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サティの変装

「ご主人さま? 本当にわたしにユリアさまの代わりが務まるのでしょうか?」


 サティは心配げに尋ねてくる。


「問題はないはず……」


 そう答えたが、少々良心が痛む。


 俺が考えた作戦は、サティをユリアの身代わりに仕立てる、というものだったからだ。


 要はサティにユリアの格好をして貰うのである。

 ユリア・オクターブという少女は、サティに似ていた。

 最初に出逢ったときの感想がそれだ。

 ユリアは金色の波打った髪を持っているが、それ以外はそっくりだった。

 声も似ていたし、顔の造形も似ている。


 サティの方がやや肉付きが薄いが、それは出自の差だろう。

 ユリアは幼き頃より栄養に恵まれている。

 一方、サティは奴隷の子供だ。成長期に栄養が足らなかったのだろう。


 ただ、その辺は胸に詰め物でもすれば誤魔化せる。

 ユリアの侍女に、カツラを用意させると、サティにそれを被って貰った。


 後は、貴族の令嬢が着るようなヒラヒラのドレスでも着て貰えれば、偽ユリア・オクターブ嬢の完成である。


 ――数分後、ユリア専用のドレス・ルームから現れたサティは、貴族の令嬢そのものだった。


 思わず「ほう」という声を上げてしまうが、本人も満更でもないらしい。


「……貴族のお姫さまになった気分です」


 と照れ笑いを浮かべていた。

 サティは元々、目鼻立ちの悪くない少女だ。

 いや、可憐な少女だ。


 衣装や化粧に気を配れば、化けるとは思っていたが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。


「これならば、貴族の令嬢としても通用するだろう」


 というのが俺の率直な感想だった。

 事実、ユリアの侍女たちからは、嘆息(たんそく)の声が聞こえる。


「いやはや、出逢ったときから似ているとは思いましたが、これほどとは。これならば遠目からならば、お嬢様と見分けが付かないでしょう」


 と、執事のハンスも太鼓判を押してくれた。

 俺はその言葉で安心したが、同時に罪悪感も覚えた。


 勿論、全力で守るつもりでいるし、危険な目に合わせるつもりなど一切ないが、サティにユリアの身代わりをさせ、船に乗せる、というのは、やはり気が引ける。


(これはリリスでも連れてくるべきだったかな。もっともあいつはユリアとは似ても似つかないが……)


 そう悩んでいると、サティは健気(けなげ)に言う。


「このお役目はわたしにしかできないことなのですよね?」

 と――。


 俺は首を縦に振る。


 ハンスやエルトリアの手前、ユリアを囮に使うのは難しい。


 それにユリアに似た少女を探している時間もなかったし、そんな手間を掛けていれば、海賊に情報を気取られるかもしれない。


 何せ赤髭のカロッサは、あの有能なエルトリアを出し抜いて、ここ数年、この海域を荒らしまくっている男なのだ。


 その情報網は甘く見ない方がいいだろう。


「ならばこのサティ、アイク様のお役に立ちとうございます。サティはアイクさまに拾って貰った身です。今更この身がどうなろうとも構いません」


 俺はその言葉を聞き「やれやれ」と漏らす。


「またその話か。別に恩義なんて感じる必要はないよ。俺がサティにしてやったことなどほとんどない。むしろ、俺の方が世話になってるんじゃないか? サティの料理は飛び切りだし、サティの入れてくれた紅茶はとても旨い」


 本音だ。

 むしろ給金を今の倍にしてやりたいところだ。


「もしも、ご主人さまと出逢わなければ、サティはあのまま路頭に迷っていたでしょう。その恩義は忘れたくないのです」


「因果関係がごっちゃになってるぞ。俺がアーセナムを攻略したから路頭に迷うとこだったんだ」


「ですが、ご主人さまが攻略されなくても、アーセナムはいつか、魔王軍の手に落ちていたはずです。それにもしもアーセナムが無事で、前のご領主さまが健在でも、サティは寂しい人生を送っていたでしょう」


 サティはそこで言葉を句切ると、笑顔で言い切る。


「ご主人さまのメイドになれて数ヶ月ですが。サティはその数ヶ月でこれまでの喜びすべてを合わせた時間よりも幸せな時間を過ごせたのです。お願いします。是非、サティにご主人さまのお手伝いをさせて下さい」


 サティは請願してくる。

 その言葉に嘘はないようだ。

 いや、そもそもこの娘に嘘をつくなどという発想はない。


 本気で俺の役に立ちたいと思ってくれているのだ。

 ここで彼女の気持ちに応えない方が男が廃るというものだ。


「分かった。今回はサティに全面的に協力して貰う」


 その言葉を聞いたサティは、まるで花が咲いたかのような笑顔を浮かべた。


「初めて身の回りのお世話以外のことでお役に立てそうです」


 サティはそう言って喜んだが、「ただ、ひとつだけ不安なことがあります」と、最後にちょっとだけ神妙そうな面持ちになった。


 俺は彼女を安心させる為に言う。


「サティはなんの心配もする必要はない。不死の王のローブがなくたって、海賊共には遅れは取らないさ」

 と――。


 しかし、彼女の心配はそうではないらしい。


「ご主人さまの強さには全面的な信頼を置いています」


 と宣言した上で、こう続けた。


「――ただ、サティは船に初めて乗るのです。それが心配で」


 なるほど、確かにそれは俺も心配だ。


 前世で船に乗った記憶はおぼろげにあるが、この世界の帆船と、前世の大型船を一緒にしてはいけないだろう。


 俺たちはまず海賊対策よりも船酔い対策をすべきなのかも知れない。

 そう思いながら、帆船のあるゼノビアの港へ向かった。

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