ユリアの想い ††
††(ユリア視点)
イスマスの魔術師ライク様。
なんて素敵な殿方なのだろう。
ゼノビアの支配者の娘、ユリアは素直にそう思った。
この人にならば嫁いでも良い、純潔を捧げても良い、と思える相手に初めて出会えたのだ。
これが初恋というものなのだろうか?
ユリアは今まで恋というものをしたことがない。
父親に縁談を進められて、幾人もの男性と会ってきたが、今までこのようなときめきを感じたことは一度もなかった。
先日、赴いた隣国の大商人の息子もそうだ。
父が成した財を自慢するだけで、本人にはなんの才覚もない。
ただ、父の威光を傘にして、威張り散らすだけの詰まらない男だった。
だけど、ライク様は違う。
見ず知らずの人間を助けてくれる正義感、敵である盗賊にさえ慈悲をかける優しさ。
その光景を見たとき、ユリアの心は震えてしまった。
――これは運命の出会いに違いない、と。
これが初めて人を好きになるということなのだ、と。
一目惚れ、と言う言葉など、辞書や恋愛小説だけに出てくる言葉だと思っていた。
侍女たちがよく使う言葉だったが、自分には無縁だと思っていた。
いつか、ゼノビアの支配者の娘として、詰まらない男と結婚をし、詰まらない男の妻となり、詰まらない男の子供を産む。
支配者階級の娘として生まれた当然の運命をたどると思っていた。
だけど、まさかこんな運命が待ち受けているなんて――。
自分の胸に手を当ててみる。
その鼓動は早鐘のように早い。
彼のことを考えるだけで胸が高鳴り、
彼のことを思うだけで耳朶が熱くなる。
たぶん、これが初恋、というやつなのだろう。
人生で初めての経験なので、困惑してしまう。
誰かに相談したかったが、適当な相手が思い浮かばない。
ライク様のメイドであるあのサティとかいう少女に相談してみようかしら。
一瞬そう思ったが、ユリアは首を横に振る。
「……駄目。あの娘はたぶん、わたしのライバル」
ライク様がどう思っているかは分からないけど、少なくとも彼女はライク様に好意を寄せている。
それくらいのことはユリアも察していた。
恋敵に相談するほど、ユリアは無神経でもないし、馬鹿でもない。
「なら、やっぱり侍女に相談するのが一番かも」
そう結論に達すると、幼き頃より仕えてくれた侍女を呼び出す。
彼女は先日、一緒に馬車に乗っていた侍女だ。
ユリアの真剣な表情を見て、彼女は事情を察してくれたようだ。
「ユリア様はライク様と是が非でも結ばれたいのですね」
ユリアは真剣に頷く。
彼女はユリアの侍女の中でも一番信頼が置けるし、一番の知恵者でもある。
なにか良い案を与えてくれるかも知れない。
そう思い相談したのだが、正解だったようだ。
彼女は思いもかけない提案をしてくれた。
「ライク様が、エルトリア様に面会を求めている、という話はご存知ですよね?」
「勿論知っているわ。なにかイスマス国との貿易に関するお話があるみたい」
「元々、エルトリア様に用があって参られたのです。この際、それを利用されてはいかがでしょうか?」
「……利用」
ユリアは声を落とす。
あまり響きの良い言葉ではなかったからだ。
ユリアは盲目的にライクに惚れていたが、それでも結婚を迫るのに策略めいたことは使いたくない。
自身の魅力だけでライクを虜にしたかった。
「………………」
悩んでいると、侍女はユリアの背中を押すように言う。
「ユリア様、こんな言葉を知っていますか? 古来より、戦争と恋に関してはあらゆる手段を用いても構わない、と。最終的に勝った方が正義なのです」
「……最終的に勝った方が正義」
ユリアはぽつりと漏らす。
「その通りです。このわたくしめもライク様を間近で見ましたが、あのような御仁の妻になれるのは女として一生の誉れです。ここはどんな手段を使ってでも、ライク様と契りを結ばれるべきでしょう」
「……やっぱりそうよね。貴方もそう思うわよね?」
「はい、この機会を逃せば、二度とあのような御仁と巡り会う機会はないでしょう」
その言葉を聞いたユリアは、「……うん」と心の中で頷く。
そして決意を固めたユリアは、両親にとある願いをすることにした。
あるいはこんな方法を用いれば、ライク様に嫌われる可能性もあったが、それでもユリアはライクのものになりたかった。
彼の妻になりたかった。
そう決意したユリアは、両親の寝室へと向かった。
とあるお願い事をするために――。




