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バステオとの決闘

 魔王城、ドボルベルクには決闘広間と呼ばれる場所がある。


 一昔前までは、そこで捕虜にした人間と獣を闘わせたり、罪人となった魔族同士を闘わせあったりした。


 魔族の中でも特権階級のものがその残酷な光景を見て楽しんでいたのだ。


 魔族らしい、といえば魔族らしいが、前世の古代ローマを初め、各地で似たようなことが行われていた。


 知能を持った生物は、身分が高ければ高いほど血を好むようになるらしい。


 しかし、その決闘の間も、今の代の魔王様になってからはそのような用途には使われていない。


 要はこの決闘広間はしばらく『血』を吸ってこなかったわけだ。

 ただ、今宵は久しぶりに、この決闘広間に血が流れることになるはずだ。

    

 今から行われる決闘が終われば、少なくとも、


 第7軍団軍団長、黒禍の魔女セフィーロか、


 第3軍団軍団長、血塗られた首なし公爵バステオが処刑されることになるのだから。


 できれば勝ってセフィーロに恩を売っておきたいところだが……。


 当のセフィーロは、貴賓席(きひんせき)、つまり魔王様の隣で欠伸(あくび)をかいていた。


 俺が絶対に勝つと踏んでいるのか、

 もしくは負けた際に逃げ出す算段でもできているのか。

 なかなか判別は難しい。


 セフィーロという魔女は食えない人物だからだ。


 ――自分の命が掛かっているというのに、あの欠伸はないだろう。


 呆れたが、取りあえず代理として闘うのは俺だ。

 セフィーロや魔王様の目を気にしている場合じゃない。


 取りあえず対戦相手であるバステオを見る。

 奴はその異名通り首がない。

 デュラハンとは、首がない騎士の不死族だからだ。

 正確には首はあるが、小脇に抱えている。

 奴と目を合わせようとすると、自ずと視線は下になる。

 しかし、魔王軍に長年いるが、やはり不死族の魔族は苦手だ。


 更に相手が俺に敵意を抱いているとなれば、こちらが好意を抱く理由はなくなる。


 バステオの首は俺を睨み付けると言った。


「小僧! 貴様が最近、第7軍団で小賢しく働いている、ライクとかいう小童(こわっぱ)か」


 ライクではなくアイクだ。


 訂正するのも面倒だが、一応、答えておくか。


 仮にも相手は第3軍団の軍団長だ。目上として扱うべきだろう。


「『アイク』でございます。バステオ公」


「そうか、アイクか。第7軍団など眼中になかったものでな。一応、今後は気をつけよう」


 そう言うと鼻で笑う。


 俺は大人なので腹を立てたりはしないが、皮肉には皮肉で返しておくか。


「いえ、バステオ公。私め如きの名前を覚える必要はありません」


「ほう、謙虚だな。礼儀だけはわきまえている、ということか」


「はい。一応、祖父から躾けられていますしね。それにそれだけでなく、俺の名前なんて覚える必要などないでしょう――」


 俺はそこで言葉を止めると、(わざ)と間を置き、言ってやる。


「どうせ、あんたはここで負けて惨めに退場するんだ。今更俺の名前を覚えても無意味でしょう」


「………………」


 その皮肉を聞いたバステオの顔は傑作だった。

 顔が真っ赤に染まり上がる。


 胴体と首が分離しているというのに、どうやって血液が循環しているのだろう。


 頭にも心臓があるのだろうか。


 不死族ゆえに不思議な力が働いているのだろうが、その辺は気にしないでおこう。


 どうせこいつと会う機会はもうない。


 俺はこいつを完膚なきまでに叩きのめし、こいつを敗者にするつもりでいた。   


「それでは始めましょうか、バステオ公」


 そう言ったが握手など求めない。

 向こうもそんな気はないだろう。

 ともかく、俺とバステオは無言のまま決闘が始まるのを待った。





 決闘のルールは以前説明を受けたとおりだった。


 魔王様の用意した泥で作られた魔法生物、傀儡兵(くぐつへい)を指揮し、指揮官としての優劣を競う。


 傀儡兵の能力はまったく一緒、つまり指揮官としての純粋な能力が試される。


 互いに50体の傀儡兵を操り、闘わせるのだ。


 つまり、勝敗は闘いの前からすでに決している、といえるのかもしれない。


 案の定、バステオの奴は、50体の傀儡兵の編成をもっともオーソドックスな形にしたようだ。


 弓兵20体による遠隔攻撃、

 それを重装備で固めた槍兵20体で守りつつ、

 残り10体は剣兵を配置し、突撃に備える。


 俺が最初に考えた案とまったく同じだ。


 その編成を見る限り、バステオは無能ではないようだ。

 流石は魔王軍の軍団長といったところか。


 そうでなくては面白くない。


「ただの雑魚狩りをしても面白くないからな」


 俺はそう不敵に漏らす。


 一方バステオの奴も不敵な笑みを漏らしていた。


 余程自信があるのだろう。

 その自信の根拠はなんなのだろうか?

 バステオの視線に注目する。


「……なるほど」


 奴の自信の源が分かった。


 どうやら奴の兵士はすべてダマスカス鋼の装備で固められているようだ。


 その槍も剣も、盾や鎧さえもダマスカス鋼でできている。


 ダマスカス鋼とは、この異世界の西方にある国で採掘される最高の金属だ。


 ミスリルやオリハルコンよりは魔力的な強度は落ちるが、その分、汎用性がある。


 一般の兵士に持たせるには最高の武器といってもいいかもしれない。


 しかしまあ、第3軍団は潤沢な資金があるようで……。

 思わず貴賓席にいるセフィーロを見上げてしまう。

 せめて俺にもそれくらいの装備を与えてくれればいいのに。


「やれやれ……」


 と思わず愚痴を漏らしてしまうが、愚痴を言っても始まらない。

 我が不死旅団の資金は潤沢ではない。


 我が軍団の団長は狂科学者(マツド・サイエンティスト)の実験好きなのだ。


 魔王様から提供される軍資金のかなりの額が、彼女の懐に流れているに違いない。


 その分を少しでも我が旅団に回して欲しいものだが……。


「ま、その分、知恵とチート(銃)で勝たせて貰うか」


 そう、ぽつりと漏らすと、決闘の開始の合図を聞いた。


 大きな鐘の音が決闘広間に木霊する。

 俺はそれと同時に、傀儡兵に命令を下した。

 俺の指揮する傀儡兵の編成はこうだ。


 超大型のカイトシールドを持たせた槍兵を30体配置。

 その傀儡兵で敵の攻勢を防いでいる間に、5丁の銃で敵を攻撃する。


 無論、残り20体も遊ばせているわけではない。

 ちゃんと役割を担わしている。

 まず5体の傀儡兵が銃をぶっ放す。

 その後、銃を撃ち放った傀儡兵は後ろに下がる。

 その兵達にも勿論、火縄銃を持たせておく。

 当然、それをぶっ放す。


 残りの兵は、その間、先ほど銃を撃ち放った兵の弾込めと火薬入れのサポートを行う。


 こうすれば、たった10丁の銃でも有効的に運用できる。

 たった10丁の銃が、2倍にも3倍にもなるのだ。

 俺はこの運用法を開発した人物に視線をやる。


 前世で「織田信長」と呼ばれていた少女だ。


 さて、彼女はこの運用法を見てどう思うであろうか。


 満点をくれるだろうか。

 それとも及第点だろうか。


 実際、この戦法は彼女が『長篠の戦い』という奴で用いた戦法だ。


 俗にいう『三段撃ち』という奴である。

 いや、2丁の銃で回しているから、『二段撃ち』か。


 そういった意味では未完成の戦法であるが、それでも効果は十分であった。


 もしも十分な数の鉄砲隊を揃えれば、どんな大軍だろうとあっという間に蒸発するのではないだろうか。


 それほどまでに火縄銃という奴は強力だ。


 火縄銃と聞くとどうしても古くさいというイメージが湧くが、結局、銃なんてものは『弾』を発射する筒にしか過ぎない。


 火縄銃という奴は大口径なので、大きめの弾丸が発射できる。

 その威力は現在の小銃さえ上回るという。


 そんなものを浴びせられてしまえば、流石のダマスカス鋼の盾もなんの役にも立たない。


 紙切れ、……は言い過ぎか。


 ただ、御自慢の装備は、易々と貫かれ、傀儡兵達は次々と崩れ落ちていく。

 がしゃり、がしゃり、と、その場に崩れ落ちていく。


 それを見て顔を青ざめさせたのは、血塗られた首なし公バステオだった。


 先ほどまでは真っ赤に怒り狂っていたくせに、今では顔を真っ青にしている。


「ば、ばかな、お、俺の自慢の傀儡兵共が……」


 自慢なのはそのお高い装備一式だろう。

 そう言ってやりたかったが、その前にバステオは大声を張り上げた。


「そ、その筒状のものはなんだ!? それは魔法の杖か!?」


 答える義理はないのだが、一応、応えておこうか。


「これは火縄銃だよ」

「ヒナワジュウだとッ!?」


 説明しても分からないだろうな。


「まあ、魔法の筒とでも解釈してくれていい」


 これからこいつは死ぬのだ。

 細かな説明などする必要はないだろう。


 後は大人しく、自分から断頭台に上ってくれるか、絞首刑になってくれるか。


 ――いや、残念ながら、それは無理か。

 何せ、こいつは不死族の首なし公爵だ。


 首を(くく)ることも、切り落とすこともできない。


 不死族のものを処刑するにはいくつか方法があるが、さて、バステオはどの方法で処刑されるのだろうか。


 俺は考察したが、その考えが纏まることはなかった。


 貴賓席にいた魔王様が立ち上がったからだ。


 俺とバステオは魔王様の方へ振り向くと、ほぼ同時に膝をつく。

 彼女はこちらの方を見下ろすと俺を賞賛した。


「不死旅団長アイクよ、見事であった」


 俺は、お褒めに預かり恐縮です、と頭を下げる。


 次に魔王様はバステオを見下ろす。

 その視線は限りなく冷たい。


「――今更ながら、敗者にかける言葉などないが、長年、()に仕えてくれた借りもある。バステオよ、うぬに二つの道を用意してやろう」


 ひとつ、と彼女は指を一本突き刺す。


「潔く自害をし、ここで名誉の死を遂げる道」


 彼女はそう言うと、己の懐から小袋差し出し、バステオの前に投げ捨てる。


 その小袋の中には「ユリカリスの毒」が詰め込まれているようだ。


 それを飲み、楽に死ね、という魔王様の慈悲だろう。

 バステオはその小袋をじっと見つめるだけで、微動だにしない。

 どうやら自害する気はないようだ。


 魔王様は二つ目の道を提示する。


「ふたつ、今、この場にて、()の《獄炎魔法(プロミネンス)》にて消し炭にされる道――」


 彼女はそう言うと己の手のひらの上に、青白い炎を纏わせる。

 魔王級の者が使う魔術だ。

 その威力は桁違いのものだろう。

 いくら軍団長クラスの実力者とて耐えられるはずがない。

 バステオは冷や汗を流している。


 しかし奴とて魔王軍の軍団長、腰からサーベルを抜き放つと傲然とした態度でこう言い放った。


「……魔王陛下、わたくしめは三つ目の道を取らせて頂きます」


 その言葉を聞いた魔王様は、

「ほう……」

 と、興味深げな声を上げた。


 バステオの全身を見下ろすと、こう続ける。


「つまり、()に逆らい、魔王の座を実力で奪い取る、ということで良いのだな」


 バステオは(うやうや)しく頭をたれる。


「御意にございます。恐れながら、魔王軍を統べる魔族は貴方様ではなく、このバステオが相応しいでしょう」


「根拠は?」


 魔王様は短く答える。


「当代の魔王様のやり口は手ぬるい、と魔族の者どもが陰口を叩いているのはご存知でしょうか?」


「知っている」


「恐れながら、私も同様の意見。このままダイロクテン様が魔王軍の首座にいれば、いずれ人間共に負けるのは必定。そのような未来、見とうありません」


「――なるほど、お前の考えはよく分かった」


 魔王様はそこで一呼吸おく。

 そしておもむろに言った。


「……しかし、どうやら三つ目の道を選択する必要はないようだ」


 彼女はそう言うと己の手のひらに纏わせていた炎を解除する。

 自分で始末する必要性もない、と感じたようだ。


 バステオは意外な顔をしたが、すぐに魔王様の意図に気がついたようだ。

 俺の方へ振り向くと、俺の全身を舐め回すように見つめてくる。


「……ほう、つまり、魔王様ではなく、この若造が俺の相手をしてくれる、と」


 その通りだよ。それと名前くらい覚えろ。


 口にはしないが、俺は円環蛇(ウロボロス)の杖に魔力を付与した。

 円環蛇の杖は蒼白く光る。


 これは決闘だ。


 魔術師らしくはないが、剣と剣を交えて勝負すべきだろう。

 それが軍団長に対する礼節というものだ。

 俺が魔力の付与を終えると同時に、バステオは斬りかかってきた。

 以前、アーセナム攻略の際に倒した領主の剣技によく似ていた。

 同じ騎士ということもあるのだろうか。


 デュラハンという魔族は、生前、悪行に悪行を重ねた騎士が魔族として蘇ったアンデッドという伝承がある。


 こいつももしかしたら、生前は名のある騎士だったのかもしれない。

 そう思いながら、バステオの剣撃を杖で受けた。

 


 カチン、と大きな火花が散る。



 青白い魔力の波濤(はとう)がほとばしる。


 やはり軍団長くらいにもなると、あらかじめ魔力が付与された上質の剣をお持ちのようで。


 ただ、それでもこの円環蛇の杖をへし折ることはできない。


 この杖はかつて魔王軍最強の魔術師と謳われた俺のじいちゃんが(のこ)してくれたものだ。


 それに今の俺の魔力が加われば、どんな名刀とてはね除ける自信がある。

 実際、俺はバステオのサーベルをはじき返す。

 その光景を見たバステオは驚愕の顔を見せる。


「な、なにッ!?」


 そのサーベルと剣技に余程自信があったのだろう。

 魔力ではともかく、剣技では負けるわけがない。


 そう思い込んでいたのだろうが、魔王軍最強の魔術師は、魔王軍屈指の剣士でもあることを知らなかったようだ。


 バステオの剣撃をはね除けた俺は攻勢に転じる。

 円環蛇の杖を、縦に横に、袈裟斬りにと自在に操る。

 バステオをはそれを自慢の剣で受け流すので手一杯のようだ。


 さて、指揮官としての能力も個人的な武勇でも負けている、と悟った男が次にすべき行動は決まっていた。


『ズル』である。


 バステオは小脇に抱えていた口から、なにやら呪文のようなものを唱えはじめた。


 すると決闘の間に敷き詰められた煉瓦がぼこりと盛り上がり隆起する。

 そこから現れたのは、大量のゾンビ兵どもだった。


「――やれやれ」


 吐息を漏らす。

 この手のタイプの人間の行動は本当に分かりやすい。

 最後に忠告してやることにした。


「バステオよ、お前がなぜ、負けたか分かるか?」


 バステオの口元が歪む。


「この俺が負ける? 何を言っているのだ? 圧倒的不利なのは貴様の方だぞ? こいつらはただのゾンビ兵ではない。我が軍団の中でも精鋭を集めたものだ」


 なんでも名のある戦士や魔術師を死霊魔術によって蘇らせた者達らしい。

 皆、自分が直々に殺してゾンビ兵にしてやったそうだ。


 と、バステオは自慢げに語ったが、アンデッドという奴はどうしてこうも残忍なことができるのだろうか。


 俺のじいちゃんの爪の垢でも飲ませてやりたいくらいだったが、そんな必要などないだろう。


 こいつとはもう二度と会うこともない。

 ゆえに忠告などしてやる必要はないのだが、一応、最期に言ってやった。


「――お前の敗因は、最初から負けることを考えてこんな小賢しい真似をしたからだよ」


 確かに俺には銃という強大な武器があった。ただ、俺はその武器に頼るのではなく、運用法にも細心の注意を払った。


 バステオはただ高価な武具を用意するだけで、その運用法に創意工夫を見せなかった。


 決して武器の差だけが勝敗を決したわけではない。

 

「結局、最後まで考えることを放棄しなかったものが勝利を収めたのだ」


 そう口から漏らすと、呪文の詠唱を始める。

 俺が取得している最強の魔法。


爆縮魔法(フレア)


 体内に溜まった魔力を手のひらに収縮する。


 魔術師の中でも特に高位の者しか使用することのできない禁呪魔法の一つだ。

 その威力はすさまじい。


 俺の手のひらから解き放たれた魔力の塊は、まばゆい光を放ち、バステオとゾンビ兵を飲み込んでいく。


 彼らは苦しい、と思うよりも先にこの世界から消滅、いや、成仏できたことだろう。


 こうして俺とバステオの決闘は幕を閉じた。

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