ネジ作り
第7軍団旅団長アイク――
数日前までは馴れ親しんだ名称であるが、今は旅団長から『旅』の文字が消えて『副』に変わった。
部下からは副団長、と呼ばれる立場になったが、やっていることは今までとあまり変わらない。
定期的に開かれる軍団会議でセフィーロの隣に座れるようになったくらいか。
あとは他の旅団長たちに一目置かれるようになったくらい。
今まで敵対心で満ち溢れていた人狼旅団のベイオも、流石に俺の実力を認めるようになったようだ。
セフィーロの居城バレンツェレの廊下ですれ違うときも、奴が道を譲るようになった。
もっとも魔族の習性は根底まで染みついている。
その瞳の奥には、「いつかお前を追い抜いてやる」という野心が見られる。
そのぎらぎらとした目は不快ではない。
魔族とはそういうものだと理解していたし、望むところでもあった。
それに競争心という奴は、組織にとって有益に働く。
「あいつにだけは負けない!」と頑張ってくれれば、結果として第7軍団の利益となる。
副団長に昇進した今、他の旅団長はライバルであると同時に部下でもあるのだ。
彼らを上手く働かせて魔王軍の力になって貰えれば、それだけ『俺』の夢にも一歩近づく。
魔族と人間が共存する世界、それが俺の目指す世界であった。
さて、その世界を目指すためには、まずは人間たちと戦わなければならない。
人間と魔族が共存する世界を実現するためには、魔族がこの大陸を支配しなければならない。
ダイロクテン様が魔王の座にいるうちに、この世界を統一しなければ、その夢は叶わないだろう。
もしも他の魔王が世界を支配すれば、人間たちは虐殺されるか、奴隷として使役される。
あるいは人間たちが魔族を打ち倒せば魔族は皆殺しにされるかもしれない。
魔族と人間の共和を実現するには、ダイロクテン様が健在なうちに、俺の寿命が残されているうちに、この世界を統一しなければならない。
この異形の仮面とローブを身に纏っていると、忘れそうになることがあるが、俺自身、中身は人間であった。
何百年も生きることはできない。
人間としての寿命を考えれば、それほど長く時間は用意されていないだろう。
悠長にことを構えている暇はない。
(なるべく早めに蹴りをつけないとな)
そんな風に考えていると、執務室のドアを叩く音が聞こえる。
この叩き方はジロンだ。
サティならばもっと静かに叩く。
《解除》の魔法で入室を許可すると、ジロンは大慌てで部屋に入ってきた。
「旦那! 旦那! アイクの旦那! 大変でさ!」
一体、なにが大変なのだろうか。
この男は小心者で、ほんの些細なことでも血相を変える。
その表情から事態の深刻さは掴めない。
「何をそんなに慌てているんだ?」
俺はジロンの気が落ち着くよう、水差しに入れられた水をコップに注ぐ。
ジロンは一気にそれを飲み干すと、「ぷはぁッ」と服の袖で口元を拭う。
そして一呼吸おくと、重大な報告をしてきた。
「そ、それが、ですね、ついに諸王同盟が成立したようなのです」
「それは前に話しただろ」
「ですが、今回、完全に話は纏まったみたいです」
なるほど、道理でジロンの奴が怯えているわけだ。
納得した。
「旦那は驚かれないのですか?」
「ああ、とくに驚かないな」
以前、サティと市場を視察した際に得た情報である。
あのときはまだ、確定した情報ではなかった。
ローザリアと諸国の間で条件争いで揉めているという話だった。
恐らくだが、その後、ローザリアの軍隊を完膚なきまでに叩きのめしたのが、今回の同盟成立に寄与してしまったのだろう。
こうなることは分かっていたが、俺はあえてそのことをジロンには伝えていなかった。
何度も言う通りこのオークの小男は小心者だからだ。
人間たちが一丸となって攻めてくると知れば、この男のことだ、不眠症にでもなって業務に支障をきたすかもしれない。
決して有能とは言い切れない我が旅団の参謀であるが、これ以上業務効率を落とされるのも困る。
ゆえに、黙っていたのだが、それが耳に入ってしまったのだから仕方ない。
正直に今後の展望を話すことにした。
「諸王同盟が成立するのは事前に分かっていた。慌てる必要はない」
「え? 旦那は予測していたんですか?」
「まあな」
「そりゃまたすごい。どうして?」
「事前の情報収集だよ。それと勘かな」
魔王軍はローザリアという国の半分をすでに支配下に置いている。
大陸でも列強として知られているこの国をここまで追い詰めたのだ。
それに先日のローザリア軍最後の反抗も見事に蹴散らした。
『諸王同盟』が成立するのは十分予測できた。
諸王同盟とは、古の昔、人間たちの間でかわされた盟約の一つだ。
時折、一つに纏まり、強大な力を得る魔王軍に対抗するため、人間たちが考え抜いた知恵である。
要は、魔王軍の力が一国では手に負えないと判断されたとき、この大陸に集まる諸国が一致団結して戦う、という盟約であった。
かつてこの盟約は三度ほど成立したことがあるが、その都度、破竹の勢いで侵攻していた魔王軍は撃退された。
今度もそうなるのであろうか?
ジロンなどの怯え方を見ると、そうなる、と思っているようだ。
この男が小心者だから、と決めつけるのもよくない。
実際、前述した通り、魔王軍はその『諸王同盟』とやらに三度も撃退されているのだ。
二度あることは三度ある。
三度目の正直。
という言葉もある。
今回は四度目の諸王同盟の成立なのだから、順当に行けば、今回も負けるはずである。
ジロンが怯えるのも無理からぬことであった。
「旦那、どうしましょう? このままだと、人間共の大軍がここまで攻めてきますぜ?」
「そりゃ、攻めてくるだろうな」
他人事のように言う。
「だ、大丈夫ですかね。今回やってくる人間共は前回の比じゃありませんよ。何千もの人間たちがやってくるかも」
「何千で済むかな。最低でも万、もしも人間が総力を挙げたら、十万単位の兵達が攻め寄せてくるんじゃないかな。前回、魔王軍が東に追い詰められたときも、その圧倒的な数にやられたからな」
「………………」
ジロンは顔面を蒼白にさせ、言葉を失う。
ちなみに我が旅団の規模は600名ほどだ。
俺が副団長に出世したため、増員された。
先日、裏切ったジェイスの軍団を吸収し、新たな魔物や魔族が補充されたのだ。
このイヴァリースの街は堅固な城塞都市だが、やはり数の暴力の前には一溜りもないだろう。
――もしも、この街の支配者が俺以外ならば、の話だけど。
今の俺には数々の戦場をくぐり抜けてきた経験と、先日手に入れた『最終兵器』がある。
それに、共に戦い抜いてくれた仲間がいる。
それらが有る限り、どんな大軍も恐れることはない。
「……さて」
そう漏らすと、その最終兵器である火縄銃の量産について考察することにした。
先日、セフィーロに火縄銃を渡しておいた。
あの狂錬金術師のことだ。今頃分解に分解を重ね、量産体制の目処くらい付けているかもしれない。
もしも火縄銃の量産に成功すれば、戦局は一変するだろう。
たったの一戦で戦意を喪失させ、この無意味な戦争に終止符が打てるかもしれない。
それを期待しながら、上司であるセフィーロのもとへ向かった。
†
第7軍団軍団長、黒禍の魔女、セフィーロ。
彼女の居城は魔王軍の領内にある。
魔術師ならば一瞬で転移できるので忘れそうになるが、何百キロも離れた場所を行き来するのは不思議な感覚だった。
ただ、その利点も欠点に変わることがある。
セフィーロという女性は悪戯好きで、よく意味もなく、俺を呼び出し、実験台に使ったり、下らない話に延々と付き合わされたりする。
いちいち、まともに付き合うから付け上がるのだろうが、やはり幼き頃から面倒を見て貰っていると、無碍にもできない。
今回も、女性特有の意味のない話を延々と聞かされた後に、やっと本題に入ってくれた。
「――結論から言えば火縄銃の量産は無理じゃな」
それが彼女の出した結論だった。
「流石の団長にも無理ですか」
セフィーロは悔しそうに頷く。
「何丁も同じようなものを作ってみたのじゃがな。だが、模倣品は所詮模倣品だ。一発弾を撃つだけで、底が抜ける」
彼女はそう言うと、火縄銃の底に詰められている金属の塊を机の上に置く。
その物体を注視する。
「これは?」
「……分からん。せめてそれの作り方さえ分かれば。この鉄の筒も量産できるのじゃが」
「…………」
思わず沈黙してしまう。
机の上に置かれた物体が、見慣れたものだったからだ。
これってただのネジだよな?
T字型の金属の棒の部分に、螺旋状の線が入っている。
――そうか、この世界にはネジがないのか。
ネジなど当たり前のように存在している前世の記憶を持っているから、気にも留めたことがなかったが、考えてもみれば、なんの知識のない人間にネジを見せて、それを作れ、といわれても困惑するはずだ。
ただ、手先が器用な人間ならば、1個1個、削りだしてネジを作ることができるかもしれない。
しかし、それでも1本1本手作業で削りだしていたのならば、量産など不可能だ。
1日数丁が限度、といったところだろうか。
それでは数が揃えられない。
まだボウガンを量産した方が効率的だ。
ここは方針を改めて、火縄銃の生産を諦めるべきであろうか。
――いや、諦めるのは早すぎる。
やはり、火縄銃という強力な武器があれば、今後、戦争を有利に進められる。
今更、血が流れるのを見たくない、などと綺麗事は言いたくないが、それでも一刻も早く戦争を終結させれば、流れる血の量は少なくて済むはずだ。
そう考えた俺は、団長に提案をした。
「――団長、もしもこの金属の量産の仕方に心当たりがある、と言ったらどうします?」
セフィーロは驚いた顔をする。
まさか、という気持ちがあるのだろう。
「妾に不可能なものが、お前にできるというのか?」
「いえ、まあ、その方法に心当たりがあるだけです。ただ、それには軍を動かす許可を頂きたい」
「どういうことじゃ?」
「魔法に関しては超一流ですが、機械に関しては一流とは言い切れないでしょう。団長は」
一応、気を遣って『超』という言葉を付けて持ち上げておいたが、こと機械に関しては上の人間がいくらでもいる。
例えばファンタジーの世界で有名な『ドワーフ』とか。
「俺はドワーフの王と話し合い、彼に協力を求めるつもりです」
その言葉を聞き、セフィーロは驚きの表情をすると共に納得したようだ。
「……ドワーフの王ギュンターか」
セフィーロは彼の名前を口にする。
流石にその一言で俺の意図を理解したようだ。
「たしかに、かのものならば、これと同じ物を容易く作れるかもしれない」
「ええ、たぶん」
さすがに見せただけでは無理だろうが、俺には前世の知識がある。
それを彼に伝えれば、容易に再現してくれるだろう。
ドワーフの王、ギュンター。
ファンタジー世界でおなじみの亜人ドワーフの王だ。
ドワーフはこの大陸の西方に国を持っていたが、今はもうその国はない。
人間たちによって滅ぼされてしまったのだ。
以来、ドワーフたちは、各地をさまよい、流浪の民となっている。
人間たちは、ドワーフの国が再興されないようドワーフの王を幽閉している。
処刑ではなく、幽閉、というところが狡猾だ。
処刑してしまえばそれを発端に各地のドワーフが一斉蜂起してしまうかもしれない。
生かして手元に置いておけば、万が一の際の人質になる。
ある意味魔族よりもずる賢いのが人間なのかもしれない。
俺は両方の気持ちも分かるし、どちらか一方を擁護するつもりなどないが、人間という奴は時に悪魔のような所業をする。
そのことだけは忘れないようにしたかった。
人間や魔族たちに、化け物だ!
と、罵られても、「心」だけは悪魔になりたくなかった。
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魔王軍最強の魔術師は人間だった、書籍版第2巻の表紙です。