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イスマス強襲

 第2軍団長漆黒の翼のゲルムーアは見事に調略に乗ってくれたようだ。


 事前に、ローザリアの主要都市アレスタの弱点を教えたこともあるが、俺たち第7軍団の活躍に嫉妬していたのも大きいだろう。


 簡単な偽情報を流しただけで、ゲルムーアは自分の軍団を動かし、アレスタに向かってくれた。


 オークの参謀ジロンは尋ねてくる。


「でも、旦那、もしもゲルムーアのやつがアレスタを落としたらどうするんですかい?」


「そのときはそのときだ。魔王様の領地がまた広がる。それだけのことだ」


 ――もっとも、たぶん、そんなことにはならないだろうけど。


 ゲルムーアの第2軍団は屈強で残忍なことで知られるが、それゆえにアレスタの都市の住人も必死で抵抗するだろう。


 占領されれば残忍で冷酷な処置が待っているのだ。

 その噂は確実に広がっているはず。

 領主達の抵抗は今までの比ではないはずだ。

 それに、王都リーザスに滞在する『諸王同盟軍』の存在も大きい。


 アレスタの領主が必死に抵抗を重ねている間に諸王同盟が動き出し、第2軍団に襲い掛かるだろう。


 精強で知られる第2軍団だが、恐らく敗北するはず。


 今まで破竹の勢いで人間の都市を落としてきたが、人間たちが本気になった今、そう易々とことが運ぶとは思えない。


 実際、魔王軍苦戦の報告は、俺の耳にまで届いている。

 今現在、勢いを保っているのは、我が第7軍団くらいであろうか。


「正確にいえば、我が不死旅団だけですけどね」


 と、オークのジロンは手揉みをしながら、誇らしげに言う。


「お前の功績はゼロだろう」


 と言ってやりたいところだが、どうもこいつは憎めない。


 実際、愚鈍ではあるが、命令には忠実だし、仕事も早くはないが、丁寧にやってくれる。


 もしも俺が軍団長に出世しても、こいつを参謀の末席においてやってもいいくらいだ。


 そんな風に考えながら、ジロンに戦支度をさせることにした。





 イスマスへの遠征は、200名規模で行うことにした。


 今回は、トロールや巨人族(ジヤイアント)巨樹族(トレント)などは連れていかない。


 理由はいくつかあって、その一つは目立つから。

 彼ら大型の魔族は数百メートル先からでも容易に視認できる。

 それに彼らは動きが遅い。

 軍隊という奴は必然的に動きの遅いものを基準に行動することになる。

 だから今回、馬に乗れない種族、空を飛べない種族は置いていくことにした。


 今回の作戦の肝は、迅速に敵地に侵入し、迅速にドワーフの王を助け出し、迅速に撤退するところにある。


 大型の魔族は強力であるが、機動戦には向かない。

 魔族にも人間にも向き不向きはあるのだ。


「そうなると、参謀のジロンは置いていかないといけませんね」


 副官のリリスが小悪魔めいた表情で言う。

 いや、実際に小悪魔か。


「そ、そんな、俺は置いてけぼりですかい?」


 ジロンは慌てふためく。


「………………」


 思案のしどころである。

 役に立つことは恐らくないだろうが、参謀を置いていくというのも哀れである。


 馬には二人乗ることができるのだ。

 どこか空いている馬の後ろにでも乗せることにしようか。

 ちなみに俺の愛馬の後ろも空いている。


 当然、リリスの奴は、「わたしを後ろに乗せてください」とせがんできたが、これまた厄介な問題だ。


 その噂を聞きつけたメイドのサティが参戦してきたからだ。


「アイクさまの馬の後ろが空いているのならば、是非、このサティをお連れください」


 リリスは猛然と反論する。


「戦場に女を連れて行くだなんて聞いたこともないわ」

「失礼ですが、リリス様も女性ではないでしょうか」

「わたしは女であると同時に戦士よ」 

 

 毅然と対応するリリスに、サティも向きになる。


「で、でも、戦場でも、ご飯を作る係は必要でしょう?」


「その通りだけど、いいの? もしも敵に捕まったら、とんでもない目に遭わされるわよ。戦場で殺気だった人間がどんなに恐ろしいか、貴方には分かるかしら」


 サティは「――でも」と続けるが、俺は制止する。

 リリスの言葉は正論だったからだ。

 戦場で殺気だった人間の残酷さ、冷酷さは魔族と大差ない。


 そんな中でサティのような可憐な少女が捕まってしまえば、目も当てられない。


 俺はサティに言い聞かせる。


「飯を作る係は別にいる」

「……そうなのですか?」 

 

輜重隊(しちようたい)といってな、それ専門の部隊がいる。奴らが部隊の飯を用意してくれる」


 もっとも、サティの作る食事より数段劣るがな、と付け加えておく。


 実際、戦場で食う飯は不味い。

 保存重視のためにからっからに水分を抜いた堅焼きパン。

 これまた保存性重視で塩に漬け込んだ塩辛いだけのベーコン。

 稀にそれらに酢漬けのキャベツやキュウリが添えられるくらいで、味気ないことこの上ない。


 元々、食に五月蠅い方ではなかったが、サティを側に置くようになって以来、戦場がより嫌いになった。


 味気ない飯を口にするたび、サティの作る煮込みスープやローストビーフの味が恋しくなる。


 ――いけない、いけない。


 戦場に赴く前に、日常を恋しがってどうする。

 無論、必勝の気持ちで戦場に向かうつもりだが、それでも出立の前から、こんな気持ちでは万が一、という可能性もある。


 どんな相手にも油断しない。

 それがじいちゃんの教えだったし、実際、その言いつけを守ってきたおかげで今日まで勝ち続けられてきた。


 今後もそうありたいものだ。

 そう思いながら、メイドであるサティに別れを告げた。





 イスマス王国は、ローザリア王国の西隣に位置している。

 その歴史は古く、その成立はローザリア王国よりも古かった。

 古の英雄イスマイールが、興した国としても知られる。

 イスマイールとは、数百年ほど前の戦争で魔王を打ち倒した英雄の名だ。


 その功績として、かつてあった大帝国の皇帝からこの地域を与えられたらしい。


 元々、帝国の辺境領だったゆえ、その規模は大きくないが、流石は英雄王の子孫の国だけあり、抱える騎士団は精強である、と、もっぱらの評判だった。


「――もっとも、その騎士団がその国にいなければ意味はありませんけどね」


 くすくす、とサキュバスのリリスは笑う。


「ああ、今は諸王同盟で王都リーザスに集まっているからな」


 俺はそう応じると続ける。


「ただし、もぬけの殻、というわけじゃない。敵もそこまで馬鹿じゃないからな。分かっているな?」


 リリスは、「はーい」と気の抜けた返事をする。

 続けて声をかけてきたのは、竜人シガンであった。


「しかし、手薄とはいえ、そう易々と王都に攻め入ることはできるでしょうか?」


「我々はたったの200名ですぞ?」


 リリスは反論する。


「でも、その200も魔王軍最高の200兵よ。最高の200兵を最高の指揮官であらされるアイク様が指揮されるの。負けるはずないじゃない」


 ――だが、過信は禁物だ、と注意してやろうとしたが、その言葉が発せられることはなかった。


 前方から土煙が見えたからだ。


 どうやら敵方に気がつかれたらしい。

 オークの参謀ジロンは冷や汗を流しながら言う。


「やばいですね。……気がつかれましたね」


 いや、と俺は首を横に振る。


「気がつかれて貰って結構だ。ここまでこれ見よがしに接近したんだ。ここで気がつかれなかったらそれこそ拍子抜けだ」


 俺がそう言い切ると、旅団員たちはそれぞれ武器を取り出した。

 淫魔リリスは己の腰から、魔力が付与されたレイピアを。

 竜人シガンは己の背に括り付けた長槍を。


 その他の旅団員たちもそれぞれ、己のもっとも得意とする武器を取り出す。

 その様は雄々しくもあり、猛々しくもある。

 この旅団員達は数多の戦場を駆抜け、功績を挙げてきたのだ。

 歴戦の勇者と呼ぶに相応しい仲間達だ。

 彼らがいる限り、負ける気など更々しない。


 改めて頼もしい仲間達を見つめると、号令を下した。

「出陣!」

 と――。

 

 



 戦闘の合図は、双方の雄叫びと共に始まった。

 次にやってくるのは、敵の矢の嵐だった。


 人間が魔族よりも優れているところの一つは、その技術力と統率力であろうか。


 敵軍には組織だった弓兵がいるようだ。

 皆、見事な長弓を抱えている。


 もしも、この場に俺がいなければ、不死旅団の連中は皆、その矢の嵐をまともに受けたかもしれない。


 馬を疾走させながら、《暴風(ハリケーン)》の魔法を唱える。

 《暴風》の魔法はその名の通り、嵐を発生させる魔法だ。

 その威力は絶大だが、あまり使い途はない。

 この魔法を唱えれば、木々は薙倒れ、木造の家ならば倒壊する。


 それだけの魔法だ。


 相手の足止めをすることぐらいはできるが、直接的なダメージは与えられない。

 ただ、その風の勢いはすさまじく、矢くらいならば容易に軌道を変えられる。

敵から放たれた矢は、あらぬ方向に向かい、空しく地面に突き刺さる。


 それを見た敵軍は驚嘆するが、俺はその隙を見逃さなかった。

 そこにすかさず竜人シガンの槍兵部隊を投入する。

 敵は浮き足立つ。

 シガンはその隙を見逃さず、敵陣を真っ二つに切り裂く。


 彼の剛槍は、特に魔法など付与されていないが、その槍術は軍団内でも屈指だ。


 一払いするごとに敵は倒れていった。

 ここまでは計算通りだ。

 後はリリスの部隊の出番だが。


 ――俺は上空を見つめる。


 そこには《飛翔》の魔法を使える魔族と、翼のある魔族を中心とした部隊がいた。


 敵陣の後ろに回り込み、奇襲を仕掛けるためだ。

 本来、この手の飛行部隊は弓兵にとても弱い。


 しかし、最初に弓が無意味であると悟らせたのが奏功(そうこう)したのだろう、弓兵は弓を捨て、剣で戦っていた。


 無論、後背から襲われるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。

 次々とリリス率いる魔法剣士部隊の餌食となっていく。

 その光景を見て、オークの参謀ジロンは賛嘆の声を上げる。


「こいつはすごい。まるで敵軍が溶けていくようだ」


 実際、敵軍は戦意を失い、武器を捨て逃げ出し始めていた。

 要はこの戦、不死旅団が勝利したのである。

 それを確信した俺は、全軍に命令を下す。


「これ以上の深追いはしなくていい」


 不死旅団の面々は即座に命令に従う。


 普通の魔族の旅団ならば、ここからが本領発揮、一方的虐殺が始まるのだが、我が不死旅団の面々はその辺の教育が行き届いていた。


 俺はその光景に満足すると、さっそく、次の行動に移ることにした。

 何度も言うが、俺たちの目的はイスマス王国の蹂躙(じゆうりん)ではない。

 イスマスに捕らえられているドワーフの王を救出することにあった。


 無用な流血は避けたかったし、たった200の旅団でイスマスの王都を攻略できると自惚れていなかった。


「ではどうなさるおつもりで?」


 オークの参謀ジロンが尋ねてくる。


「ちょっとした考えがある」


 というと、ジロンに倒れている騎士から鎧を剥いでくるように命じた。

 ジロンは不思議そうな顔で承りました。

 と、命令に従った。

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