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第7軍団の軍議

 思った通り、バレンツェレにある転移の間は混雑していた。

 第7軍団の旅団長たちが次々とやってきていたからだ。

 顔見知りの旅団長ばかりが集まっている。


 人狼のベイオもいたし、その他の面子もいた。


 第7軍団は他の軍団に比べ、比較的旅団長同士の横の繋がりがあるが、俺は新参者な上に妬まれているところがある。


 あまり気軽に声をかけられる魔族はいなかった。


 転移の間で、暇を持て余していると、唯一、気が合う旅団長であるクシャナが話しかけてきた。


 彼は、牙獣旅団の旅団長だ。


 牙獣旅団とは読んで字のごとく、獣属の魔物や魔族を中心に組織された旅団だ。


 当然、その旅団長も獣属の魔族だった。

 彼はいわゆるマンティコアという魔物だ。


 ライオンの身体に、サソリのような尻尾、それに老人の顔を持った奇っ怪な姿をしている。


 日本でいえば(ぬえ)にあたる怪物だろうか。

 ともかく、魔王軍の中でも特に目立つ異形の魔物だ。

 彼は親しげな口調で俺に話しかけてきた。


「久しぶりじゃな、アイク。――いや、アイク殿、というべきか」


 声は(しわが)れた老人のものだったが、その年齢は不詳だ。

 少なくとも俺よりは年上だろう。

 俺は遠慮がちに返した。


「今まで通りにアイクで結構ですよ。クシャナさん」


「しかし、そういうわけにはいくまい。お前は副団長になったのだ。上下のけじめはキッチリ付けるべきだろう」


「じゃあ、殿で、でも、様は勘弁してください。例え俺が軍団長になったとしても」


 クシャナは顔を緩めると、

「お前が魔王になったときは保証できないがな」

 と笑い、本題に入った。


「しかし、セフィーロ様はなにゆえ、旅団長を集めたのだろうか」


 それは軍議を開くためだろうが、定例の軍議はこの前開いたばかりである。

 彼が聞きたいのは、そのようなことではなく、その内容だろう。

 もちろん、俺も知るよしはなかったが、ある程度は想像できる。

 その想像を彼に話すことにした。


「恐らくですが、ローザリアとの戦の状況がかんばしくないのでしょう」


「……ふむ、やはりそうか。先日、攻勢に打って出た第2軍団も返り討ちにあったというしな」


 それは俺が罠にはめたんですけどね、とは流石に言えない。

 代わりに当たり障りのない事実を言う。


「ええ、諸王同盟が成立して以来、魔王軍の快進撃はぴたりと止まりましたからね」


「……まあ、それは予想通りだ。だが、こうも見事に止まるとは思っていなかった。過去、三度ほど諸王同盟は発動されたが、その都度、我々は撃退された」


 さて、今回もそうなるかな、とマスティコアのクシャナは吐息を漏らした。


「今回はそうなりゃしねーよ」


 と俺たちの会話に割って入ってきたのは人狼のベイオだった。

 曰く、「前回の敗因はそのとき、まだ俺様が生まれていなかったから」らしい。


 相変わらず自信過剰な男だ。

 クシャナもそう思ったらしく、苦笑いを浮かべている。


 魔王軍、特に若い魔族は、人間を侮る傾向がある、と俺とクシャナは思っている。


 人間の強さと恐ろしさを知っているのは、魔王軍でも極僅かだろう。

 俺とセフィーロ、それに魔王様、それとこの老人くらいか。

 それゆえの緊急軍議なのだろう。


 そう思っていると、セフィーロの秘書官の魔族が現れ、「軍議の間に集まって下さい」と旅団長一同に伝えた。


 流麗な声だ。

 なかなかの美女だが、セフィーロの秘書官だけあり、有能そうだった。

 セフィーロが不真面目な分、彼女が真面目さを補っているのだろう。

 そんな想像をしながら、軍議の間へと向かった。





 バレンツェレにある軍議の間は大きい。

 30名ほどの魔族が集まってもまだ余裕がある。

 それぞれの旅団長がそれぞれの定位置に座る。


 茶菓子や茶さえ出ないのは、サティのように気の利いた娘がいないからだろうか。


 それともそんな暇さえないほど緊急の軍議なのだろうか。

 真横にいるセフィーロを見る限り後者のようだ。


 彼女は珍しく真剣な表情で、軍議の宣言を開始した。


「今回の議題じゃが――」


 出だしは同じだが、いつもよりも遙かに真剣みがある。

 それだけ、魔王軍が追い詰められている、ということなのだろう。


「端的にいえば、我が魔王軍は、先日、大敗を喫した」

「…………」


 驚きの声は上がらない。

 流石に各旅団長にはその程度の情報くらい耳に入っているのだろう。


「まず第2軍団長漆黒の翼のゲルムーアがアレスタの街の攻略に失敗した」


 その言葉を聞いた各旅団長は溜飲を下げる。

 第2軍団の残酷さ、強欲さは各軍団の中でも知れ渡っていたからだ。

 中には露骨に表情を緩め、「いい気味だ」と笑っている旅団長もいた。

 一方、セフィーロはこちらを横目でちらりと見る。


 あるいはこの人は俺がゲルムーアを焚き付けてアレスタに赴かせた謀略を見抜いているのかもしれない。


 この魔女もなかなかの謀略家だ。また情報収集にも余念はない。


 気が付かれていても驚かないが、何も言わないところを見ると、この人も「いい気味だ」と思っているのか、俺の意図を理解してくれているのかもしれない。


 セフィーロは視線を元に戻すと続ける。


「第2軍団だけではない。第4軍団も占領地の半分を奪われた。第5軍団に至っては壊滅的な被害を受けた。魔王軍随一の精鋭と謳われている第1軍団でさえ苦戦を強いられている」


「あの第1軍団もですか?」


 マスティコアのクシャナが驚きの声を上げる。


「それだけ人間共の抵抗が激しくなっている、ということじゃな」

「諸王同盟成立の効果がさっそく現れている、というわけですか」


 クシャナは補足する。

 セフィーロは黙って頷く。


「唯一、健闘しているのは、我が軍団くらいかな。いまだ占領地を死守している」


 セフィーロは再びこちらを見る。

 主に不死旅団の働きによるところが大きい、と言いたいのだろう。


 実際、俺の旅団が最前線であるイヴァリースを死守し続けている、というのは大きな功績だった。


 そのおかげで他の旅団長達の苦労は軽減されているし、農業都市イヴァリースから送られる食料や物資は、第7軍団の生命線となっている。


 本来ならば、衆目の前で賞賛されるべきなのだろうが、セフィーロはあえてこの場では俺を褒めない。


 他の旅団長の反感を避けるため、或いは嫉妬から俺を守るため、配慮してくれているのだろう。


 何も考えていないようで、存外、魔族の心の機微(きび)に敏感なのが、セフィーロという魔女だった。


 俺は彼女の配慮に感謝するため、とある提案をする。


「団長、提案があるのですが」


 俺は控えめに挙手する。


「なんじゃ?」


 と、セフィーロが言うと、一同の視線が俺に集まる。

 提案しても良い、ということだろう。


「今、魔王軍の重要拠点であるアーセナムが諸王同盟に包囲されていると聞きます」


 アーセナムとは先日、俺が攻略した大陸中央にある交易都市である。


 現在は魔王の直轄領として、魔王軍の重要拠点となっているが、それが陥落すれば、いよいよ魔王軍の勢いは完全に止まり、戦局がひっくり返るかも知れない。


 いや、ローザリアからの完全撤退は確実だろう。


 それだけでなく、その他の占領地も放棄し、最悪、前回のように魔王城の本拠地まで反転攻勢をかけられるかもしれない。


 それだけは避けたかった。

 歴史は繰り返すというが、今回ばかりは前回と同じ轍を踏みたくなかった。


「確かにアーセナムは包囲されている。しかし、まさか、お前はそれを救いに行くというのではあるまいな?」


「そのまさかですよ。ここでアーセナムを失えば、魔王軍の損失は計り知れない」


「しかし、すでにアーセナムは諦めよ、という魔王様の下知は頂いている。今更救援に赴いても無駄であろう」


 ……魔王様はすでにアーセナムを見捨てるつもりでいるのか。

 それほどまでに人間の勢いに脅威を感じているようだ。


 すでにアーセナムは諦め、その後方の都市の防備を固めに入っている、とセフィーロは皆に告げる。


 あの冷静で有能な魔王様がそう判断したということは、相当に追い詰められている証拠だ。


 だが、今、ここでアーセナムを失うのは魔王軍にとって痛恨の事態だ。

 それは避けるべきだ。

 そう判断した俺は主張する。


「ここは第7軍団の総力を挙げて、アーセナムに救援に行くべきだと思います」

 

 その発言を聞き、旅団長達の大半は驚きの声を上げる。


 セフィーロは神妙な面持ちで僅かに眉を動かした。


「おい、アイクよ、お前は今の話を聞かなかったのか、アーセナムは諦めて戦線を後退させるのが魔王軍の方針だろ」


 意外にも反対意見を唱えたのは人狼のベイオだった。

 一番好戦的なこいつが反対するとは珍しい。

 もっとも、俺の意見に反対したいだけかも知れないが。


 ベイオに呼応したわけではないだろうが、マスティコアのクシャナも反対の意見を述べてきた。


「副団長よ。アーセナムはすでに完全に包囲されていると聞く、その数は万に達するという。我が旅団の数は合わせても3000少々。その数で敵に当たるというのか?」


 クシャナは(しわが)れた顔を更に歪めながら続ける。


「しかもその3000もすべて合わせてだ。占領地をもぬけの空にするわけにはいかない。目下のところ、我が軍団の占領地で反乱が起きたことはないが、占領地を空にすれば、そうはいかないぞ」


 他の旅団長も同意する。


「その通り、総軍を上げて動けば、必ず反旗を翻す都市も出てくるだろう」


 確かにそれには同意見だった。


「確かにその通りです。敵の奇襲を受ける可能性もある。最低限の守備兵は残すべきでしょう」


「となると動けるのは2500兵、いや、2000というところか」


「それくらいが妥当でしょうね」


 俺は答える。


「お前はたったの2000兵で万の兵に当たれというのか?」


「たったの5倍です。我々ならばなんの問題もありません」


 ――と言い切りたいところであったが、それは自信過剰すぎる。

 兵法の基本とは、多数の兵力によって少数の兵力を倒すところにある。

 つまり俺が提案している作戦は、絶対にやってはならない作戦だった。

 最悪、第7軍団は壊滅する恐れがある。

 皆が反対するのも当然であった。


 ――ただ、一人だけ俺の味方をしてくれる人物がいた。


 先ほどから沈黙を守っていたセフィーロがおもむろに口を開く。

 彼女は俺を庇うためだろうか。

 あるいは俺を信じてくれているためだろうか。

 毅然とした口調で言った。


「分かった。(わらわ)も今、ここでアーセナムを失うのは痛いと思っていたところじゃ。ここはアイクの作戦を採用しよう」


 第7軍団の団長がそう言い切ったのだ。

 会議の結論はこれで決まったことになる。


 セフィーロは俺の前でこそ威厳の「い」の字も見せないが、他の旅団長の前では軍団長らしく振る舞うし、畏怖もされている。


 彼女がそう選択したのなら、それが正しいのだろう。

 と、他の旅団長達も納得したようだ。


 彼女は、


「それでは各自、占領地に戻り、戦の支度を始めよ。1週間以内にイヴァリースに集まり、そのまま北上し、アーセナム救援に向かう」


 と、断言した。


 旅団長達は「承知しました」というと席を立ち上がり、会議室の間を後にする。


 第7軍団の旅団長に臆病者はいない。

 戦をすると決まれば、各自奮い立ち、意気揚々と立ち去っていった。

 数分後、先ほどまで賑やかだった会議の間は急に静けさを取り戻す。

 残ったのは俺とセフィーロだけだった。

 二人だけになると妙な沈黙が流れる。


 それを察知したわけではないだろうが、セフィーロの書記官が、銀のトレイを持って飲み物を運んでくる。


 セフィーロは大の酒好きなので葡萄酒だろうか。

 紫色の液体が注がれている。

 俺の方は真っ赤な液体だ。


 この秘書官は俺が人間だとは知らない

 不死族ゆえに動物の血が好みと勘違いしたのかも知れない。

 俺はそれに口を付ける振りをするが、秘書官がいなくなるとそれをテーブルの上に置く。


 正直、動物の血など好みではない。

 それどころかそんなものを飲めば腹を壊すだろう。


 セフィーロは、その光景を見ると、くすり、と口元を歪め、「次からは水でも出すように言っておく」と言った。


「せめて茶にしてください」


 と、反論すると、彼女はこう言った。


「それはアーセナム救援が成功した暁にじゃな」


「ならば今から茶葉を指定しておきましょう。イヴァリース産でお願いします」

「そんな安物で良いのか?」


「俺はあの香りが好きなんですよ」


 と俺が言い切ると、彼女は尋ねてきた。


「そこまで言い切るからには、アーセナム救援を成功させる自信がある、と思って構わないんじゃな?」


「団長は俺が小心者だと知ってるでしょ。負け戦に挑むほど勇気はありませんよ」


「――ということは、あの火縄銃とかいう兵器の開発に成功した、というわけか」


「ええ、まだ100丁くらいですが。それだけでも十分、戦力になるでしょう」


「バステオのときに使った三段撃ち、とかいうものを使う気か?」


「あのときは二段撃ちでしたけどね。今回は数が揃えられそうなので、三段撃ちで行こうと思っています」


「しかし、あの兵器は強力じゃが、それだけで万の大軍と渡り合えるかな?」


「それだけでは駄目でしょう」


 俺は言い切る。


「ならば他に妙案がある、と解釈して構わないな?」


「ええ、構いません」


 断言する。

 彼女は俺の目を見ると、神妙な面持ちで頷いた。


「よかろう、今回の作戦はお前にすべて任せよう」


「……詳細は聞かないのですか?」


「聞かない」


 と、セフィーロは短く返す。


「どうしてですか?」

「面倒じゃからな」


 彼女は冗談交じりに言う。


「……仮にも魔王軍の軍団長がその態度でいいんですか?」

「仮にも魔王軍の軍団長だから、この態度でいいのじゃ」


 と、彼女は言い切る。

 その戯けた態度を見て、俺は「まったく」と吐息を漏らしてしまう。

 長年世話になっている人だが、本当にこの人の性格は掴めない。


俺の微妙な空気を察したのだろうか、セフィーロは急に真面目な態度になると、こういった。


「――前にも似たようなことを言ったことがあるな。(わらわ)は勝算のない戦いには挑まないタイプだと」


「バステオとの決闘の時ですね。つまり、団長は今回も勝てる、という風に思ってくれたわけですね」


「その通り。お前の指揮とあの鉄砲とかいう武器があれば恐らく、負けることはあるまい」


 彼女はそう言いきると、

「また、あのときと同じ光景を(わらわ)に見せてくれるな? アイクよ」

 と、問いかけてきた。


「なんとかしてみますよ」


 俺はそう答えると、その期待に応えるため、全力を尽くすことにした。


「それでは一週間後、イヴァリースの街で会いましょう」


 そう言い残すと、席を立ち上がり、不死のローブをはためかせた。

 彼女は俺の背中に言う。

 声色は真剣だったが、用件は巫山戯(ふざけ)たものだった。


「最上級の葡萄酒(ワイン)を用意しておけよ。ペルーナ産がいい」


「手に入れば用意しておきます」


 振り返ることなく、そう言い残すと、俺はイヴァリースへと戻った。

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