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アーセナムの奇跡

 第7軍団vs諸王連合軍の戦いは、正午丁度に行われた。

 相手の数は10000だ。

 正面から戦ったのではまず勝ち目はない。

 マンティコアの老将クシャナは進言してくる。


「ここは夜襲をしかけるべきではないだろうか?」


 いや、と俺は首を振る。


「人間は魔王軍との戦いになれきっている。夜戦への備えは十分にされているはずだ。《照明(ライト)》《探知(サーチ)》の魔法を専門で使う魔術師も用意されているはず」


「確かに」


 とクシャナは同意する。


「それにこちらも大人数だ。もう敵軍はこっちの行動を完全に把握しているはずだ。手ぐすね引いて待ち構えているんじゃないかな」


 ぽつり、と予想を漏らしたが、その予想は的中した。

 斥候(せっこう)として送り出していたリリスから報告があったのだ。


「アイク様、やはり敵軍はこちらの動きを完全に掴んでいます」


 こんな形の陣形でこちらを迎え討とうとしています。

 と付け加えた。

 リリスの示した陣形の形はUの字をしていた。


「なるほど、鶴翼(かくよく)の陣形か」

「鶴翼の陣形ですか?」

「鶴翼の陣形とは、敵を包囲するための陣形だ」

「強い陣形なのですか?」

「まあな、戦の基本中の基本だ」

「……それは困りますね」


 流石にリリスも声が小さい。

 万の軍隊を間近で見てきたためだろうか、少し弱気になっている。

 彼女を安心させるためではないが、その陣形の弱点を説明してやる。


「鶴翼の陣形は強力だ。それを採用すると言うことは敵の指揮官は無能ではない、ということだろう。ただ、この陣形にも弱点はある」


「弱点ですか?」


「ああ、鶴翼の陣形は必然的にUの形になるだろ。この陣形の長所は、少数の敵を包囲して殲滅しやすいこと」


「……少数って、それって我が第7軍団のことじゃないですか。我が軍団の数は2000兵ですよ。このままでは敵の思う壺じゃないですか」


「だから弱点もあるといったろ。この陣形は相手を包囲するためのものだから、必然的にUの底の部分が薄くなるんだよ」


「なるほど、均一に兵士を配置するとそうなりますね。ですが、それと弱点がどう繋がるのですか?」


「つまりこういうことだ。Uの字のUの底の部分をぶち抜いてやれば、敵は真っ二つになる」


 その言葉を聞いてもリリスは顔をしかめている。

 やはりこの娘は知謀タイプの将ではなく、武力タイプの将のようだ。


「やれやれ」とマンティコアの老将クシャナは補足する。


「つまり、アイク殿は、そのUの字の底を打ち抜き、敵を二つにわけ、大混乱に陥れ、二つに割れた敵軍を各個撃破する、とおっしゃられているのだ」


 クシャナの補足を聞きようやくリリスは、「なるほど」と手を叩く。


「それが我が旅団、不死旅団の役目、というわけですね」


 その言葉を聞いたクシャナは、眉をひそめる。そして俺の方を振り向くと、神妙な面持ちで尋ねてきた。


「しかし、敵軍の底を打ち抜くにしても、アイク殿の旅団だけで大丈夫なのか? アイク殿の旅団の数は500、一時的にとはいえ、万の敵軍に包囲されるのだぞ」


 それについては「大丈夫」と言い切るしかなかった。

 何度もいうが、大将の弱気は兵にも伝わる。

 ここで弱気な態度を見せるわけにはいかなかった。

 それにそう言い切ることで、『自分』への鼓舞にも繋がる。


 正直、たったの500の兵で10000の兵を一時的にでも足止めし、中央突破を図るなど、アホのすることだった。


 古今東西、異世界問わず、たった500の兵で10000の軍隊に挑むなど聞いたことがなかった。


 俺が今からやる行為は、あらゆる世界の名将達から、愚行と嘲笑される行為なのだ。


 ――だが、


 と心の中で呟くと、俺は覚悟を決めた。

 たった500の兵でもやってやれないことはない。


 なにせ俺には、じいちゃんから受け継いだ円環蛇(ウロボロス)の杖と、火縄銃、という最強の武器があるのだから。


 そう確信すると、不死旅団を率いて、敵陣に突っ込んだ。

 敵兵はたった500の兵でつっこんくる旅団を見てどう思うだろうか。


 また魔王軍の猪武者の連中が無謀に突っ込んできている、と勘違いしているかもしれない。


 魔王軍にはそういうところがある。

 理知的な考えを持っている将は少ない。

 しかし、そう思ってくれればこちらとしては好都合だった。


「油断してくれれば油断してくれるほど。侮ってくれれば侮ってくれるほど有り難い」


 そう口にしながら、俺は愛馬に跨がり、先陣を切った。

 その姿を見てリリスは言う。


「不死旅団の団員よ、アイク様へ続け!」


 その言葉と共に不死旅団の連中は俺の背中に続いてくれた。

 俺はそれを確認すると、前面に巨大な《防壁(バリア)》の魔法を放つ。


 人間たちの戦法を熟知していたからだ。

 まずは弓による遠距離射撃、それが彼らの常套手段だった。


 前回は《暴風》の魔法で防いだが、今回は正規の軍隊だ。

 より強力な『固定砲台(バリスタ)』なども用意されていることを見越して、《防壁》の魔法を選択した。


 ただ、防壁の魔法は案外難しい。


 個人レベルを守る障壁を作るのは容易いが、軍隊を守る障壁を展開するのは、強大な魔力、それと詠唱時間、それにコツも必要だった。


 俺は愛馬の動きを止めると、魔法の詠唱を始めた。

 巨大な防壁を作るのだ、集中する時間が必要だった。

 その間、敵の放った矢が、弧を描き、こちらに向かってくる。


「……間に合うかな?」


 そう思ったが、なんとか間に合う。

 俺の前面に巨大な障壁が展開される。 

 蒼白い網膜(もうまく)のようなものが展開される。

 その障壁によって次々と人間たちの放った矢は軌道を逸らす。


「な、なんだと、あの巨大な障壁は一体なんだというのだ? 弓矢だけでなく、バリスタまで弾くというのか?」


 人間たちの声がここまで聞こえてきそうだった。

 もしも彼らに説明することができるのならばこう答えただろう。


「ただの防壁じゃ、バリスタまでは防げないよ」


 と――。


 俺が展開した障壁にはちょっとしたコツを施してあった。

 ただの平坦な障壁を展開するのではなく、障壁自体を湾曲状にしたのだ。

 そうすれば、弓矢の力は削がれ、あらぬ方向に軌道を変える。


 平面のバリアではその力が一点に集中してしまい、破られる可能性があるが、逸らせるだけでいいのならば、球体の方が余程効率がいい。


 この辺は前世の記憶も絡んでる。

 物理の分野のお話しだ。


 他の魔族の中には俺よりも強大な魔力を秘めているものもいたが、魔法を応用する、という点にかけては、魔王軍で随一じゃないだろうか。


 ――いや、自惚れかな。


 上には上がいる、そう思っておかなければ、いつか俺も敗者となってしまうかもしれない。


 そう自分を戒めていると、副官であるリリスが冷や水を浴びせかけてきた。


「流石はアイク様です。まさかあのように見事な魔法を使われるとは思ってませんでした。――あ、いえ、当然思っていましたが、想像以上でした」


「おだてても何も出ないぞ」


 というと、彼女は、「っちぇ」と舌を出す。


 次に声をかけてきたのはオークの参謀ジロンだった。


「旦那、鉄砲隊の準備はできていますが、もう撃ちこんでしまって構いませんか?」


 そう言えばこいつも戦場に連れてきていたことをすっかり忘れていた。


 珍しく参謀らしい提言をしてきたので驚いてしまったが、俺は片手を突き出すと、


「まだだ、まだ早い」


 と、制した。


「ですが、敵軍はあんなに間近に迫っていますよ。火縄銃ってやつは400メートルくらいは届くのでしょう?」


「届くことには届くが、当たらなければ意味はない」


 火縄銃という奴は、威力は現代の銃と大差ないが、その有効射程は遙かに短い。


 火縄銃を有効的に活用するならば、その射程は精々50メートルというところが限界か。


 要はもっと敵が近づいてきてくれなければ意味はなかった。

 ただ、その点に関しては心配していない。

 弓矢が効かないと分かった敵軍の反応など手に取るように分かる。

 見れば敵軍は目の前に迫っていた。


 弓矢での攻撃が無益、と悟った敵は、さっそく、攻撃方法を切り替えてきたようだ。


 騎士団にとって最高の攻撃手段、槍突撃(ランス・チヤージ)をしかけてきたのだ。


 土煙を上げて近づいてくる騎士たち。

 皆、重装備の鎧で身を固めている。

 手にはそれぞれ、突撃用の長槍を抱えている。


「す、すごい」


 ジロンはそう言うと息を飲み込む。

 確かに俺も感嘆してしまう。

 あれほどの規模の突撃はなかなか見られるものではない。


 これが映画の一場面であれば、さぞ楽しめることだろうが、あの突撃を受ける側にしてみれば堪ったものではない。


 実際、多くの魔族があの突撃によって命を落としてきたのだ。

 しかし、今回はそんなことにならないはずだ。

 いや、そんな真似などさせるつもりはなかった。

 その為の火縄銃なのだ。


 俺は改めて「敵兵をぎりぎりまで引きつけるのだぞ」と部下に命令を下すと、騎士たちが眼前にやってくるのを待った。


 極論を言えば、騎士たちの息づかいが聞こえる距離まで待つのが定石なのだろうが、今回は初の実践だ。


 余裕を持って撃つことにした。


 敵兵が30メートル圏内に入ってきたとき、振り上げていた右手を振り下ろし、


「撃て!」


 と、命じた。


 辺りに響き渡る轟音。

 瞬間、崩れ落ちる騎士たち。


 そのまま銃弾が当たったものはもれなくその場で崩れ落ち、馬に当たったものは馬から突き落とされる。


 その光景を見た瞬間、俺はこの戦の勝ちを確信した。

 弾を打ち終えた鉄砲隊の代わりに次の鉄砲隊が入れ代わる。

 三段撃ちという奴だ。


 運良く弾が当たらなかったもの、落馬するだけで済んだ騎士たちにめがけ、第二射、第三射が繰り出される。


 そのたびに崩れ落ちる騎士たち。

 主を失った馬はその場でいななきを上げる。

 生き残った騎士たちも、とっくに戦意を無くしてしまったようだ。


 多くの戦場を闊歩(かっぽ)してきた勇壮な騎士たちが、我先にと逃げ始めた。

 つまり、U字型陣形の底の部分が崩れた、というわけである。

 これで俺の目的は達成された。


 後は二つに分断された敵軍を残りの旅団長たちで挟撃するだけである。

 勿論、その間、俺も遊んでいるつもりなどない。


 味方の援護に回るつもりだが、ほっと一息吐ける時間ができたのも事実だった。


 遠目から敵陣を見る。

 激しい火柱や、雷撃が見られた。


「……そう言えば、右翼の方は団長が指揮していたか」


 道理でど派手な戦闘が繰り広げられているわけだ。

 遠慮なしに、禁呪級魔法を連発しているのだろう。


 陣形を真っ二つにされた上に、魔王軍屈指の魔女が全力で戦っているのだ。敵は恐慌状態に陥っているに違いない。


「――ならば」


 と、俺は言うと、左翼の方へ向かうことにした。


 こちらの方は、マンティコアのクシャナや人狼のベイオが指揮していたはずである。 


 敵を真っ二つにし、恐慌状態に陥っているとはいえ、彼らには荷が重すぎる数かも知れない。


 そう思った俺は、参謀のジロンと副官のリリスに命令する。


「左翼の援護に向かうぞ!」


 二人は同時に、「はい!」と頷いた。



 不死旅団の部下達は、一糸乱れぬ隊列で俺の後に付き従う。

 数刻後、分断された騎士団はほぼ同時に潰走を始めた。



 こうして後の世に、魔王軍側からは、


「アーセナムの奇跡」


 人間側からは、


「アーセナムの屈辱」


 と、呼ばれる戦いは終わった。


 要は、俺たちの圧倒的な勝利だった。

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