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ゼノビアへの道中

 通商連合とは、この大陸の南方にある諸都市を指す。


 この大陸の南方には大きな国はなく、それぞれの都市が自治権を有しており、それぞれが独自に統治している。


「それは王様がいない、ということでしょうか?」


 ゼノビアへ向かう道中、サティが尋ねてくる。


「その通りだ。通商連合の別名は、商人の持ちたる国だ」


「王さまのいない国があるのですね。ということは貴族さまもいないのでしょうか?」


 サティはショックを受けているようだ。

 彼女は長年、アーセナムという都市で貴族の奴隷をしていた。

 王のいない国、貴族のいない国など想像もできないのだろう。


「通商連合は、国じゃなくて都市同士の連合体だな。その名の通り、商業によって栄えているんだ。南方特有の農作物、あとは香辛料などもほとんどが通商連合が取り仕切っているんじゃないかな」


「ということは胡椒やシナモンなども通商連合から届いているのでしょうか」


「その通り」


「なるほど、急に身近になってきました」


 得意の料理の分野の話題になってやっと理解できたようだ。


「通商連合はその温暖な気候を生かして、北方では取れない農作物を作る。北方の人間はその見返りに工芸品や資源を売る。そうやって貿易をして儲けているんだよ」


 無論、魔王軍に直接売ってくれるわけではない。


 通商連合は、『諸王同盟』には参加していないが、それでも魔王軍に直接ものを売るほど阿漕でもなかった。


 もしも魔王軍がこのまま世界を制覇すれば、自分たちの立場が危うくなる、と思っているのだろう。


 通商連合は商人の国だ、それくらいの計算はできる。


 いくらしたたかな商人の国でも最後の一線だけは守ってきた、というわけだ。


 さて、俺は今からそのしたたかな商人の中でも最もしたたかな者に、


「魔王軍と直接取引をしてくれ」


 と申し出なければならないのだ。


「そんなことできるかな?」


 ぽつり、と漏らす。

 冷静に考えれば不可能である。

 通商連合は、今回の諸王同盟には参加していない。


 理由は、古の盟約を結んでいないのと、諸王同盟の参加国のローザリアと不仲だからだ。それと通商連合は『国』ではなく、都市の連合体だ。参加する義務はない。


 しかし、だからといって、窮地に陥っている諸王同盟を見捨てているのかといえば、そうでもない。


 裏では援助をしているようだ。


 無償、あるいは格安で農作物を提供し、諸王同盟の兵站(へいたん)の一翼を担っているらしい。


 やはり通商連合の支配者達も人間だ。魔王軍が恐ろしい、という感情は根強いのかもしれない。


 そんな連中を一体どうやって説き伏せればいいのだろう。


 思わず弱気になってしまうが、横にいるメイドは心配していないようだった。


「大丈夫です。ご主人さまに不可能はありません!」


 彼女はそう言いきると、俺を励ましてくれた。


「ゼノビアの大商人さまもご主人さまの優しさに触れれば、きっと魔王軍の方々が悪い方ではない、と理解して下さるはずです。そうしたら、きっと、ジョウヤクというやつも結んでくれます」


 自信たっぷりに言う。


「やれやれ」気楽なものだ、と思ったが、口には出さない。


 確かにその通りだと思ったからだ。

 交渉に赴く前からこんな気持ちでは、成功するものもしなくなる。


「俺の両肩に魔王軍の未来が懸かっているのだからな、ここで弱気になってどうする」


 そう考えを改めると、俺は最善策を考えることにした。


「交渉を成功させるにはまず情報を集めないとな」


 ゼノビアの盟主とやらが、どのような人物なのか、どのような思想の持ち主なのか、それを調べ上げるのが先決だろう。


 なんの情報もなしに勝負に挑むほど愚かなことはない。

 取りあえず、ゼノビアの街まで赴き、情報収集だ。

 そう思った俺は、馬の歩調を速める。

 やると決めたからには一刻も早くやり遂げたかったからだ。


「サティ、馬を速めるぞ」


 サティが驚かないように、あらかじめ伝えたが、意外にもサティは「はい」ということはなかった。


「……ご主人さま、あれは?」


 サティは控えめに指を差す。

 東の方角だ。

 そちらの方を向くと、そこには馬車が止まっていた。


 見ればそこには剣を構えた集団がいた。

 勿論、俺たちを狙っているわけではない。

 どうやら盗賊が馬車を襲っているようだ。

 こちらの世界ではよくあることだった。

 食い詰めた農民が盗賊となり、商人の隊商を襲う。

 見慣れた光景だ。


 盗賊の数は20人前後、隊商の数は5人、隊商の方が武装が上等に見えるが、やはり数の多い盗賊側が有利と見るべきだろうか。


(……このままだと商人側が負けるな)


 そう思ったが、俺は無視し、馬をゼノビアに進めた。


「ご主人さま、あの人たちを助けないのですか?」

「助けない」


 俺は一言で斬り捨てる。


「え、でも、このままではあの人たちは殺されてしまうかもしれません」


「ここはすでにゼノビア領だ。今騒ぎを起こせば、俺の正体が露見してしまうかもしれない」


 ちなみに今の俺の姿は人間そのものだ。

 つまり不死のローブと変化の仮面は纏っていない。


 不死のローブがなくても、盗賊風情に負ける気などしないが、前言通り、ここで余計な騒ぎなど起こしたくなかった。


 もしも魔王軍に属するものだとばれれば、情報収集どころではないし、最悪、ゼノビアの盟主と面会する機会も失ってしまうかも知れない。


 ここは心を鬼にして無視すべきだ。

 それが魔王軍の旅団長としての責務だった。

 いや、義務だった。


「…………」


 サティは無言で俺の服の袖を掴む。

 控えめで忠実な彼女だ。


 俺が助けない、といえば、そのことを責めることもなければ、非難することもないだろう。


 だが、彼女の手のひらから伝わってくる温もりは、俺が人間であることを改めて思い出させてくれる。


 俺は考えた末に、サティに馬から下りるように命じた。

 その言葉を聞いたサティは、顔をほころばせる。


「ご主人さま、あの方々を救って下さるのですね」


「見捨てるのも夢見が悪い。それに――」


 もしかしたら、あの商人たちから何か情報が得られるかも知れないしな。

 一応、そういう方便は必要だろう。


 俺が今からやろうとしている行為は、魔王軍の旅団長として明らかに不合理な行動なのだから。


(まったく、この前世の記憶って奴は役に立つことばかりじゃないな)


 完全に捨て去ることができれば、もっと楽に生きられたかもしれないのに。


 そう思いながら馬上からサティを見下ろすと、


「5分で終わらせる。そこに伏せて隠れていろ」


 と命令した。

 サティは素直に従う。 

 それを見届けると、俺は馬を走らせた。

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