決戦前夜
第7軍団団長セフィーロの根城、バレンツェレ。
以前、少しだけ説明したが、ここがセフィーロの居城である。
魔王領の北端にあり、魔王領防備の最前線を担っている。
――のは昔の話。
今は、人間の国々を支配下に置いているので、この城に攻め入ってくる人間などいない。
しかし、一応は軍団長の居城、それなりの警備はしかれている。
転移の間には複数の魔族が配置されている。
吸血鬼の男と、リザードマンの男だ。
警備を任されるだけあり、それなりの腕っ節はあるはずだ。
ただ、緊張感がないというか、この城に敵軍が攻めてくるなどとは夢にも思っていないのだろう。
だらけきった表情であくびまでしていた。
俺は、やれやれ、と思ったが、注意はしない。
確かにこの転移の間にやってこられるのは、特別な護符を携帯した魔族だけだ。
敵の軍勢がいきなりやってこられるほど間抜けな作りはしていない。
常に緊張感を持って警備に当たれ、という方が無茶なのかもしれない。
それに、彼らが職務熱心で、いちいち身元をチェックされるのは億劫なので丁度良い。
こいつら程度の魔族ならば、いくらでもごまかしようはあるのだが、それでも毎回チェックされるのは面倒だ。
「ご苦労――」
と一言だけいうと、彼らの横を通り過ぎた。
彼らは敬礼をし、俺を出迎える。
俺は旅団長なのだから当然だが、あまりかしこまられるのも困る。旅団長になって数年の年月が流れたが、やはりいつまでも俺の中身は日本人のようだ。どうも徹頭徹尾、偉ぶれない。
セフィーロ曰く、
「そこがお前の長所でもあり、弱点じゃな」
ということになる。
ただ、今回は、その癖が長所に働いたようだ。
リザードマンの男は、気安い口調で重要な情報をもたらしてくれた。
「あ、アイク様、先ほどからセフィーロ様がアイク様をお捜しでしたよ」
「団長が?」
やはり団長は俺を召喚するつもりだったようだ。
その前に俺がこの城にやってきてしまったので、俺を補足できなかったのだろう。
これは幸運だったのかもしれない。
前々回は、自作ゴーレムの実験台、前回は入浴中の召喚、今度はなにをされるかわかったものではない。
「……ちなみに団長は嬉しそうな顔をしていたか?」
「どういう意味ですか?」
「例えば、なにか怪しげな機械を作っていたりとか、念入りに肌の手入れをしていたりとか、あるいは人間の街から新しい下着を取り寄せた、とかいうのも怪しいな」
「はあ、オレは門番ですからね。そういう話はちょっと。ただ、さっきすれ違ったとき、ちょっといつもとは違った雰囲気でしたね」
「……なるほど」
どうやら裏切り者の目星が付いたようだ。
あのセフィーロも一応は魔族の軍団長、軍団内に裏切り者がいる、ということに焦りを感じているのかもしれない。
ということは、久しぶりに団長の真剣な表情が見れるかもしれない。
そう思った俺は、表情をゆるめながら、団長がいるはずの執務室へ向かった。
団長は案の定、机に両肘を突き、真剣な表情をしていた。
俺が挨拶をしても軽口を叩こうとさえしない。
たぶん、であるが、裏切り者の正体が予想外の人物だったのだろう。
彼女は開口一番に、
「魔王軍第7軍団副団長、片目の小鬼ジェイス」
という名前を口にした。
俺はその意味をすぐに察する。
「まさかあのジェイス副団長が裏切るなんて……」
「――とは思ってないくせに」
セフィーロは即座に否定する。
「…………」
……ばれていたか。
一応、形式上、驚いて見せたが、まあ、予想の範疇内ではあった。
片目の小鬼のジェイス、第7軍団の中では切れ者として知られる。
小鬼の名の通り、元々は魔族ではなく、魔物だ。
人間からしてみれば、魔物と魔族の区別など付かないであろうが、魔族から見れば魔物と魔族は全然違う。
魔族とは、ある程度の知能を持ち、それ相応の魔力か腕力を要しているものをさす。
一方、魔物とは知能が低く、力も弱い物をさす。
具体例を挙げると、コボルト、オーク、ゴブリン、スケルトン、バジリスク、コッカトリス、大サソリなどは魔物だ。
知能がない、あるいは力が弱いからだ。
しかし、俺の参謀であるオークのジロンに代表されるように、稀に魔物の中でも知能や特殊な力を持っている奴はいる。
そういった奴は、一代かぎりであるが、『魔族』として扱われる。
魔族になれば、魔王軍の中でもそれなりの扱いを受けるようになるし、手柄を立てれば『部隊長』にも出世できる。更に言えば旅団長にもなれるし、軍団長にもなれる。
さすがに魔物から魔王になった前例はないらしいが、それでも実力のみによって判断する魔王軍という組織はなかなか先進的なのかもしれない。
ちなみに件のジェイスは、片目の小鬼の二つ名通り、ゴブリンの男だ。
歴戦の古強者で、右目に大きな傷がある。
また第7軍団の副団長を務めるだけはあり、なかなかの知恵者としても知られる。
セフィーロの片腕として、これまで多くの作戦を立案しており、先日のアーセナム攻略のおりもその辣腕を振った、ともっぱらの評判だった。
「しかし、ジェイス副団長が裏切った、となると厄介ですね」
「ほう、どう厄介なのだ。いうてみよ」
「まず、第7軍団のNo2が裏切った。こちらの手の内を知られています」
「ふむ」
「次に厄介なのはその副団長が切れものだ、ということでしょう。ま、今回は地図に自分の痕跡を残す、というぽかをやりましたが、それでも地図を突きつけただけで白状するかどうか。おそらくですが、白を切ってくるでしょうね」
「当然じゃな。妾も立場が同じなら白を切るだろう」
「そうなると、困りますね。確実な証拠もないのに罰するわけにはいかない……」
俺はそう溜息を漏らしたが、
「……くっくっく」
と笑いを漏らす。
「何がおかしいんですか、団長」
「いや、やはりお前は人間じゃな。と思ってな。それは人間ならではの考え方だろう?」
「……はあ、まあそうですが」
正確には俺の前世の考え方か。
日本では証拠もなしに人を罰してはいけない、ということになっている。
「だが、我々は、魔族だ。魔族には魔族の考え方がある」
「というと?」
「やられる前にやる! 確かな証拠なぞ糞食らえじゃ!」
「つまり、証拠とか関係なしに、副団長を処罰する、ということですね……」
「その通り!」
セフィーロはそう言い放ったが、たいして驚きはしなかった。
むしろこの人らしい、そう思ったくらいだ。
「なんじゃ、意外な顔をしないな。非難されるかと思ったのに」
「これでも団長とは長い付き合いですからね。そういう結論に達する、と思っていました」
「……ということはすでに準備はできている、と思っていいのかの?」
「はい、不死旅団の連中には、すでに戦支度を進めさせています」
「となると、あとは奴が治める街、ロワーレまで攻め込むだけか。お前の不死旅団を主力とするとして、あと、2~3旅団増援に出させよう。なんならば妾自ら指揮をとっても……」
俺はその言葉を途中で遮る。
「いえ、ここは我が不死旅団だけで十分です」
「なんじゃと? お前はジェイスの旅団をたったの一旅団で倒すつもりか?」
「ええ、同数の敵ならば負ける気はしませんし」
「……それは過信ではないか? 兵法とは多数の兵を以て少数の兵を破るのが常道じゃぞ」
「さすがにそれくらいわかっていますよ。でも、軍団規模で兵を動かせば、占領地の支配がおろそかになるかもしれません。今、一番占領政策が上手くいっている俺の旅団が動くのが筋というものでしょう」
「……ふむ」
「それに、軍団単位で動けば、このことが魔王様の耳に入ってしまうかもしれません。それは避けるのが賢明でしょう」
「……ふむ、確かにそうなのじゃが」
それでもセフィーロは、「ううむ……」と首をひねる。
まだ喉につっかえるなにかがあるようだ。
「どうしたんです? なにか気に入らないことでもありますか?」
俺は尋ねる。
「気に入らないことならいくつもある。まったく、魔力だけでなく、その考え方まで一人前になりおって。これでは妾が教えることなどなにもないではないか」
なるほど、どうやらこの人はまだまだ俺の保護者を気取りたいらしい。
子供の頃から知っている間柄だからな。
いくら図体がでかくなっても昔の面影を見てしまうのかもしれない。
少しは自分を頼って欲しいのだろう。
(……なんだかんだで面倒見いいからな、この人は)
そう思った俺は、セフィーロにとある頼み事をすることにした。
ロワーレの街を攻略する際に必要な道具を揃えて貰うことにしたのだ。
その願いを聞いたとき、セフィーロは子供のように目を輝かせた。
さすがは狂錬金術師だ。
その提案を聞いただけですべてを察したようだ。
「お前は天才じゃな!」
と、子供のようにはしゃぎ、俺の背中を叩いてくる。
俺はしばしそれに耐えると、
「それでは、イヴァリースに帰ります。ロワーレの街に着くのは、ええと6日ほど掛かりますが、それまでに作れますか?」
セフィーロは、
「誰にものを言っているのじゃ」
と言うと、こちらに目もくれることなく、執務室を出て行った。
そのまま研究塔にでも向かったのだろう。
あの調子ならば、俺の要求したものを時間内に用意してくれそうだった。