ゴーレム討伐のタイムアタック
俺が転移魔法によって強制召喚されたと気がついたのは、自分が円形闘技場の中心にいると気がついたときだった。
「やれやれ軍団長の仕業だな」
そう口にする必要さえない。
こんな悪趣味で無意味な真似をしてくる魔族など、他に知らないからだ。
彼女は姿を見せず、魔法によって声のみ響かせる。
「アイクよ、自分がなぜ、この場に呼ばれたか分かるな?」
「はあ、まあ、なんとなくは……」
曖昧に返答する。
「なんじゃ、その曖昧な返事は。本当は分かっておらぬのだろう」
「だって、軍団長は、いつもなんだか適当な理由を付けて俺を呼び出すじゃないですか。この前は部屋にゴキブリが出たからって俺を呼び出したし……」
「馬鹿者。か弱い上司の部屋にゴキブリが現れたのだ。部下なら、いや、男なら救いにくるのが当然ではないか」
「か弱い……、ね」
瞬時に俺を転移させ、騎士団を《隕石落下》の魔法で壊滅させたこともある魔女がか弱いならば、この世界の辞書を書き直さなければならない。
「で、ちなみに、なんで俺は呼ばれたんですか? 占領の報告なら自分からしようと思っていたんですが?」
「うーん、そうじゃなあ……」
いや、今、一生懸命考えてるだろ。なんの考えもなしに呼んだだろう。
そう突っ込んでやろうと思ったが、その前に彼女は理由を見つけ出したようだ。
いや、でっちあげたようだ。
「そうじゃ。呼び出した理由は、想定よりも攻略に時間が掛かった、から、ということにしようか」
「しようか……って」
俺は呆れかえったが、一応、上司なので敬意を持って反論する。
「ちなみにあの規模の都市をたったの旅団1個で、それも1週間で攻略するって、歴史的な快挙だと思いますが」
「馬鹿者うぬぼれるな。それは他の旅団長どもが敵の主力と対峙していて防備が手薄になったからであろう」
「むう、それはそうなのですが」
事実であったが、それでもあの城塞都市を1週間で落としたことは評価して欲しかった。いや、評価はしているのだろうが、それでもやはり悪戯をする理由が必要らしい。
俺は全身を使って溜息を漏らすと、尋ねた。
「――それで、今回はどんなゴーレムを作ったんですか?」
「なんと、貴様、妾がゴーレムを作っていたと知っていたのか」
「また俺を実験台にするんでしょ。今度はどんなゴーレムを作ったんですか? 古典的に泥ですか? 木ですか? それとも銅ですか?」
「………………」
一瞬間が空いたのは、自分の部屋で、にやり、と微笑んでいるためだろう。
今回のゴーレムはよほどの出来らしい。
「今回のゴーレムは全身鉄じゃ。それもただの鉄ではない。西方より取り寄せて作ったダマスカス鋼で作った珠玉のゴーレムじゃ」
彼女がそう言うと、闘技場の対面の扉が開かれる。
そこには、全身を鋼によって作られたゴーレムが鎮座していた。
思わず息を飲む。
ゴーレムの大きさは5メートルほどであろうか。
ちょっとした巨人族レベルの大きさだ。
しかもその身体は全身金属でできている。
それももっとも堅い鋼と呼ばれているダマスカス鋼ときたものだ。
道理で団長が上機嫌なわけだ。
「ちなみに前回作った巨木のゴーレムの討伐タイムを上回れよ。そうでなければお仕置きじゃ」
彼女がそう言いきると同時にゴーレムは襲い掛かってきた。
驚くべきスピードだ。
とても鉄でできている物体には思えない。
まるで地を疾走するように走ってくる。
「……って、おい、本当に疾走しているのか」
見ればゴーレムの足の下にはローラーが取り付けられていた。
以前、冗談で言った案が本当に採用されてしまったようだ。
「うむ。巨躯を動かすのに車輪を用いるのは良いアイデアだ。まさか、そんなアイデアが浮かぶとは、さすが伝説の不死の王の孫じゃ」
いや、言う自分も自分だが、あっさりと採用し、実用化する方もどうかしている。
まさに、
「狂錬金術師だな」
率直な感想が浮かんだが、口にはしなかった。
それよりもこの巨人を倒すことだけに集中した。
確かにこの巨人はダマスカスという最強の鋼で作られている。
だが、それでもぶち抜けないものではない。
なぜならば、俺の魔力はこの不死の王のローブと杖で何倍にも倍加されているからだ。
オリハルコンやミスリルならともかく、ダマスカス鋼くらい貫けないでどうする。
俺はじいちゃんから受け継いだ力を信じていた。
全身の魔力を手のひらに集中させると、それを杖の先へと伝達させた。
身体中の魔力を一点に集中し、濃縮させるイメージで。
巨大な鉄の塊を真っ二つに切り裂くイメージを脳内に描くと、そのまま《斬撃》の呪文を放った。
もしも失敗すれば、そのままその巨躯に押しつぶされて死ぬ可能性も有ったが、俺はそんな可能性など微塵も考えていなかった。
右手に握られている杖はただの杖ではない。じいちゃんが作り出した最強の装備だ。
多くの人間と妖魔の血と肉を食らってきた伝説の武器、その存在自体、禍々しい妖気を発している。
その円環蛇の杖の力と、鍛え抜いた魔力さえあれば、いくら団長が作ったゴーレムとはいえ、切り裂けぬ訳などない。
負けるはずなどない。
そう言った気持ちを込めて魔力を解き放った。
結果――
俺はその勝負に見事勝利した。
ゴーレムは見事なまでに両断され、その内部機構をあらわにしていた。
ジジジ、ジジジ、と、魔力回路的な部分が露わになり、醜態を晒す。
それを確認すると、団長がいるであろう方向に向かって叫んだ。
「団長、討伐タイムは何分でしたか?」
「………………」
しばしの沈黙の後に帰ってくる答え。
「……ふむ、1分と54秒じゃな」
その答えを聞き、
「……やばいな」と声を上げる。
前回と同じタイムである。
団長は討伐タイムを上回れ、と言ったが、これで許してくれるだろうか。
俺はすがるような目で、この場にはいない団長に慈悲を請うた。
「…………ふむ、ま、よかろう。短くなりもせなんだが、長くもならなかった。今回は、お仕置きはなしじゃ」
彼女はそう言うと、闘技場の上に上がって参れ、と指図をした。
俺は素直に従う。
彼女は直属の上司であったし、その面倒くさい性格も含め、嫌いな魔族ではなかった。
それに、じいちゃん亡き今、たった一人の理解者でもある。
なるべく友好関係を築いておきたかった。