淫魔リリスと竜人シガンの驚き ††
††(リリスとシガン視点)
軍議が終わり、次々と部隊長達が会議室から出て行く中、リリスとシガン二人だけが席を立たなかった。
アイクの考えた策に度肝を抜かれたのだ。
二人はしばし沈黙すると、視線を交差させる。
「――どう思う?」
と切り出したのはリリスだった。
シガンは謹厳な表情で返す。
「どうもこうもない。あのお方の知謀は我々の計り知るところではない」
リリスは応じる。
「そうね。まさか諸王同盟軍を釘付けにするため、すでに手を打っていただなんて思いもしなかったわ」
流石はアイク様、という感想さえ浮かばないのが、リリスの率直な感想だった。
「このことを見越して、すでに他の軍団に調略を重ねていたとはな」
「ええ、あんな策を考えていたなんて」
アイクが考えた策は単純なものだった。
魔王軍は各軍団長に自由な裁量が与えられている。
各自の判断で人間の都市を攻撃し、奪った領地を統治していい、ということになっている。
つまり互いに競わせることによって、競争意識を与えているのだ。
魔族自体、欲の塊、プライドの塊なのだから、どの軍団長も我先にと人間の都市を攻略する。
この方式の長所は前述した通り、競争意識を芽生えさせ、互いに競わせることができること。
この方式の短所は、互いをライバル視し、協調性を失わせてしまうこと。
アイクは今回、その短所の方を利用することにしたようだ。
「アイク様は、第2軍団長漆黒の翼のゲルムーアを焚き付けたみたい」
「………………」
竜人シガンは沈黙する。
リリスは不思議そうな顔をする。
シガンが眉をしかめたからだ。
「……一応、軍団長なのだ。呼び捨てはなかろう」
その言葉を聞き、リリスは「きゃはは」と笑う。
「あんたってそういうところが糞真面目よね。いいじゃない。わたしが様付けで呼ぶのはアイク様とセフィーロ様と魔王様、このお三方だけよ」
「…………」
「それに、わたしは、ゲルムーアの奴が大嫌い。人間だけでなく、魔族にも容赦ないし、あんな残忍で冷酷な奴、利用してやればいいのよ」
「……ともかく、ゲルムーアの軍団に偽の情報を流し、ゲルムーアに人間の都市を攻略させる。その間に我々がローザリアを横断し、イスマスに攻め込む、という手順か」
「その通りよ。イスマス王国の主力は今、諸王同盟でもぬけの殻みたい。わたしたちの旅団だけで国土を蹂躙できるんじゃないかしら」
その言葉を聞いたシガンは、やれやれ、と吐息を漏らす。
「我々の目的は、イスマスの王都から、ドワーフの王ギュンターを救出することだ。国土を荒らしに行くのではない」
その言葉を聞いたリリスは、「そうだったわね」と妖艶な笑みを漏らす。
シガンはその笑みを見てイスマスにいる人間の兵に同情した。
この淫魔の手に掛かれば、人間の兵士など相手にさえならないだろう。
近い将来、繰り広げられる惨劇を思うと目を覆いたくなる。
しかし――、
と、竜人シガンは、己の顎に手を添え思案する。
第二軍団を利用し、諸王同盟の主力を引きつける。
考えるだけならば、どんな将でもできるが、実際にそれを実行し、成功させてしまうアイクという人物は底が知れない。
この旅団に配属されたとき、ただならぬ気配を感じ、その将器を一目で見抜いたシガンであったが、まさかこれほどの将に成長しようとは――
シガンは竜人族の出である。
人間よりは長寿であるが、すでに老齢の域に達している。
長年、魔王軍に仕え、その槍働きで部隊長まで出世を果たしたが、まさかこの歳になってやっと自分の血をたぎらせてくれる主に出会えるとは……。
思わず老骨が震える。
「アイク様がこれからどう戦い、どう生きるか」
それを見届けることができるのだ。
その機会をくれた神にシガンは心の底から感謝の念を述べた。