黒幕の正体
第7軍団長セフィーロの居城の執務室にて。
「……ふむ、裏で糸を引いていたのは、バステオだったか」
事件の報告後、彼女の発した第一声が、それだった。
意外だったのだろうか、珍しく神妙な面持ちをしている。
俺は、その場の雰囲気を紛らわせるためではないが、軽口を叩く。
「しかし、デュラハンといえばアンデッドの中でも最上位ですからね。一応、俺も不死族最高位の不死の王リッチ、ということになっているし、結構いい勝負ができるんじゃないかな」
デュラハンといえば不死族を代表する魔族だ。
『デュラハン、生前、悪行を重ねた騎士が、蘇った際になるといわれているアンデッド』
要は首と胴体が分離した魔族である。
リッチを不死族最強の魔術師と定義するなら、デュラハンは不死族最強の騎士、ということになるだろうか。
現代風にいえば、東の横綱がリッチ、西の横綱がデュラハンだ。
ま、異世界の魔族である団長にいっても通じないだろうが。
「でも、意外な話ではないですよね。魔族は昔から仲が悪い。大方、俺たち第7軍団の活躍に嫉妬でもして、ジェイスの奴をそそのかしたんじゃないでしょうか。足を引っ張るために」
「……ふむ」
なんだか、歯切れが悪いな。
他に理由があるのだろうか。
「それならばそれでよい。今回の一件も裏切り者を粛正した、で、済む話じゃからの」
「ならば、今回の一件、裏がある、ということですか?」
「……ある、やもしれぬ」
「……例えば、今回の一件は、バステオの奴が、魔王様を裏切り、自分が新たな魔王になってやろう、という布石、とか」
「………………」
セフィーロは沈黙によって答える。
どうやら彼女はそう思っているようだ。
「ですが、現在の魔王様、ダイロクテン様は、その実力、人望、カリスマ性、どれもずば抜けています。そう易々とは魔王の座は譲らないでしょう」
「しかし、魔族は魔族じゃ。相手がダイロクテン様でも、……いや、ダイロクテン様だからこそ嫉妬の対象になるのやもしれぬぞ」
それに、と続ける。
「魔族とは、自己顕示欲と権力志向の塊のような奴らじゃ。隙さえあれば、どの軍団長も魔王の座を狙う。それが魔族という生き物の習性なのじゃ」
「……まあ、それはそうでしょうね」
7つもある魔王軍の軍団長全員の顔が浮かぶ。
どいつもこいつも一癖も二癖もありそうな奴らばかりだった。
俺はその中でも一番のくせ者である人物に尋ねてみる。
「ところで、団長。団長も『その』魔族の軍団長ですが、もしも機会があったら、魔王様を裏切りますか?」
セフィーロはその難問に即答する。
「裏切る」
「…………」
まじか。
思わず沈黙してしまう。
「――と言ったら、お前がどんな顔をするか、試してみた」
そう言うと、いつものように、「にやり」と笑う。
「…………」
一応、冗談として受け取っておくが、さて本心はどうだろうか。
この人も魔族の端くれである。
それくらいの野心は秘めていてもおかしくはないが。
「…………」
いや、冷静に考えれば有り得ないか、この人はそういうたまじゃない。
魔王などという責任ある立場に就くよりも、軍団長あたりのポジションに留まって、狂錬金術師として研究に没頭することを選ぶ人だ。
一応、セフィーロの冗談に合わせて、こう答えることにした。
「もしも、団長が魔王様を裏切るならば、そのときは俺も一緒について行きますよ」
その答えを聞いたセフィーロは、にやりと笑い、応える。
「本当か? というのは愚問かな。お前を使いこなせるのは妾くらいしかいないからな」
自信たっぷりに言い切ると、最後にこう結んだ。
「それでは、妾と共に地獄の底まで共をせい! 魔王軍最強の魔術師よ!」
俺は、恭しく頭を下げると、少し冗談めかしながら、
「承りました」
と、了承した。
そして彼女と共に、地獄の底、『魔王城』へと向かった。




