サティの紅茶と必勝法
控え室の間で休んでいた俺たちに届けられた一通の手紙、それを読み終えると、セフィーロはおもむろに口を開き、こう言った。
「決闘方法が決まったぞ」
「1対1の勝負ですか?」
俺は質問する。
「そんなわけなかろう」
「いや、決闘って普通そういうものでしょう」
「あの変わり者で奇天烈なダイロクテン様がそんな単純な方法で勝負を決めるものか」
セフィーロはそう断言すると、決闘方法の説明をはじめる。
「決闘方法は50vs50の模擬試合じゃな。どちらかが全滅する、もしくは戦闘不能になるまで続けられる」
「50vs50ですか?」
「その通り」
「珍しいですね。集団戦か……」
ふむ、と首をひねる、さすがは魔王様だ。本当に変人だ。
「となると、各旅団から、腕利きの魔族を探さないといけませんね。現在、我が旅団にいる旅団長は8人。その中から実力者を見繕うとして――」
残りの旅団長の顔を思い浮かべていると、セフィーロはそれを制止する。
「いや、その必要はない」
「どういうことですか?」
「決闘で用意される者達は魔王様が用意されるからじゃ」
「というと?」
「どうやら魔王様は、妾とバステオ、どちらの方に将としての器があるか確かめたいらしい」
「なるほど、だから戦う兵は魔王様が用意されるんですね」
「純粋に指揮官としての器量を試したいのじゃろう」
セフィーロはそう断言する。
「となると、団長とバステオの指揮官としての能力が試されるわけか……」
ぽつり、と漏らすが、セフィーロはその言葉を聞くと、
「かっかっか!」
と、いつもの笑い声を上げる。
「……なにがおかしいんですか」
――いや、大体察しは付いているけど。
「実は今回の勝負、団長が参加しなくてもよい、ということになっている」
「つまり、代理人を立ててもよい、ということですか?」
「その通り」
セフィーロは即答する。
「いや、でも、団長の首が懸かっている決闘ですよ。御自身で挑まれた方がいいんじゃないですか?」
他人に自分の命を預けるなんて団長らしくない、と付け加える。
「アイクよ、お前は妾が計算高い女であることは知っているな」
「……ええ、子供の頃から、骨の髄まで、身に染みてますよ」
「ならば分かるだろう。妾は分の良い方に賭ける、と」
「つまり?」
「相も変わらず天然じゃのう。つまり、こういうことだ。指揮官としての器は、とうの昔に妾を超えている、ということじゃ」
「……要は俺が代理で指揮をとる、ということですか?」
「なんじゃ、その顔は? 自分などまだまだです、という顔じゃな」
「……その通りですよ。俺なんかが団長より上なわけがない。俺なんてまだ数十年しか生きていないガキですよ。何百年も生きている団長を超えるわ――」
慌てて言葉を止める。
セフィーロの前で年齢に関する話題は禁忌だからだ。
案の定、彼女は眉をしかめたが、あえてそのことには触れず、こう締めくくった。
「ただし、勘違いするでないぞ。『指揮官』としてはお前の方が上じゃが、『団長』としてはまだまだ妾の方が上じゃからな」
セフィーロはそう断言すると偉そうに大きな胸を突き出す。
こういうところは年齢に関係なく、子供っぽい。
外見が幼い魔王様の方がまだ大人に見えてくる。
悪戯好き、子供っぽい、負けず嫌い、人使いが荒い、破天荒、上司としては最悪であるが、子供の頃から知っている『お姉さん』としては嫌いではなかった。
むしろ好きなくらいだ。
「さて、その『お姉さん』を助けるために一肌脱ぎますか」
彼女に聞こえないように心の中でそう漏らすと、さっそく、今回の決闘の必勝法を考えることにした。
†
決闘の日取りは丁度1ヶ月後、魔王城ドボルベルクにある決闘の間で開催される。
ルールは50対50の集団戦。
代表である指揮官は指揮は執れるが、戦闘には直接参加できない。
あくまでその者の指揮官としての力量を見るらしい。
集団戦に参加させる兵は、『傀儡兵』といって、泥で作られた魔法生物だ。
完全に術者の思惑通りに動いてくれるし、能力に差異はない。
要は完全に公平なルールのもとに行われるゲーム、といったところか。
いや、セフィーロの命が掛かっているのだ、ゲーム感覚で挑むのは危険だ。
必ず勝つつもりで動かなければ。
俺は自分の領地イヴァリースに戻ると、メイドであるサティに紅茶を持ってこさせた。
本当はコーヒー党なのだが、この世界にはコーヒーはないようなので、紅茶で妥協するしかない。
妥協は失礼か。
サティが丹精込めて入れてくれた紅茶はなかなか旨い。
俺は紅茶の香気を楽しみながらそれに口を付けると、サティに言った。
「ところでサティ、絶対に勝負に勝つ方法って知っているか?」
サティは、きょとん、とした顔をしながら問い返してくる。
「……わかりません」
「まあ、そうだよな」
そんなものがあれば苦労はしない。
そもそもサティからその答えを引き出せるとは思えない。
ただ、この娘はなかなかに賢く、たまに妙に核心をついてくる。
だから俺は、なにか壁にぶち当たると、彼女に相談するようにしていた。
答えそのものは貰えなくても、正解へと至るヒントになるかもしれないからだ。
「じゃあ、例えば、そうだな。サティが同じ年頃、同じ背格好の娘と喧嘩したとしよう。どうやって戦う?」
「……喧嘩はしたくありません」
「……サティらしいな。でもダメだ。喧嘩をする、という前提。それも勝つ、という前提だ」
サティはその問いを聞くと、「……うーん」と腕を組み、悩む。
しばらく同じ言葉を繰り返すと、彼女はとある結論に至ったようだ。
「箒を持って戦います。それで、えいッ! って相手を叩きます」
「なかなか良い答えだ。戦術の基本は相手よりも遠くから攻撃する、だ。短剣よりも剣、剣よりも槍、槍よりも長槍、長槍よりも弓、弓よりも長弓、相手のリーチの外から攻撃した方が圧倒的に有利だ」
懐に潜り込まれなければ、だけど。
「ふむ」
と、俺は独り言を漏らす。
「ならやっぱり、傀儡兵には弓を持たすべきだろうか」
思案のしどころである。
傀儡兵20体に弓を持たせ、残り20体は槍、残り10体は剣、というのが妥当なところか。
槍で敵兵を牽制しつつ、弓で遠距離攻撃、剣を持たせた傀儡兵は隙をみて相手のところに入り込み蹂躙させる、というのがもっともベターな作戦かもしれない。
「……いや」
でも、相手も同じようなことを考えているだろうな。
相手は魔王軍の第3軍団長だ。
過小評価して良い相手ではない。
同じ戦法で挑めば負ける可能性もある。
ならば相手の上を行かないと。
俺は頭を悩ませる。
「うーん、弓の上を行くものか……」
「……弓の上ですか? アーセナムの御領主さまはボウガンはすごい、とおっしゃっていましたが」
「ボウガンは、訓練を積んでいない兵に持たすにはぴったりなんだよ。弓ってのは案外、面倒な武器でな、かなり鍛錬を積まないとまともに扱えない。その点、ボウガンは、訓練していない農民に渡してもそれなりに使える。ただ、問題なのは連射が利かないんだよな。……ん?」
自分の言葉に思わず反応してしまう。
訓練していない農民でもそれなりに戦える、か――。
それに先ほどのサティとの会話も思い出す。
最良の戦術は、敵の射程範囲外から攻撃する。
理由はそうすれば反撃を受けないから。
それらを複合して考えると、自ずと最強の武器の片鱗が見えてくる。
俺はその武器の名前を口にする。
「そうか! 銃を作ればいいんだ!」
その大声に驚いたのか、あるいは聞き慣れぬ言葉に驚いたのか、サティは驚いた顔をする。
「……ジュウですか?」
「そうだよ、そう。銃を作ればいいんだよ」
「……サティは存じ上げませんが、そのジュウというものは強いのでしょうか?」
「強いなんてもんじゃない。相手が鎧を着けていても問題ないし、何百メートルも先から攻撃できて、胴体か頭に当たれば一撃で死ぬ。いや、手足に当たっただけでおだぶつかな。まともな治療を受けられなければ、感染症で死ぬ」
「……それは怖い武器ですね」
サティは怯える。本当に気の弱い娘だ。
彼女は恐る恐る尋ねてくる。
「ですが、ご主人さま、そのジュウというものはどうやって作るのでしょうか? サティは詳しくは存じ上げませぬが、この国にそのような武器があるだなんて聞いたことがありません」
まあ、この国には、じゃなくて、この異世界には、が正解なんだが、詳しく話をする必要はないだろう。
彼女は俺が人間であることを知っているが、前世の記憶持ちだとは知らない。
面倒なのであえて説明していないのだが、ともかく、銃を作る方法ならば心当たりがあった。
それを説明する。
「前にも話したが、我が第7軍団旅団長の団長は、頭に狂が付くくらいの錬金術師だ」
「魔女ではないのですか?」
「種族は魔女だが、本質的には錬金術師だな」
科学者、機械ヲタクと言ってもよい。
セフィーロならばなんの造作も無く銃くらい作り上げるだろう。
自信満々に、
「妾に不可能などない!」
と、言い切るはずだ。
俺はそう断言するセフィーロの顔を想像しながら、彼女の居城、バレンツェレに向かった。




