魔王の怒り
魔王城ドボルベルクへ向かう。
前回と同じ転移の間だ。
前と同じようにチェックを受けるが、今回は簡易的なものだった。
セフィーロが、
「魔王様に火急の用がある」
と、珍しく真剣な表情で言ったこともあるが、一度検査を受けた、ということもあるのかもしれない。
俺は前回、じいちゃんの知り合いだ、と名乗った魔術師に軽く頭を下げると、魔王様のいる謁見の間へと向かった。
「しかし、相変わらず長たらしい道ですね」
思わず愚痴を漏らしてしまう。
「まだ二度目ですが、次来たときも迷う自信がありますよ」
「そりゃ、そうじゃろ。魔王城は毎回、ランダムに地形を変えるからな」
「……なるほど」
道理で既視感がないわけだ。
というか、この人は迷わずすいすいと向かっているが、軍団長クラスになれば、ランダムマップの法則性も教えて貰えるのだろうか。
尋ねたくなったが、その前に謁見の間へとたどり着いた。
今回はセフィーロと同時に入室が許された。
魔王様はすでに玉座に控えている。
俺はセフィーロと同時に片膝をつき、頭を下げる。
「第7軍団長セフィーロ、並びにその配下、不死旅団長アイク、参上、つかまつりました」
セフィーロがそう言うと、魔王様はいつもの口癖である。
「――であるか」
という言葉を漏らした。
同時に頭を上げる許可も貰えたので頭を上げる。
そこにいたのは相も変わらず美しい少女だ。
目鼻立ちの整った絶世の美少女と言い換えてもいいかもしれない。
セフィーロも美人に分類される容姿をしているが、彼女とは逆ベクトルの美人だ。
セフィーロを一言で表すなら妖艶、
ダイロクテン様を一言で表すならば可憐、
だろうか。
特に二人の胸あたりが二人の大きな違いかもしれない。
セフィーロの胸は大型の果物、
ダイロクテン様の胸は洗濯板、
といったところだろうか。
そんな風に考えていると、魔王様はおもむろに口を開いた。
「アイクとやらよ。さきほどから余の顔をまじまじと見ているが、余の顔になにか付いているのか?」
思わず、どきり、としてしまう。
話しかけられるなどとは思っていなかったからだ。
「いえ、なにも付いていません」
そう答えると彼女は言う。
「――であるか。余の顔にはなにも付いていないか」
「…………」
俺は黙って頷く。
「それでは余はまるでのっぺらぼうのようだな。目も鼻も口も付いておらぬ、ということか?」
……やばい。怒っているのだろうか。
無表情なのでよく分からない。
この人の前世が、かの有名な織田信長なのは確実だと思うのだが、信長公といえば怒りっぽいことで有名な人だ。
ここは世辞でも言うべきだろう。
いや、世辞など言わなくてもいい。ただ率直な感想をいえばいいはずだ。
「――いえ、魔王様ほど美しいお顔の持ち主などみたことがありません」
「……であるか」
というか、この人は「であるか」、しか言わないし、表情も変えないから本当に困るな。
などと思っていると、魔王様は口を開く。
「……ところで、今回、余がお前たちを呼んだ理由は分かっているな」
――心臓が脈打つ。
横目でちらりとセフィーロを確認するが、あのセフィーロが珍しく、冷や汗をかいているようだった。
そりゃそうだ。
ついさっきまで仲間内で内紛を繰り広げていたんだものな。
もちろん、第3軍団軍団長バステオの策略のせいなのだが、その申し開きをする前に先手を打たれたのだ、そりゃ冷や汗もかく。
ただ、流石は我が上司セフィーロ、なかなか肝が据わっている。
すぐに表情を作り直すと、平然と事実を述べた。
「第3軍団長、血塗られた首なし公爵バステオの奴が、我が軍団の副団長と旅団長に、我が軍団を裏切るよう調略をしかけてきたのです」
「調略――か。理由は?」
魔王様は無表情に問う。
「は、恐らくですが、魔王様を裏切り、自分が次代の魔王となるためでしょう。そのために我が軍団から切り崩しに掛かってきたのでしょう」
「確かな証拠はあるのか?」
「この状況下、つまり、人間どもと戦争を繰り広げている最中、他の軍団の足を引っ張るような真似をするのが何よりもの証拠かと思われます」
セフィーロがそう言い切ると、魔王様の反応を待った。
俺も魔王様の反応を注視する。
彼女は、じっと瞳を閉じ、微動だにしない。
僅かに胸が上下しているから呼吸はしているのだろうが、それが無ければ人形のようにも見えた。
彼女はしばし目をつむると、おもむろに目を開ける。
そしていつもの台詞を漏らす。
「――であるか」
ただ、今回はそのあとに別の言葉が続いた。
「……と、セフィーロは申しているが、バステオ、お前の言い分はどうなのだ?」
「なッ!」
俺とセフィーロは同時に声を上げてしまう。
魔王様が思いがけない言葉を発したからである。
魔王様はちらりと横目を向く、そこには第3軍団軍団長、血塗られた首なし公爵、バステオ本人が立っていた。
バステオは己の首を小脇に抱えたまま口を開く。
「先ほども申し上げましたが、奴らの言い分は嘘の塊です。奴らこそが魔王様に叛意を抱いております。その証拠を掴み、私めに報告してきたジェイスを密かに抹殺したのが、今回の事件の経緯にございます」
「な、馬鹿な! ジェイスに裏切りをそそのかしたのはお前じゃろ!」
セフィーロは必死に抗議する。
「そもそも、この人間との戦いの最中、仲間同士で争っている連中の言葉を信じろ、というのが、無茶なのでは?」
そう言うと、バステオは哄笑を漏らす。
セフィーロは珍しく、眉をつり上げ、顔を紅潮させている。
よほど腹立たしいのだろう。
このままでは今すぐにでもバステオに襲い掛かりそうな勢いだったが、それを制したのは魔王様だった。
「両者控えぬか!」
その言葉を聞いたセフィーロとバステオは、即座に片膝をつき頭を下げる。
俺もだけど。
「うぬらは余が何も知らぬと思っているのか」
魔王様はそう言うと、バステオに言う。
「貴様が二つ心を持っていることなどとっくに知っておるわ。だが、なぜ、貴様を始末しなかったかわかるか?」
「…………」
バステオは沈黙によって応える。
魔王様はそれを無視し、続ける。
「余に叛意を持たぬ魔族などおらぬからだ。優秀ならば優秀なほど、上位に立ちたがる。それが魔族というもの。ただ、叛意を抱いているから、という理由だけで処罰していれば、切りがないわ」
そう言うと、今度はセフィーロの方に振り向く。
セフィーロは珍しく縮こまっている。
あのセフィーロのこんな姿を見るのは初めてだった。
ある意味、貴重な光景を見れたが他人事ではない。
もしもセフィーロが処罰されれば、第7軍団解体の危機だ。
いや、セフィーロは上司である以上に、実の姉のような側面もある。そんなことになっては堪ったものではなかった。
セフィーロの方へ振り向いた魔王は言った。
「セフィーロよ、お前が二つ心を持っていないのは承知している。ただ、今回の件、うぬの手落ちであったことは承知しているな」
「もちろん、承知しています。妾の管理不行き届きです」
セフィーロは素直に自分の非を認める。
それを確認した魔王様は、お決まりの台詞。
「――であるか」
を口にするとこう続けた。
「喧嘩両成敗、という言葉がある。しかし、余としてもこの時期に優秀な軍団長を二人も欠くのは本望ではない」
そう言うと、こう続けた。
「ならばここは魔族らしく決着を付けようではないか」
「……魔族らしく、ですか?」
俺は思わず口を挟んでしまう。
魔王様は気にした様子もなく、俺の方に振り向くと言った。
「決闘だ。どちらか勝った方が正しい、それが魔族らしい、というものだろう」
彼女はそう言いきると、
「決闘の方法は後で話す。それまでは控えの間で待っていろ」
と、玉座から立ち上がった。
その場にいた三人は、「ははッ!」と恭しく頭を垂れた。