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13番目の奴隷の少女

 広場の兵を殲滅し終えると、後から駆けつけた部下に、


「無抵抗な人間は殺すな。軍令だぞ。それと投降したものは手当してやれ」


 と、きつく言い付けると、俺は領主の館へと向かった。


 館の前には一応、数名の兵士が控えていたが、俺の姿を見るなり、


「うあああああぁ!」


 という言葉を上げ、逃げていった。


 失礼な連中だな。

 もっとも、気持ちは分からなくもない。


 髑髏(どくろ)の仮面に、漆黒のローブ、禍々しい杖、それらに返り血をばっちりと浴びせさせた『化け物』みたいな男がやってきたのだ。


 広場から聞こえてきた悲鳴も彼らの勇気を削ぐのに一役買っていただろう。

 領主に最後まで忠誠心を捧げろ、と要求する方が無茶であった。


 俺は門番のいなくなった領主の館へ、堂々と入った。

 客人としてではなく、征服者として。


 執務室には、領主が控えていた。

 初老の男で立派な顎髭を蓄えている。


 全身を甲冑で身に包み、ロングソードとカイトシールドを置き、執務室の椅子に座っていた。


 乱入してきた俺を見ても動揺する素振りを見せない。


 野戦で何度か遠目から見たが、その指揮は勇猛果敢で、その実力もなかなかのものであった。


 もしもこの男が指揮官でなければ、双方の被害はもっと少なかったに違いない。


 領主は俺を見据えると、


「魔王軍の指揮官とお見受けするが、いかに」


 と、武人めいた口調で言った。


 俺もそれに応える。


「その通り」


 そして、一応、武人としての礼節を持って尋ねる。


「貴殿には、三つの選択肢が残されている。


 ひとつ、降伏して魔王軍の虜囚となる道、


 ふたつ、潔く自害され、果てる道、


 みっつ、俺がこの窓から景色を眺めているあいだに、密かに逃亡する道、


 好きなのを選んでくれ」


 おすすめは三つ目だ。


 と心の中で願ったが、たぶん、この男は四つ目の選択肢を選ぶだろうな、と思った。


 実際、領主はゆっくり首を横に振ると、その選択肢を選んだようだ。


 立て掛けられていたロングソードとカイトシールドを手に取ると、こう口を開いた。


「戦の趨勢(すうせい)が定まってから申し込むのは気が引けるが、できれば最期は武人らしく果てたい。魔王軍の良将と誉れ高い貴殿へ決闘を申し込む!」


 やっぱりそうなるよな。

 まあ、それは最初から予想していたことなので驚かない。

 貴族という奴はどうしてこうもプライドが高いのだろうか。


 俺は「やれやれ」と心の中で漏らすと、円環蛇(ウロボロス)の杖に力を込めた。


 手加減をしてやる、という選択肢もないではなかったが、それはこの勇敢な男に対して失礼なような気もした。


 またこの男も名うての武人だ。

 手加減などすれば万が一、ということもある。

 一度死んだ身であるが、二度目の死はごめんだ。


 俺は全力をもってこの貴族の申し入れを受けいれることにした。

 つまり、一撃で片を付けるということだ。


 俺は得物である円環蛇(ウロボロス)の杖に魔力を付与し、それを袈裟斬(けさぎ)りに放つ。

 領主は俺の首をはねようとロングソードを横になぎ払った。


 共に必殺の一撃であり、技量が同じであれば双方、即死していたであろうが、残念ながら「力」の差は歴然としていた。


 不死の王の武具を身に纏った俺の力は、人間如きが対抗できるものではなかった。


 刹那どころか、数秒の差で領主は俺の袈裟斬りをまともに受けると、そのまま倒れ込んだ。


 領主は泡を吹いて倒れている。

 重傷を負っているのは間違いない。

 少なくとも骨は砕け、内臓にもダメージが達しているだろう。


 一応、回復魔法をかけてやると、部下に捕虜として手当てをしてやるように命じた。


 そして暫く一人になりたい、と部下を下がらせると、先ほどまで領主が座っていた椅子へと腰掛けた。


「……ふう」


 と思わず溜息を漏らす。


 人を傷つけてしまったことに罪悪感がない、といえば嘘になる。

 俺の前世はただの日本人だ。

 こんな血なまぐさい戦場になれることなどできない。


「いや、そんなことはないか……」


 ぽつり、と独り言のように反論する。


 前世の記憶を持つ魔族を何人か知っているが、その者達は人間の心などとっくの昔になくしていた。


 いまだに前世の心を引きずっている俺の方が例外なのだ。


 そう考えていると、ふと部屋の隅に置かれた大鏡が目に入る。

 そこに映っていたのは、全身に返り血を浴びた漆黒の魔術師だった。

 典型的な魔族の魔術師がそこにいた。


 ただ――


 俺は不死の王の仮面とローブを脱ぐ。


 そこにいたのは紛れもない人間であった。

 黒髪に黒目、さして美男子ではない、どこにでもいる人間であった。

 角も生えていなければ牙も生えていない。

 正真正銘の人間がそこにいた。


 そう、俺ことアイクは、日本人の前世を持つ魔族ではなく、


 日本人の前世を持つ人間なのだ。


 そのことを知っているのは、俺を含め、3人だけ。


 1人は死んだじいちゃんだから、実質、この世界でこの秘密を知っているのは、1人だけということになる。


 もしもその秘密が露見すれば、大騒ぎになるだろう。

 魔王軍の懐刀と呼ばれた男が、実は人間だったのだ。


 魔族共に嬲り殺しにされるか、魔王様から直々に死をたまわるか、二者択一である。


 だから、死んだじいちゃんは、


「いいか、アイクよ。いついかなるときも、その仮面とローブは脱いではならんぞ」


 と、幼き頃から俺に言い聞かせていた。


 だから俺は、絶対に一人でいるときしか、この装備を外さない。


 部下にもそれは徹底してあり、「俺が一人になりたい」といえば、どんな愚鈍なゴブリンも俺の側に近寄ることはない。


 その辺の教育は徹底してあった。


 以前、その言いつけを破った部下に厳罰を下したこともあり、俺の部下であれば、絶対にこの部屋に立ち寄ることはない。


 いや、例え他の魔王軍の奴らが来てもそれは同じだ。


 今、この部屋には強力な結界が張られている。俺の部下でなくてもこの部屋に立ち寄ることはできないだろう。


 ゆえに、こうして一息吐けるわけであるが、俺はとあることを失念していた。

 とある可能性をまったく考慮していなかったのである。


 その可能性とは、《この部屋に最初から誰かが潜んでいる》という可能性だった。


 仮面だけでなく、ローブまで外していた俺は、ある音に気がつく。

 部屋の片隅に置かれていた衣装ダンスから、がたり、という音が聞こえた。


 衣装ダンスは僅かに開かれている。


 俺は最悪の想定をしながら、ゆっくりとタンスに近寄り、おもむろにタンスを開く。



 ――そこには一人の少女がいた。



 人間の少女だ。

 年の頃は14~5だろうか。


 色素の薄い瞳に髪、陶器のような肌を持った少女で、メイド服を身に纏っていた。


 この館の領主の使用人、女中、といったところだろう。


 少女は生まれたての子鹿のように震えていた。


 その瞳は、


「お、お願いします。どうか、わ、わたしを殺さないで」


 そう語っていた。


 少女は目に涙をためていたが、泣きたいのはこちらの方だった。


 この異世界に生を受けて、20年近く守ってきた秘密をこうもあっさりと露見させてしまったのだ。


 しかも、その相手が、魔族の強者でもなければ、人間の勇者でもなく、ただの少女。



『いっそ、この場で殺してしまうか?』



 俺が魔族ならばそういう選択肢も浮かんだが、残念ながら俺は人間であった。


 武器も持たないか弱い少女を、なんの(とが)もなく殺すほど、人の心を失っていなかった。


 俺は、謹厳な表情を作り直すと、少女に背を向け、黙々と仮面とローブを身に纏った。


 そして化け物じみた姿を取り戻すと、つとめて低い声を作りながら言った。


「いいか、お前はなにも見なかった」


 少女は震えながらその言葉を反芻(はんすう)しているようだ。

 その意味が分からないほど愚鈍ではないらしい。

 だが、言葉を発するほどの勇気もないようだ。

 震える身体を叱咤するように、こくん、と軽くうなずく。


「そうだ。それでいい、この部屋にいる人間はお前一人だ。それは分かるな?」


 多少心に余裕ができたのだろうか。


 今度は蚊の鳴くようなか細い声で、


「……は、はい、この部屋に人間は『わたししか』いません」


 と、返答した。


 満足行く回答だった。

 このままこの少女を見逃し、何もなかったことにしてもいいくらいの回答であったが、残念ながら俺は用心深い性格であった。


「まあ、丁度良い。身の周りの世話をする人間が一人欲しかったところだしな」


 今までは、ゴブリンの小男に従卒をさせていたが、その男は命令に忠実でも、機敏さや配慮に欠けた。


 やはり、魔物では、人間のような細やかな気配りはできない。


 一人くらい、人間の娘を女中として置いておくのも悪くない。

 そう思った俺は、少女に尋ねた。


「今日からお前は、俺のメイドだ。ちなみに拒否権はない。俺が人間であると知っているものはこの世界に二人しかいない。うち一人は絶対に口を割らない。つまり、俺の秘密が世間にばれたら、お前の仕業ということだ」


 少女は、先ほどよりも強めの口調で否定した。


「わ、わたしは絶対にこのことは誰にもしゃべりません。わたしは死んだお母さんに誓ったんです。一度交わした約束はどんなことがあっても守るって、それは例え魔物の方でも同じです」


「俺は魔物じゃないけどな」


 思わず苦笑してしまったが、この娘の言葉を信じる気になった。

 弱々しい娘であるが、心の芯はしっかりとしたものがある。

 言葉通り、一度交わした約束は破らないタイプの娘なのだろう。

 そう確信した俺は、彼女に名前を尋ねた。


「……サーティーン(13番目)です」

「サーティーン? 変わった名前だな」


「……わたしのお母さんの名前はトゥー(2番目)です。御領主様は、奴隷に名前を付ける方ではありませんでした。だから番号で呼ばれていました」


 なるほどな。

 まあ、異世界ではよくある話だ。


 先ほどの領主の性格を見る限り、奴隷を虐待するタイプには見えなかったが、逆に奴隷に興味があるタイプにも見えなかった。


 単純に名前を付けるのが面倒だったのだろう。


「しかし、サーティーンとは酷いな。それに呼びにくい」


 俺がそう漏らすと少女は言った。


「……お母さんは、わたしのことをサティと呼んでいました」

「そうか、サティか。それは分かりやすくて助かる」


 俺も今日からそう呼ぶとしよう。

 そう結ぶと、そこで待っていろ、と命令した。


 人間の娘を小間使いとして周りに置くことを旅団の魔族に説明しなければならなかったし、まだ戦後の後処理も残っているのだ。


 どちらも面倒な作業であったが、魔王軍の旅団長としてはおろそかにできない作業であった。


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