少女の夢と火薬作り
魔王様に新たな忠誠を誓った俺だが、二つの疑問が湧く。
彼女は、なぜ、この館まで赴いたのだろう。
それと、どうして、俺が人間であると気が付かれたのだろうか。
その辺を尋ねてみた。
「以前より、うぬが前世の記憶持ちだと気がついていたからな。ゆえに『火薬』の作り方を知っているのではないか、そう思ってやってきた。――まさか中身まで人間だとは思っていなかったが」
なるほど、要は先ほどの風呂場でばれた、ということか。
この館には結界が張ってあるが、魔王クラスの魔力があれば破ることも不可能ではない。
俺が油断した、というより、運が悪かった。
いや、相手が悪かった、というべきかもしれない。
しかし、彼女は、魔王軍の中に人間が潜んでいても気にしないのだろうか。
この少女は、俺が人間であると分かっても、悠然としていた。
態度どころか表情一つ変えずに俺を見つめていた。
「俺が人間でも、なんとも思わないのですか?」
「余の前世も人間である」
「ですが、今は魔王軍の総司令官ではないですか?」
「であるな」
しかし、と彼女は続ける。
「魔族として生まれたとはいえ、余にも人の心が残っていたようだ」
「……なるほど」
前世が人間の魔族は何人か知っているが、皆、人の心を失っている。
魔族に生まれ変わり、人間離れした『力』を持つと、どうも『人』の心を失ってしまうらしい。
彼女は前世でも『魔王』と呼ばれていた人だ。
元々、人間と魔王の中間めいた歴史上の人間。
それゆえに、魔族の肉体を得ても、前世の『心』を失わずに済んだのかもしれない。俺の勝手な想像だけど。
――ただ、そうなるとこの人の目的が気になるな。
「なぜ、俺にこの火縄銃を托したのですか?」
「お前ならばそれを使いこなせると思ったのだ。その火縄銃は『漂流物』と言ってな。稀にであるが、別の世界からものが流れ落ちてくることがある」
「……なるほど」
そういうこともあるのか。
しかし、信長様のもとに『火縄銃』が流れ落ちてくるとは因果なお話だ。
その人に関連したものが流れてくるのだろうか。
「ただ、肝心なことに、火縄銃に込める火薬がない。弾の方は僅かだが、一緒に流されてきたのだが」
「火薬はときが経過するとしけてしまいますからね」
「である」
「それで、俺に火薬を作れ、と?」
彼女は、こくり、と頷く。
「…………」
「……どうした? なぜ、沈黙しておる? まさか、火薬を作れないというのか?」
「――いえ、火薬の作り方の知識はあります」
無駄に前世でその手の知識を掻き集めていたのだ。
火薬作りの知識くらいある。
ただ気になることがあった。
「――魔王様に目をかけて頂いて光栄なのですが、魔王様の最終的な目的はどこにあるのです?」
「……最終的な目的?」
「はい」
つまり俺が聞きたいのは、俺から火薬の作り方を聞き出して、それでバステオを倒させて、その後、どうするつもりか、ということだ。
当たり前だが、魔王様は魔王軍の総大将だ。
今のところ、人間を弾圧したり、虐殺したり、無駄な血は流していない。
しかし、今後はどうなるか。
いや、こうして接してみてこの少女がそんな残忍で冷酷な人間ではないと分かったが、火薬と銃などというこの『異世界』で最強の武器を手にしてしまえば、人が変わるかもしれない。
その辺のところはやはり確認しておきたかった。
魔王様に尋ねる。
「魔王様――、魔王様はもしもこの世界を征服した暁にはどんな世界をお望みなのですか?」
俺は、ごくり、と息を飲む。
先ほど、新たに忠誠を誓ったばかりであるが、もしも、この人が前世の異名通り、「第六天魔王」になるのならば、この人には協力できない。
俺自身、人間である。
人間を根絶やしにすることに力は貸せない。
もしもこの人の最終目標が、人間を根絶やしにし、魔族のみの、いや、自身のみの繁栄を図るつもりであるならば、この人とも敵対しなければならないかもしれない。
ちらりと横目でサティを見つめる。
元々、人間に生まれてしまった身だ。
やはり自分が人間であることは捨てきれない。
それにこのサティという少女と出会ってしまったことにより、より一層、自分が人間であることを思い出してしまった。
俺はもう一度、魔王様に真意を問い正した。
彼女から帰ってきた答えは――
「余は人間と魔族との共存を目指している」
断固とした口調と表情だった。
俺はその言葉を信じることにした。
†
火縄銃――
西洋で発明されたごくごく初期の銃の一種だ。
戦国時代に日本の種子島に漂着したポルトガル人からもたらされたたった2丁の火縄銃が、瞬く間に日本各地に広がり、戦国時代に終わりをもたらした。
火縄銃自体は、それほど強力な武器ではない。
いや、威力自体は強力なのだが、連射がきかない。
当たり前である。
火縄銃とは、いちいち、筒の先から火薬と弾を込めなければならないのだから。
火縄銃の利点は、「誰でも扱える」ところにある。
弓のように鍛錬の必要性がないのだ。
そこらの農民やゴブリンに渡しても、熟練した騎士と同等以上に渡り合える。
そこが最大にして最高の長所だ。
ただ、今、手元にあるのは10丁だけ。
しかも火薬がない。
まずは火薬から何とかしなければいけないだろう。
この異世界でも火薬の原料となる硝石が採掘されればよいのだが、それを探している時間はない。
火薬を作り出すには科学的な手法を使うしかないだろう。
「科学的な手法ですか?」
執務室にて、紅茶を持ってきたサティは尋ねてくる。
「要は錬金術を使う、ってことだよ」
「なるほど」
と、サティは納得する。
そもそも錬金術と科学に大きな差はない。
錬金術の子孫が科学なのだ。
それはこの世界でも一緒。
水を火で湧かせばお湯になり、沸騰させ続ければ蒸気になる。
ブドウを発酵させればワインになる。
それが科学というものだ。
つまり、硝石が手元になくても、人工的に作り出すことは可能なはずだ。
「それではどうやって硝石というものを作り出すのでしょうか?」
サティは素朴な質問をしてくる。
「まずは、からっからに渇いた干し草を大量に集める」
「それはジロンさんたちにお願いすれば大丈夫ですね」
「それに古池に貯まった水と、魚の腐ったはらわた、動物の死骸を入れる」
「………………」
案の定、サティはひきはじめた。
やっぱり、女の子にする話ではないな。
だが、サティは、
「お、お魚をさばくのはサティに任せてください」
と、メイド服の袖をまくり上げる。
「……ありがとう」
と礼を言っておく。
本当は更にそこに、「アンモニア」つまり人の尿が必要なのだが、それをサティに求めるのは酷だろう。
頼めば提供してくれそうだが、俺は紳士なのでそこまで要求できない。
そのあたりはイヴァリースの街の住人からご提供願おうか。
ちなみに上記の方法で、硝石を作り出すことは可能だが、作成にはかなりの時間を有する。
――が、ここは剣と魔法の世界、熟成を進めさせることなど容易であった。
「これに木炭と硫黄を混ぜれば、いわゆる黒色火薬の完成だ」
俺はそう言うと、火縄銃の先に火薬を込め、弾を込める。
そして火縄の先に《発火》の魔法で火を付けると、引き金を引く。
ごおん!
館の外にどでかい轟音が鳴り響く。
サティなどは耳を両手で塞いでいる。
しかし、やはり銃という奴はとてつもない威力だ。
これさえあれば、例え、騎士が重装甲の鎧で固めていても、なんの意味もなさない。
むしろその重さゆえに鈍重となり、良い的となる。
これはとんでもないものを作り上げてしまったかもしれないな。
この異世界の歴史を変える瞬間に立ち会ってしまったのかもしれない。
そう思いながら、魔王軍第3軍団軍団長バステオとの決闘の場所、魔王城ドボルベルクへ向かうことにした。
俺はサティに言う。
「ちょっと出陣してくるよ」
そう言うとサティは「お待ちくださいまし」と館に戻る。
何がしたいのだろうか?
まだ時間があるので問題はないが。
そう考えていると、サティは戻ってくる。
彼女は息を切らせながら言った。
「これはさっき、魔王様から習ったのですが……」
彼女はそう前置きした上で、火を付ける石、つまり火打ち石を「カチカチ」と2回叩く。
時代劇などでよく見るあれだ。
主人が出掛ける際、とくに勝負所などで行われる験担ぎのようなものだ。
(――まったく)
前世の日本でもとっくの昔に廃れた風習を異世界でやられるとは――
魔王様も変な知恵を授けてくれたものだが、気分が悪いものではない。
俺は魔王様とサティの気持ちに応えるため、気を引き締めて、ドボルベルクへ向かった。




