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ギュンター救出作戦

 ジロンに持ってこさせた鎧一式、肩に大きく鷹の紋章が描かれている。

 恐らくはどこかの貴族の紋章なのだろうが、その来歴は分からない。


 名のある貴族のものなのかもしれないし、ただのしがない騎士階級のものなのかもしれない。


 しかし、そんなことはどうでもいい。

 問題なのはこれが俺のサイズに合うか否かなのだが……。

 鎧を着てみる。


 ――うむ、どうやら問題ないらしい。


 少し大きめにも思えるが、綿でも詰めれば問題ないだろう。

 俺は兜を着込むと、本陣代わりにしていたテントから出る。

 開口一番に賛嘆の声を上げたのはリリスだった。


「とても素敵ですわ。アイク様」


 彼女は片足を挙げ、小躍りをするように褒めてくる。

 ただ、彼女の場合は俺が何を着ても褒めてくるだろうから、あまり当てにならない。


 問題なのは俺が人間らしく見えるか否か、なのだが――。

 彼女はその答えを教えてくれる。


「まるで人間そのものですわ。これならば見破られる心配はありません」


 その言葉を聞いてほっと胸をなで下ろす。


「はい、どこからどう見ても人間そのものですぜ、旦那」


 ジロンも追従する。


「そう見えるのなら成功だな」


 まあ、よくよく考えれば中身は人間そのものなのだから、不死の王のローブと仮面を脱ぎ去れば元に戻るのだ。人間に見えるのは当たり前だった。


 どうも魔族に囲まれているとたまに自分が人間ではないと、錯覚してしまうことがある。


 さて、これで俺の方は問題ないと分かったが、問題なのは相棒の方だった。


 ジロンを連れて行くのは論外だ。

 力仕事も任せられなければ、頭脳方面も期待できない。

 それにオークの小男を連れて行ったのでは意味はない。


 今回の作戦の目標は、敗残兵に紛れ込んでイスマスの王都に潜入し、そのドサクサに紛れてドワーフの王を救出することにある。


 オークなどをともなって潜入すれば、その作戦は台無しだ。


 となると――


 必然的に竜人シガンは候補から外れる。

 彼は人型の魔族だが、その顔はどう見ても竜だった。

 連れて行く意味はない。


「…………」


 俺は溜息をつくと、リリスの方に視線をやった。

 彼女は魔族であるが、かなり人型に近い。

 淫魔サキュバスと人間の違いは、尻尾と牙の有無くらいだろうか。

 それらを隠せば、人間と大差ない。

 褐色の肌はやや目立つが、南方から来た人間だと言えば納得するだろう。


「……やれやれ、またこの娘と一緒に行動するのか」


 美女と行動を共にするのは厭ではないが、この娘は加減というものを知らない。


 再度吐息を漏らすと、リリスに人間の格好へ変装するように命令した。

リリスは嬉々としてそれに従う。





 リリスは普段、身体のラインがぴっちり出る娼婦のような服を着ている。

 足が艶めかしく見えるようわざと短いスカートをはいて。

 しかし、それでは彼女の尻尾は隠せない。


 最初は貴族の令嬢が着るようなひらひらなドレスを身に纏って貰おうかと思ったが、それも不自然だろう。


 ドワーフの王が幽閉されている監獄にそんな女性が赴く、というのもおかしい。


 ここは定石通り、『女騎士』に変装して貰うことにした。

 フルプレートの鎧を纏えば尻尾は隠せる。

 牙は口を開かなければ見えないだろう。

 問題なのは、この娘が、作戦の間、しゃべらずにいられるか、だが――


 リリスは自信満々に、

「お任せ下さい!」  

 と笑みを漏らしている。


 さっそく牙が丸見えだ。

 俺はそれを諦めると、彼女にフルフェイスの兜を被せることにした。


「――これではアイク様のご尊顔がよく見えません――」


 くぐもった声が聞こえてくるが無視する。

 ともかく、イスマスの王都が混乱している間に潜入を果たしたかった。

 あまりもたついていれば、近隣の都市から増援が来るかもしれない。


 こちらの手勢はたった200なのだ。

 四方八方から数で押されれば、今度はこちらが敗者となるだろう。

 それだけは避けたかった。

 その事態を回避するには手早く、王都に潜入するしかなかった。

 俺とリリスは、敗残兵に紛れ、王都の中へ侵入した。

    


 †



 イスマスの王都はなかなかに荘厳だった。


 以前、サティと赴いたリーザスには及ばないものの、それに次ぐ規模がある。


 石畳は立派に整備されていたし、王宮まで続く道には、立派な商館や貴族の館などが建てられている。


 リリスは「財宝をちょろまかしていきませんか?」

 と提案してきたが、却下する。


 俺たちの目的は、ドワーフの王ギュンターただ一人だった。

 彼を味方にさえ付ければ、彼を尊敬するドワーフたちも味方になってくれるのだ。


 その価値は金貨では換算できない。

 今、魔王軍に必要なのは富ではなく、技術なのだ。

 それを補ってくれるのはドワーフという種族のはず。


 彼らを味方に付けるには、彼らの王を味方に付けるのが手っ取り早い、そう考えてこの地にやってきたのだ。


 今更、財宝などどうでもいいことだった。


 リリスは「ちぇッ」と残念そうに言うと、それでも俺に付き従った。

 


 ドワーフの王ギュンターが幽閉されている監獄は、王都の端に有った。


 罪人や人質を収容するのにわざわざ一等地を使う必要性を認めなかったのだろうが、一国の王を収容する場所にしてはあまりにもみすぼらしかった。


 白薔薇騎士団の団長アリステアが幽閉されていた場所が、貴族の避暑地に見えるくらいだった。


「一国の王に対する礼を欠くな」


 それが率直な感想だった。

 リリスは意外そうな顔で返答する。


「でも、人間の亜人に対する扱いなんてこんなものですよ?」

「…………」


 リリスの答えは的を射ていた。

 この粗末な監獄は、人間の亜人に対する扱いをよく表している。


 人間という奴は、人種が違うだけで、自分たちの仰ぐ宗教が違うだけで、平気で殺し合いができるのだ。


 それは前世でも異世界でも変わらない。


ましてやここは人道とか倫理観などという概念が根付いていない世界だ。

 敗者に対する慈愛や慈悲を期待する方が間違っているのかもしれない。


「やれやれ難儀な世界に転生してしまったものだ」


 口の中でボツリと漏らすと、王を救出すべく、監獄の門へと向かった。



 監獄には門番が一人だけいた。

 有事ゆえに、警備のものまで駆り出されているのかもしれない。

 最高のタイミングで俺たちは監獄にやってきたようだ。

 リリスに「(はや)るなよ」と制すと、門番に話しかけた。


「任務ご苦労」


 偉そうな口調で話しかける。

 この鎧には貴族の紋章がある。下手に出る方が逆に怪しまれるだろう。

 案の定、門番は恭しく敬礼をしてくる。


「ご苦労様であります!」


 青年になったばかりだと思われる門番は、緊張した面持ちで返答した。

 俺は、ジロンに適当に作らせた偽の命令書を青年に見せる。


「国王陛下の命令により、ドワーフの王ギュンターを別の監獄に移送する」


 青年は驚いた顔を見せる。


「ギュンター殿を移送するのですか? そのような命令は聞いていないのですが」


「敵軍が目の前に迫っているのだ。ドワーフの一部が決起する、という情報もある。早く移送しなければならない、というのが国王陛下のお考えだ」


 わざと苛立った声を上げる。

 とにかく、火急を要するのだ、の一点張りで攻めるつもりだった。

 しかし、存外、この青年は生真面目なようだ。


「命令書を確認させてください」


 と、命令書を渡すように確認してきた。

 まったく、と舌打ちせざるを得ない。

 どんなに職務熱心になったところで、給料が上がるわけではないのに。

 それだけでなく、そんなことをすれば、彼の運命は決まってしまう。


 案の定、青年が顔色を変え、


「こ、これは偽の書状!?」


 という言葉を漏らしたと同時に、リリスに頭を思いっきり殴られていた。

 既視感を覚える。


 確か前回も似たような場面を見た気がする。

 リリスは、兜を脱ぎ捨てると、妖艶な笑みを浮かべた。


「アイク様、ここはいつも通りにいきましょう。まどろっこしい真似をしている方が時間が掛かりますよ」


 そう言うと異変に気がついた衛兵共がやってくる。

 確かにその通りなので、同意するが、俺はリリスに重ねて命令する。


「余計な殺生は控えろよ」


 リリスは、「はーい」と暢気な口調で衛兵達に向かって行った。

 一応、剣は抜かずに体術のみで倒しているようだ。

 その姿にほっと胸をなで下ろすと、俺は監獄の奥へ向かう。

 リリスは「どちらへ?」と尋ねてくる。


 俺は一言で返す。

「ギュンターのところだ」

 ちなみに彼がどこに囚われているかの情報はない。


 ただ、こういうものは定番として最深部に囚われているに決まっている。

 一番警備が厳重な場所にいるに決まっていた。

 俺は兵士達がやってくる方向に走りながら、魔法を詠唱する。


 《衝撃(ソニツク・ブーム)》魔法だ。


 襲い掛かってくる兵士達は、衝撃で吹き飛ばされ、壁にぶち当たる。


 最小レベルの威力で放っているので、死ぬ心配はないと思うが、石壁に背中を強打させている姿を見るのは哀れだ。 


 次々と兵どもをなぎ飛ばしていくが、その数が次第に少なくなっていく。

 つまり、最深部に到着したようだ。


 そこで鉄格子の奥に鎮座している老人を見つけた。

 ずんぐりとしたビール樽のような体型、立派な口髭に顎髭(あごひげ)


 この世界に生れ変わってからドワーフを見かけたことなど何度もあるが、一目で目の前の男が、ドワーフを統べる王だと判断できた。


 それほどまでに威厳ある風格をしていた。

 思わず片膝をついてしまう。

 それが王に対する礼儀というものだろう。


 ドワーフの王ギュンターも王の尊厳を失っていないようだ。

 おもむろに立ち上がると、俺を見下ろす。


「ぬしは何者だ?」


 真っ白な髭の奥から、低い声を響かせる。


「魔王軍第7軍団副団長を務めているアイクというものでございます」


 その言葉を聞き、さすがに驚いたようだ。


「ワシにはぬしが人間にしか見えぬが」

「……変化の魔法を使っております」


 まさか自分が本当は人間、だなんて言えるわけがないし、言う必要もないだろう。


 自分達が魔族である証拠に、リリスに鎧を脱ぐように指示した。


 ギュンターは、リリスの足下から頭頂までを見やると、俺たちが魔族であることを確認したようだ。


「なるほど、どうやら主達(ぬしたち)は本当に魔族のようだな」


 ギュンターは立派な顎髭をなで回すと、こう言った。


「――ということは、ついに魔王軍はローザリアを破り、このイスマスまでをも占領した、というわけか」


「なぜそう思うのです?」

「そうでなければ魔王軍がここまでこられるわけがなかろう」


「いえ、残念ながら陛下の考えは外れております。魔王軍は、まだ、ローザリアさえ征服できていません。今、ローザリアの王都リーザス付近で激闘を繰り広げています」


 その言葉に、ギュンターは初めて驚愕の瞳を見せた。

 薄く閉じられた目が、大きく見開かれる。


「お主はワシをたばかっているのか? ローザリア健在の中、このイスマスの王都に攻め入ってきた、というのか?」


「その通りです」


 俺がそう言い切ると、リリスが補足する。


「わたしたちがここにいるのと、城外から聞こえるこの喧噪がなによりもの証拠でしょ」


「……確かにその通りなのだが。となると、お主達は、戦乱の最中にあるローザリアを突っ切り、このイスマスの王都を急襲したというのか?」


「ええ、まあ」


 正直に答える。


「…………」


 ドワーフの王は再び沈黙すると、「にわかには信じがたい」と続けた。


「……しかし、事実だけを見るに、お前たちの言葉が嘘とも思えない。信じるとしよう。そしてそこまでの実力者がここにやってきたのだ。その理由くらい察している」


 さすがにドワーフの王だけはある、聡明な男のようだ。

 イスマスの連中は愚かだ。

 この男の協力を得れば、多くの優秀なドワーフを従えさせられたものを。


「お前たち魔王軍は、我がドワーフの技術力が欲しいのだな?」


 ギュンターは単刀直入に尋ねてくる。


「その通りです」


 正直に話す。

 この男の前では虚言も脅迫も通じない、と思ったからだ。


 俺の思いが通じたのだろうか、ドワーフの王は座っていた椅子から立ち上がると言った。


「――いいだろう。どのみちワシは虜囚の身だ。選択肢はない。連れて行くがいい」


 その口調には、ある種の諦観(ていかん)めいたものを感じた。

 余程長い間、牢に閉じ込められていたためだろうか。


 まだ80歳を超えたばかりの壮年のドワーフと聞いていたが、実際の年齢よりも年寄りめいて見えた。


 そんな風に考えながら、鉄格子を壊すと、ギュンターの鉄鎖(てつくさり)を外した。


 その手際の良さに彼は、「ほう……」と関心の声を漏らす。


「これが魔法というものか。便利なものだな。なるほど、ワシを攫いにきたのは魔王軍の魔術師というわけか」


 その言葉をリリスは否定する。


「いいえ、おじいちゃん、アイク様はただの魔術師じゃないわ。魔王軍最強の魔術師よ」


「…………」


 自信満々に言い切るリリスをちらりと横目にする。 


 その過剰な形容詞が事実かは分からないが、ともかく、そう呼ばれ続けるためには勝ち続けなければならない。


 その為には、この混乱が収まる前に王都を脱出し、敵の追撃を受ける前にイヴァリースへ戻らなければならなかった。

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