魔王城へのいざない
円形闘技場の上部、貴賓席にいるだろうと思われる上司、魔王軍第7軍団軍団長、黒禍の魔女、セフィーロに会うため、俺はそこに向かった。
そこにたどり着くと、セフィーロは案の定、いつものにやけた顔で出迎えてくれた。
「やあやあ、久しぶりじゃな、我が親友の孫にして、我が配下一の魔術師、アイクよ」
砕けた口調であるが、気にしない。
この人はいつもこんな感じだからだ。
幼き頃、初めて会ったときからこんな調子、その性格も口調もまったく変わっていない。
――更に言えばその容姿もだ。
彼女は初めて会ったときと同じ容姿をしている。
腰までたなびかせた黒髪、凹凸のある肢体、目鼻立ちも整っており、その年齢は10代でも通じるが、彼女の年齢は――、
(――おっと)
いけないいけない。
仮にも心の中でも女性の年齢を数えるのは不適切だ。
それにこの魔女の魔力は絶大だ。
その魔力、その女の勘で、自分が考えていることなど筒抜けではないのか、そんな疑念に駆られるほど、彼女の存在は圧倒的だった。
だから子供の頃からこの女性の前でだけは嘘はつくまい、そう固く誓っていた。
「ところで、団長、アーセナム占領の報告をしたいのですが」
「ああ、その件ならばすでに使い魔から情報は得ている。攻略の過程、戦後の占領政策、なんの問題もない」
「ならばなぜ、俺を呼んだのです。まさか、本当にゴーレムの実験台にするつもりだけだったんですか?」
「そうじゃが?」
彼女はあっさりそう言うと、俺の反応を楽しむ。
しかし、すぐに大きく口を開け、笑いながら続ける。
「かっかっか、冗談じゃよ、冗談。妾もそこまで酔狂な魔女ではない。とあるお方にお前を連れてくるように頼まれてな、ゴーレムの件はそのついでだ」
「――とあるお方?」
俺はそう尋ねたが、彼女の口調でその人物が誰であるか、おおよそ察した。
魔王軍の階級は、簡単に分けると、魔王→軍団長→旅団長→部隊長に分けられる。
魔王様の下には参謀長という立場の魔族もいるが、格は軍団長と同じ、ということになっているから、軍団長であるセフィーロが「あのお方」と呼ぶのは一人しかいないはずである。
「その通り、魔王であるダイロクテン様が直々にお前に会いたい、とおっしゃってきた」
「ダイロクテン様が!?」
思わず問い返してしまう。
ダイロクテンとは、言わずもがなこの世界における現魔王の名前である。
数十年ほど前、先代の魔王を倒し、新たな魔王に就いたお方で、魔王軍のトップを務める人物だ。
「しかし、魔王様が一旅団長と会うなどあまり聞いたことがありませんが」
「ふむ、妾もないな。ただ、あのアーセナムをたったの一週間で陥落させた配下がいる、と話したら、一度会ってみたい、と仰せになられてな」
それでこれからお前を魔王城に連れて行くというわけよ、彼女はそう続けると、自分の肩に手を置くように命じた。
俺は彼女の勧め通り、手を置く。
「なんじゃ、詰まらん、どさくさに紛れて乳に触ってくるかと思ったのに」
「乳離れならとっくに済ませていますよ」
俺はそう言い切ると、転移魔法に備えた。
もっとも彼女ほどの魔力があるならば、転移に失敗する恐れも、転移酔いする心配もない。
心配なのは、魔王城という場所に初めて赴く緊張感くらいだろうか。
俺のような下っ端が、魔王城に行くことなど滅多にない。
興奮半分、緊張半分、そんな気持ちで転移するのを待った。