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ベイオとクシャナの述懐 ††

   ††(人狼のベイオとマンティコアのクシャナ視点)   


 

 アーセナム救援が終わり、帰路につく途中、人狼のベイオは一言も口を発しなかった。


 あのおしゃべりなベイオが珍しい。

 マンティコアのクシャナはそう思ったが、あえてそのことには触れなかった。


 先ほどのアイクの見事な用兵を見せられて、自尊心が引き裂かれていると思ったからだ。


 ここで慰めの言葉などかけても逆効果だろう。


 そう思って沈黙していたのだが、意外にもベイオは素直にその思いの丈を口にした。


「……アイクのやつはすげえな」


「ほお……」


 思わずそう漏らしてしまう。

 ベイオが他人を褒めるところを初めて見たかも知れない。

 それほどこの男は負けず嫌いなのだ。


「たった500の兵で敵軍を釘付けにして、その陣形を真っ二つに引き裂いちまう。俺にはとてもあんな真似はできねえ」


「ワシにも不可能だな」


 いや、それは第7軍団の団長セフィーロにも不可能かも知れない。

 それゆえに今回の作戦をアイクに立案させたのだろう。


 アイクの将器を見抜き、作戦を立案させたセフィーロも剛胆だったが、その期待に完全に応えるアイクという若者も素晴らしかった。


 いや、そんな言葉で片付けて良いものではない。

 恐ろしい、と形容した方がいいかもしれない。

 クシャナは敵を恐れたことなど一度もないが、初めて他者に恐怖した。

 あの若者が魔族に生まれ落ちてくれて良かったと、心の底から感謝した。


「もしも、アイク殿が人間の側に生まれ落ちていれば、今頃、我々はドボルベルクまで追い詰められていただろうな」


 それが率直な感想だった。 


「…………」


 どうやらベイオも同じ感想を抱いているようだ。 

 沈黙によって答える。

 クシャナは苦笑を漏らすと続けた。


「しかし、幸いなことに、アイク殿は魔族に生まれ落ちてくれた。しかも、我が第7軍団の副団長になってくれたのだ。思い悩む必要はない」


「……まあな。でも、ま、俺様が手助けしてるってのもあるけどな。他の軍団だったらこんな活躍はできねーよ」


「やっといつものお主らしい台詞が聞けたな」


 クシャナは苦笑いを漏らしたが、とあることに気が付く。


 ふいに漏れ出た言葉なのだろうが、ベイオの言葉が真理の一旦を突いている、と思ったからだ。


 仮にもし、アイクが別の旅団に配属されていれば、運命は大きく変わっていただろう。


 アーセナムを攻略することも、救援に赴くこともなかったはずだ。


 人間の都市の占領も思うようにはいかず、魔王軍はとっくの昔に人間の国から撤退していたかも知れない。


 現在、第7軍団快進撃の理由の一つに、人間たちへの寛容さが挙げられる。


 人間たちを奴隷として扱うのではなく、住人として扱うことによって、その反抗を最小限に抑えているのだ。


 それは魔王が命じたことでもあるが、アイクが初めに実践し、その効果を他者に示したのだ。


 もしもアイクが他の軍団に配属されていれば、いまだ魔王軍は旧態染みた占領政策を行っていたかもしれない。


 そう考えると運命とは不思議なものだ。


 奈落の守護者と呼ばれた不死の王の孫として育ち、その友人であるセフィーロの軍団に配属され、今日までの快進撃に繋がっている。


 さて、そのロンベルクの孫は、この先、どのような未来を我々に提示してくれるのだろうか。


 クシャナは純粋に興味を引かれた。


 もしも、自分の推測が正しければ、アイクという青年は、ただの魔族として生涯を終えることはないだろう。


 人間、魔族の歴史書、双方に記載されるような男になるはず。


 ――要は、歴史上、初めて魔族と人間の共存を成立させた男として名を残すはずだ。


 そんな未来を感じさせる何かをアイクという青年は持っていた。


 クシャナはそれが自分だけの幻想か確認するため、同僚であるベイオに尋ねる。


「ベイオよ、お前は人間と魔族が共存する世界を作り上げることが可能だと思うか?」


 ベイオは答える。


「俺にそんな難しいこと聞かれてもわからねーよ」


 と――。


 なるほどな、この男らしい、と思ったが、ベイオは続ける。


「ただ、最近、アイクの真似をして、人間たちと話してるうちに、人間もそれほど悪い奴らじゃねえな、とは思うようになった」


「なるほどな、確かに、ワシも似たような感想を抱いている」


「…………」


 ベイオはそれ以上何も言わなかったが、あるいはそれが答えなのかもしれない。


 ともかく、近い将来、歴史は大きく動くだろう。 

 魔王軍の懐刀の異名を持つ、最強の魔術師によって――

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