戦後処理、そして強制転移
こうして自由都市アーセナムは魔王軍の手に落ちた。
不死旅団の戦死者は、数十名。
アーセナム側の死者は3桁ほどだから、都市の規模から見れば、最小限の犠牲で陥落したことになる。
ただ、オークの参謀は少し不満げだった。
「味方の死者の数が少ないのに越したことがありませんが、敵将の首が少なすぎませんか?」
それは最小限に抑えたからな、と言ってやりたいところだが、口にはしない。
代わりにこう答える。
「先代の魔王様はともかく、今の魔王様は、敵の首の数よりも結果を大事にされるお方だ。我々の戦功はちゃんと評価してくださる」
――はずであるが、自信はない。
確かにオークの参謀の言うとおり、魔王軍の評価のポイントは、いかに人間を殺したか、に集約される。
日本の戦国時代のように、名のある敵将の首をいくつ持って帰ったか、で、その魔族は評価され、出世していくのだ。
しかし、現魔王、ダイロクテン様の代になってから、その評価方法は大幅に刷新された、ということになっている。
例え人間を殺さずとも結果さえ残せば評価してくださる、――はずである。
そうでなければ、俺のような人間が、旅団長になど抜擢されるはずはないのだから、その説は正しいはずなのだが、魔王軍の伝統的価値観というのはいまだに浸透しているようだ。
「どちらにしろ、このアーセナムは交易都市だ。いや、鉱山都市だろうが、農業都市だろうが、同じだ。せっかく都市を支配しても、その都市の住人を殺してしまったら、意味はない。住人がいなくなったら、誰が交易をするのだ? ドワーフを殺したら、誰が銀細工を作るのだ? 農夫を殺したら誰が畑を耕すのだ? 畑がなくなったらどうやって家畜を養うのだ?」
「はあ、まあたしかにそうですが……」
中には、豚や牛がいなければ、人間を食べればいいじゃないか、と主張する魔族もいたが、さすがにそれは少数派だ。
好んで人間を食べる魔族は少ないからだ。
魔族もやはり旨いものが食べたい。
肉食獣の肉が食用にならないのと同じ理由で、人間の肉も大変不味いらしい。
それに魔族は人間やドワーフたちのように見事な飾り細工の工芸品は作れない。
それどころか、馬車や武器といった最低限の物を作る技術すらない。
すべて人間たちから鹵獲するか、強制して作らせている。
「だから、その都市の住人を殺すのは下策中の下策なんだよ」
俺はそう言いきると、重ねて「無抵抗な市民は殺さないように」と言明すると、都市の代表者に会いに行くことにした。
都市の代表者。
この町を治める領主は現在、意識不明の重体なので、代表者となると、商人ギルドの長と教会の教区長となる。
どちらも真っ先に俺に媚びを売ってくると、核心に入った。
「アイク様、今後、魔王軍にはいかほどの税金を納めれば良いのでしょうか?」
商人ギルドの長は問う。
「アイク様、今後、神への信仰は認められるのでしょうか?」
それぞれの答えはこうだ。
「今までと変わりない」
その言葉を聞くと、両者は安堵する。
俺がただし、と付け加えるまでだが。
「ただし、この街の法律よりも魔王軍の法律がすべてにおいて上位とされる。魔王軍の占領に抵抗するもの、それに協力するものは、何人であろうとも処罰される。そのことを肝に銘じておけよ」
そう命令を下すと、両者は深々と頭を下げ、退出していった。
意外とあっさり引き下がったのは、想定したよりも条件が緩かったせいであろうか。
無論、街に蓄えてあった財宝はすべて没収、自由もこれまでよりかなり制限されるが、想定していたよりも遙かに楽な占領政策に見えるようだ。
まあ、一昔前までは、兵士は皆殺し、責任者は公開処刑が普通だったので、それに比べれば遙かにましな占領政策だ。
今の魔王様の寛大な処置であるが、いまだに昔の風習を引きずっている軍団もある。
例えばもっとも残忍なことで知られる第2軍団の長は、占領した都市の責任者の口に、煮えたぎって溶けた鉄を流し込んで処刑した、という話も聞く。
それに比べれば第7軍団の占領政策は生やさしいのかもしれない。
――そんな風に考えていると、ふと、その第7軍団の団長の顔を思い浮かべる。
攻略が済み、占領が終わったのだ、そのことを報告しに行かなければならなかった。
そう思った瞬間、俺の身体はうっすらと輪郭を失い、その場から消えた。