不死旅団vs片目の小鬼
不死旅団VS片目の小鬼連合軍の戦いは、丁度、正午に行われた。
先ほども説明したとおり、戦力差はおよそ3倍。
900対300、普通に戦ったのならばまず勝ち目はない。
いや、俺が前線に立ちつつ、不死旅団の損害も厭わなければ勝てるかもしれない。
それくらい自分の魔力に自信があったし、不死旅団の部下たちも信用していた。
だが、普通に戦ったのでは、損害が大きくなる。
ジェイスは裏切り者だ。
その部下も団長であるセフィーロへの恩義を忘れて裏切ったのだから、同情の余地はないが、不死旅団の連中はなるべく死なせたくなかった。
小心者で計算高いオークの参謀ジロン、
サキュバスのくせに淫乱じゃないリリス、
子犬のように可愛らしいコボルトのタロ、
その他のものも含め、皆、俺の大切な部下だった。
なるべくならば死なないで欲しい。
乱世の世の中で、魔王軍の旅団長などをやっていて勝手な言いぐさであるが、それが俺の本音だった。
しかし、戦は綺麗事を言ってれば勝てるものではない。
俺はなるべく味方に被害が出ないよう、自ら前線に立つことにした。
前方から迫り来る敵軍。
ジェイスの部隊はゴブリンを中心に編成されている。
ゴブリンは魔物のなかでもコボルトと並ぶ弱者であるが、ジェイスの軍団は違う。
そもそもジェイス自身、片目の小鬼の異名を誇る通り、ゴブリン・ロードともいえる存在なのだ。
当然、その主に仕えるゴブリンたちも猛者揃いだ。
部隊長だけでなく、普通の兵士にもゴブリンの上位種、ホブゴブリンが見られる。
もしもうちのゴブリンの部隊と正面から渡り合えば、あっという間に粉砕されるだろう。
だが、そんな真似などしない。
愛馬に跨がると、敵陣に向かった。
敵は俺が一人で突っ込んでくるとは夢にも思っていなかったのだろう。
密集陣形を組んでいた。
密集陣形は古代、かの有名なアレクサンダー大王が用いて、世界を席巻した古典的な戦法であるが、その運用はなかなか難しい。
たぶん、ジェイスの奴は先日、俺が白薔薇騎士団を追い払ったときの戦を覗き見でもしていたのだろう。
ただ、重武装の兵士を密集させれば、槍衾を作れば、密集陣形ができると思い込んでいるようだ。
「ほんと、浅はかな男だな」
俺は苦笑を漏らす。
密集陣形、ファランクスは古代に猛威を振るった陣形であるが、とある兵器が登場してからは、あっという間にその姿を消した。
その兵器とは、銃と大砲である。
特に銃の登場は大きく、その登場と共に段々と姿を消し始め、自動小銃や迫撃砲の登場が密集陣形にとどめを刺した。
固まっている敵に、銃弾や大砲の弾をぶち込むほど楽な作業はない。
銃なら狙いを定める必要もないし、大砲に至っては固まっていてくれれば一網打尽だ。
もっとも、この異世界には『銃』や『大砲』だなんて御大層なものはないが。
――しかし、その代わり、この『異世界』には魔法という便利なものがある。
俺は、密集陣形を組んでいるゴブリンの一団にめがけ、
《炎柱》
の魔法をぶち込んでやった。
本当ならば、団長のように《隕石落下》の魔法でもぶち込みたいところであるが、俺にはまだ撃てない。
正確には発動することはできるが、それには魔法陣と、時間を掛けた詠唱が必要だ。
あと、セフィーロのように正確な地点に打ち込む自信がない。
だから《炎柱》の魔法を打つことにした。
《炎柱》は《火球》の上位魔法である。
《火球》が文字通り、火の玉を放つ魔法ならば、《炎柱》は火の柱をぶちまける魔法だ。
狙った場所に、巨大な火柱が上がる。
「ぐぁあ!」
ゴブリンの悲鳴が戦場に木霊する。
哀れではあるが、これも戦場の習いであった。
手加減などしない。
俺が手加減をした分、仲間の命が危険にさらされるからだ。
ゴブリンたちが焼け焦げる臭いがこちらまで伝わってくる。
その臭いは人間のそれと大差ない。
不快ではあったが、長年、戦場にいると馴れてしまう。
俺は密集陣形を猿まねするゴブリン達を次々と屠っていった。
ゴブリン達は、いや、敵の指揮官であるジェイスは、今更ながらに密集陣形の無意味さに気がついたようだ。
密集陣形をやめ、散開する。
この陣形は敵に強大な魔術師がいるときはまったく役に立たないどころか逆に足を引っ張る。
魔術師の強大な火力が、大砲や迫撃砲の代わりになるからだ。
(もっとも俺クラスの魔術師なんてそうそういないけどな)
少し自惚れておく。
ただ、自惚れすぎて、魔法を打ちまくるのも良くない。
俺の目的は、
「侮られない程度に敵に打撃を与えつつ、わざと負ける」
ことにあるからだ。
俺は敵兵に聞こえるような大声で叫んだ。
「っく、魔力が尽きた。ここは引くしかないッ!!」
そういうと颯爽と踵を返す。
俺の背中を見て、敵兵は安堵しただろうか、それとも根性がない、と侮ったのだろうか。
別にどちらでも構わないが、できれば追撃して欲しかった。
俺は愛馬を走らせると、背中越しから、ちらりと後方を見る。
よし、敵は追いかけてくる。
やはりジェイスは所詮は短気なゴブリンだ。
ここまで好き勝手やられて黙っているわけがなかった。
ジェイスは、
「突撃! 突撃! 突撃あるのみ! ここで敵に後ろを見せる奴は、俺がぶった切る!」
と、鼻息を荒くしていた。
その号令にゴブリンたちも従う。
ゴブリンたちの中でもエリート、ということもあるが、余程、ジェイスのことを恐れているのだろう。
もしくは信頼しているのかもしれない。
それに俺の魔法で打ちのめしたとはいえ、敵の数はまだまだ多い。
まだ戦意が残っているのかもしれない。
「そうじゃないと困るんだけどな」
そう漏らすと、俺は馬を走らせ、後続の部隊と交代した。
後続の部隊は、スケルトン兵を中心に編成しておいた。
『負ける』ことを前提に戦うからだ。
ゴブリンやオークの部下を殺すのは忍びない、という気持ちはあるが、スケルトンならば多少はその気持ちも薄れる。
ジロンあたりに言わせると、
「でも、アイク様は、不死族じゃないんですか? 心は痛まないんですか?」
となるのだろうが、幸いなことに俺の中身は人間だった。
すでに死んでいる骸、それも魔法生物が死んだところで、どうという気持ちもない。
――ただ、スケルトン兵をせっせと作った狂錬金術師の魔女が皮肉を言うのが怖いくらいだった。
戦後、彼女の小言が想像できる。
「馬鹿者。スケルトン兵を大量に作るのが、どれだけ面倒か、お前はわかっておらぬのじゃ!」
彼女ならば絶対にそういうはずだ。
ただ、今から弁明させて貰えれば、他の生命ある魔物が死ぬよりはましでしょう。
ということになる。
「……ともかく、見事に負けてくれよ」
俺はそう念じながら、スケルトン兵に命令を下した。
俺が後退し、勢いを取り戻したジェイス連合軍。
彼らはスケルトン兵を中心に組織した不死旅団の連中を次々となぎ倒していく。
先ほど俺がしこたま打ちのめしたせいだろうか。
アイク憎ければスケルトンまで憎し、の勢いだ。
すでに動くことさえできなくなったスケルトンまで、徹底的に破壊している。
さぞ、満足していることだろう。
俺はジェイスたちが一方的な殺戮を繰り広げる様を後方から見つめていた。
その姿を見ているジロンは、顔に大量の汗をかきながら、俺に言った。
「ア、アイク様、大丈夫でしょうか?」
「どういう意味だ?」
「いえ、ジェイスの奴が我々の作戦に気がつくんじゃないかとヒヤヒヤしていまして」
「たぶん、あの調子ならば大丈夫だろう。そもそも、ここであいつらを完全に打ちのめして、逃げられて、ロワーレの街に籠もられる方が厄介だ。あの街は大陸でも屈指の城塞都市だからな」
「はあ、その理屈は分かるんですが、それとわざと負ける、ってのがどう繋がるんですかい?」
ジロンは不思議そうな顔で問い返す。
俺は「すぐにわかる」といいこう続ける。
「ところで、団長に頼んでおいた『例』のやつは届いているか?」
「はい、さきほどですが、届きました」
さすがはセフィーロだな。その辺は抜かりはないようだ。
「よし、届いたなら話は早い。伝令に不死旅団を撤退させろ、と伝えろ」
ジロンは即座に命令に答える。
「これでもか、とわざとらしく、惨めに退却するようにするんですよね」
「その通り」
「ですが、無理矢理負ける、ってのもなかなか難しいものですね」
と、ジロンは大きく溜息を漏らす。
「どうしてだ?」と問うと、ジロンはこう言った。
「だって、我が旅団は結成以来、負け知らずの旅団なんですよ。一度だって逃げ帰ったことがない。そんな奴らが逃げる真似をするだなんて難しいですよ」
なるほど、そういうことか。
確かにその通りなので苦笑してしまう。
「ま、なにごとも経験だ。いつか負けるときが来るかもしれない。その予行演習だと思って我慢してくれ」
俺はそう言うと、旅団が撤退する様を後方から見守った。




