ドワーフとの同盟
不死旅団単独でのローザリア横断、
イスマス急襲、
ドワーフの王の救出、
すべてが上手くいった。
上出来というか、上手く行きすぎて怖いくらいだったが、まだすべてが成功したわけではなかった。
ドワーフの王、ギュンターとの交渉が残されているのである。
イヴァリースの街に戻った俺は、ドワーフの王ギュンターを、館の応接間に招いた。
捕虜としてではなく、客人として。
あるいはここは魔族らしく、イスマスの連中のように人質にし、ドワーフたちを無理矢理働かせる。
という方法もある。
そちらの方が魔族らしいやり口だったが、その行為がいかに無意味で無益かよく知っていた。
恐怖で人を動かすことはできるかもしれないが、恐怖で人を働かせるのは不可能なのだ。
人は見返りがなければ、絶対に働かない。
そのことはイスマスの王が証明していた。
彼はドワーフの王を捕虜とすることに成功しても、ドワーフたちを従わせることはできなかったではないか。
俺は同じ過ちを犯すつもりはなかった。
応接間にはすでにギュンターが座っていた。
サティに紅茶を出すように命じる。
彼女は畏まりましたと、頭を下げると、ワゴンで紅茶を運んで持ってくる。
「砂糖は何杯入れられますか?」
メイドのサティはギュンターに尋ねるが、ギュンターは首を横に振る。
「砂糖はいらない。代わりに蒸留酒を入れてくれ」
サティは慌てて蒸留酒を持ってくる。
少し時間が掛かったのは、この館の主である俺があまり酒を飲まない為だろう。
サティは蒸留酒を持ってくると、
「どれくらい注ぎますか?」
と尋ねた。
ギュンターは無言でサティから蒸留酒を奪うと、カップに注ぐでもなく、そのまま口に付ける。
まるで水でも飲むかのような勢いだ。
サティは俺の耳元で囁く。
「ドワーフさんって、ほんとお酒が好きなんですね」
「……ああ、そのようだ」
これは瓶ではなく樽が必要かな、そんな感想が浮かんだとき、ギュンターは口を開いた。酒気がこちらにまで漂ってくる。
「まずはぬしに救って貰った礼を言おう」
彼はそう言うと頭を下げる。
どうやらこの王は実直な王のようだ。
平民、いや、魔族でも恩があれば礼をいうらしい。
俺はその礼に型通りの返礼をすると、本題に入ることにした。
「ドワーフの王であるギュンター様にお願いがあります」
ギュンターはゆっくり首を横に振る。
「ワシはもう王ではない」
「……どういう意味ですか?」
「我が王国ウィルヘイムはとうの昔に滅びた。国のない王ほど滑稽なものはないだろう」
「……なるほど」
「ぬしはワシに礼節を尽くしてくれるが、そんな必要はない。ただの老いぼれとして扱ってくれればいい」
その言葉を聞いたリリスは、「じゃあ」とばかりに馴れ馴れしく話しかける。
そして応接間のソファーに置かれていた筒状のものを取り上げ、それをテーブルの上に置いた。
「おじいちゃん、これと同じものを作れるかしら?」
一国の王に対して無礼な態度であるが、ギュンターは前言の通り、気にした様子もなく火縄銃を手に取る。
ギュンターは王であると同時にドワーフだ。
この手の機械を見て興味を覚えないわけがない。
目の色を変え、銃を手に取る。
「これは?」
「火縄銃というものです」
「ヒナワジュウ?」
「筒の先から火薬と弾を入れ、火を付け、火薬を燃やし、その爆発によって鉄の弾を高速で発射します」
「魔法の一種か?」
いえ、科学です、と言いかけて止める。
「錬金術の一種だと思って下さい。火薬と呼ばれる素材を爆発させると、燃焼ガスが発生します。普通に爆発させると四散するのですが、筒状の鉄の空洞の中で爆発させると――」
「そのエネルギーが一方に伝わり、弾が高速で射出される、というわけか」
「その通りです」
さすがドワーフの王だ。
簡単な説明だけですべてを理解してくれた。
ならば火縄銃を作るのにもっとも必要な部品、ネジについても理解してくれるだろう。
俺は懐からネジを取り出すと、ずばり尋ねた。
「これと同じものが量産できますか?」
と――。
ギュンターはそのネジをつまみ取ると、眉をしかめた。
「単純なようでいて複雑な形状だな。まるで螺旋階段のようだ」
「そうです。その螺旋状の構造が大事なんです」
その螺旋構造によって物体を強固に固定できる。それがネジの長所だ。
このネジで銃の底を密閉しないと、火縄銃は完成しない。
「作れそうですか?」
俺は再び尋ねる。
ギュンターは眉一つ動かさず返す。
「作れる」
と――。
その言葉を聞き、リリスは、はしゃぐが、ギュンターは、ただし、と付け加える。
「この形状のものを量産するのは不可能だな。腕のよいドワーフの職人を集めても1日、数個が限度だろう」
「……なるほど、やはりそうか」
事前の予測通りの答えだった。
「1本1本削り出しになる。このような精巧なものだ。再現はできないかもしれないが、数を揃えるのは困難だろう」
ギュンターはそこで言葉を句切ると、「そもそもこのようなもの。一体誰が作ったのだ?」と尋ねてきた。
異世界の日本人です、と言えれば楽なのだろうが、「それは秘密です」と誤魔化しておく。
ただ、このネジとやらを量産する方法に心当たりはあった。
無論、俺の手先はドワーフたちのように器用でない。
この聡明な王に話せば、作り上げてくれるのではないか、そう思ってわざわざイスマスまで出向いたのだ。
俺はその方法を彼に話す。
こういうときは現代知識が役に立つ。
その方法を聞いたギュンターは大きく目を見開く。
「そのような方法があったのか!?」
やはりギュンターはその話を聞いただけでネジの量産方法を思いついたようだ。
やはりドワーフの王はただ者ではない。
発想さえ与えれば即座に理解し、同等の物を。
いや、それ以上の物を作り上げる。
これでネジ量産、つまり鉄砲量産の目処は立った。
後はドワーフの職人を集め、量産に入るだけだが、問題はその代価だった。
俺は他人をただ働きさせるつもりはない。
鉄砲という最強の武器を譲り受けるのだ。
それ相応の対価を用意するつもりだった。
俺はいまだに興奮冷めやらぬ王に提案する。
「ギュンター陛下、もしもこの火縄銃を量産してくださるのならば、魔王様がこの世界を統一した暁に、ドワーフの国を再建して頂くよう進言します」
その言葉を聞いたギュンターの見せた顔はこの日一番の物だった。
彼は、大きく眼を見開き、「まことか?」と尋ねた。
俺は一言で返す。
「魔王様から許可は頂きます」
「――許可を貰える保証は?」
正直に答える。
「ありません。それに、このことを誓約書にすることはできないでしょう」
「ならばその話、どうやって信じよ、というのだ」
「俺の言葉だけです。――今のところは」
「もしも、貴殿がその約束を破ったらどうする気なのだ?」
「そのときは、ギュンター殿が作った銃で俺を打ち抜いてください」
それくらいの覚悟はあった。
魔王様は立場上、今、ここでドワーフの王と約束することはできない。
先日のバステオの一件もある。
ここで亡国の王に妥協する姿勢を見せれば、他の軍団長に示しが付かないからだ。
ただ、あの魔王様なら。
あの少女ならば、必ず俺と同じ考えに至ってくれるはずだ。
俺はそれを信じて、あえて魔王様の名を出した。
もしも、その約束が果たせないのであれば、前言通り、この男に命をくれてやっても良い。
そんな覚悟でギュンターの目を見据えた。
――その覚悟が彼に伝わったのだろうか。
ギュンターはゆっくりと首を縦に振った。
「いいだろう、布告を出し、このイヴァリースの地に腕利きのドワーフの職人を集めよう」
ギュンターはそう言うと握手を求めてきた。
俺はその手を握りしめる。
こうして魔王軍とドワーフ族の間に、密かな同盟が結ばれた。