せないサティが尋ねてくる。


「ああ、俺たちの目的地は『魔の三角地帯』と呼ばれているところだよ」


「魔の三角地帯ですか?」


「そう。とある重要諸島都市のみっつの中間地点だ。エシャス、ロボス、シリアンといって、それぞれ、重要な香辛料を産出している。だからそれぞれの港には護衛艦隊が駐屯しているのだけど――」


「その中間地点である海域にはなかなか手が回らない、ということですか?」


「その通り。だから海賊たちはそれに目を付け、襲撃の7割はそこで行われているらしい」


「つまり今回はその海域についたらわざと船速を緩めるのですね」


「その通り」


 流石はサティだ。

 なかなかに賢い。

 そう思っていると、船室の外から大声が聞こえる。


「敵影確認!」


 物見櫓(ものみやぐら)にのぼっている男がそう叫ぶと、彼は鐘を鳴らす。


 途端、船内は緊張に包まれる。


 先ほどまで陽気に話し込んでいた男たちが、急に真剣な表情となる。

 流石はエルトリアの配下だけはある、教育が行き届いているのだろう。

 これならば、海賊如きに後れを取ることはないだろう。

 そう思いながら、俺は船室を出て行こうとしたが、サティは俺の袖を掴む。


「お待ち下さいまし」


 彼女はそう言うと、室内を見渡す。


 恐らくではあるが、バステオとの決闘の際にやった『火打ち石』の(げん)担ぎでもやろうとしているのだろうが、残念ながら船の上では火気厳禁だ。火を扱えるものは限られている。


 それでもなんとかしようとしているサティに声をかける。


「験担ぎは今回はいい。そうだな、今回はサティの信じる神様にでも祈っていてくれ」


 サティは「はい」と頷くと、両手を合わせ祈りを始めた。

 その光景を見ながら思う。

 さて、彼女はどの神に祈りを捧げているのだろうか、と。

 この世界は多神教が主流だ。

 それぞれの種族、地域、階級ごとに祈りを捧げる神が違う。

  

 彼女がどの神を信仰しているかは知らないが、ともかく、早く海賊共を退治しなければ。


 以前も言ったが、サティは俺の命令に絶対服従する。


 俺が「祈ってくれ」と言ったのだから、彼女は俺が戻ってくるまでずっと祈っているだろう。


 もしも俺が負ければ、彼女はメイド服を脱ぎ、そのまま修道女にでもなってしまうかもしれない。

 

 一度、修道服姿のサティを見てみたかったが、俺の双肩には通商連合と魔王軍の未来が掛かっている。ここで手を抜くわけには行かない。


「さて、さっさと赤髭(あかひげ)のカロッサという男を退治してくるか」


 そう漏らすと、船室に立て掛けていた『円環蛇(ウロボロス)の杖』を取る。


 そしてサティに別れを告げると、船室の外へ出た。

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