リリスと敵地潜入
俺は、自分の領地であるイヴァリースの街に戻ると、オークの参謀、ジロンを呼んだ。
いそいそとやってくるオークの小男ジロン。
彼は俺の執務室にやってくると、「なんでしょうか?」と手揉みをした。
「先日の白薔薇騎士団の一件なのだが――」
と、話を始める。
要約すると、今、その白薔薇騎士団の団長はなにをやっているのか、というのが俺の知りたいことだった。
「さて、どうでしょうね。生きて逃げていく姿は確認しましたが、散々、打ち負かしてやりましたからね。もしかしたら処罰されて牢獄にでも入れられているかもしれません」
「なるほど、ありえるな」
俺はそう漏らすと、ジロンにそいつが今、何をしているか、調べるように命じた。
ジロンは、「はい」と快諾すると、
「至急ですか?」
と続ける。
「大至急だ。なによりも優先しろ。金、人材、出し惜しみしなくていい」
ジロンは俺の真剣な声にことの重大さに気がついたようだ。
来たときよりも小走りに執務室の外へ出て行った。
さて、これで確かな『証拠』である白薔薇騎士団の団長の居場所は分かりそうであったが、問題は『確保』しやすい場所にいてくれるかどうか、だ。
先日の敗戦が許され、他の戦線に回されていれば確保どころか所在を掴むのも難しくなる。
できれば敗戦の責任を問われ、自宅で謹慎しているか、どこかに幽閉されているのが一番有り難いのだが――。
数日後、ジロンにより、白薔薇騎士団の団長、アリステアの居場所が分かる。
「白薔薇騎士団のアリステアは、現在、王都の郊外にある牢獄に収監されているようです」
「牢獄か、これまた厳しいな、敵さんも」
敗戦の責任を問われたのだろうか?
詳細を尋ねる。
「いえ、敗戦の責任を問われたわけではないようです。それでしたら、先日の反転攻勢に参加した騎士団のほとんどは責任を取らされたでしょうし」
「なるほど、他に理由があるのか」
「はい、なんでも、このイヴァリースに全軍を差し向けるよう、国王に具申したようです。御前会議で何度も、執拗に。それで国王の怒りに触れてしまったらしく、幽閉、という形に」
「このイヴァリースに全軍を? それほど俺に負けたのが悔しかったのかな」
「もしくは我が旅団を潰しておかないと大変なことになる、と思ったのかもしれませんな」
と、ジロンは冗談めかして笑う。
まあ、詳細は分からないが、どちらにしろ、幽閉されているのは確かなようだ。
ある意味、こちらとしては有り難い事態だった。
俺は、旅団の中でも腕利きの部下、サキュバスのリリスを呼び出すと、彼女と共に白薔薇騎士団の団長が幽閉されている場所へと向かった。
†
「アイク様、2人きりですね」
それがイヴァリースの街を出たときのリリスの最初の言葉だった。
「わたし、ちょっと疲れてしまいました」
彼女は唐突にそう言うと、
「丁度、あそこに森があるので休んでいきませんか? 小一時間ほど。いえ、アイク様が望まれるのならば、丸1日でも2日でもむつみ合うことが可能です」
と、おれの腕を引っ張った。
俺は、「ぎろり」と仮面越しからリリスを見下ろす。
リリスは、「っちぇ」と漏らし、諦める。
「でも、アイク様、塔に幽閉されている敵の指揮官を助け出すんですよね? わたしたち2人だけで大丈夫でしょうか? あ、いえ、もちろん、アイク様さえいれば、万の軍隊でも恐るるに足りませんが」
「さすがに俺でも万はきついな」
「じゃあ、千」
「それも無理だ」
「じゃあ、百」
「それならば条件次第ではどうにかなるかもな」
過信かもしれないが、並の兵士ならばそれくらい同時に相手にできる自信がある。
「ならば、今回の任務もなんとかなりそうですね」
と、リリスはほっと胸をなで下ろす。
「むしろ、大軍を動かすより警戒されなくていい」
俺は言い切る。
白薔薇騎士団の団長アリステアは、王都リーザスの郊外にある塔に幽閉されている。囚人が投獄されるような場所ではなく、貴人専用の塔だ。
貴人ゆえに逃げ出す心配も少なく、また襲撃されることなど考えてもいないはず。
恐らくではあるが、警備は最小限と思っておいても問題ないだろう。
俺の想像通りならば、衛兵が10人、貴人の身の回りの世話をする人間が10人いるかいないか、といったところだろうか。
襲われるなどと想定していないはずだから、俺一人でも余裕の戦力だ。
正直、身軽なので単身で赴きたいくらいだったが、これでも一応、旅団の指揮官だ。万が一に備えなければならなかった。
「あ、アイクさま、塔が見えてきましたよ」
リリスが塔を見つけたようだ。
さすがは魔族、といったところだろうか。
人間の俺にはまだ見えない。
しかし、感づかれると厄介なので、《遠視》の魔法を使うと、確認する。
確かに塔が見える。
殺風景な塔であるが、一応、罪人が収監される塔なのだ。見た目を華美にする必要がないのだろう。
「衛兵の数は、門の前に2人、か……」
ぽつりと漏らす。
「ちゃちゃっとやっちゃいますか? あの様子ですと、衛兵の数などたかがしれていますよ」
リリスは魔族らしく決着を付けたいようだ。
俺はそれを制する。
「血を見せるのだけが能ではないさ」
「ですが、手加減する方が難しいですよ。2~3人惨殺すれば、残りはびびって逃げていくのではないでしょうか?」
「…………」
沈黙によって答える。
リリスの提案は、魔族としても人間の将としても正しい考え方だったからだ。
ここで邪魔をしているのは前世の俺の記憶。
避けられる流血ならば避けたい、というのが本音だった。
「……いや、たまには血を流さず物事を解決するのも一興だ。敵地に潜入し、情報を聞き出すときの練習にもなる」
いいか、なるべく、人間は殺すなよ、と念を押すと、俺はリリスと自分に、《透明化》の魔法をかけた。
この魔法はしばらくの間、術者を透明にしてくれる。
ただし、強力な魔力を持つものには効果がないし、大きな動作をすると解除されてしまう。
ただ、あそこにいる門番が魔術師だとも思えないし、二撃目が必要なほどの強敵だとは思えない。
問題なく、門番は倒せるだろう。
問題なのは、中に詰めている兵士たちだが……。
俺は吐息を漏らす。
一応、手加減しろ、と命令したが、その命令に従うほど、横にいる淫魔は器用ではないからだ。
これはどう頑張っても死傷者が出るな。
俺はそう思いながら塔へと向かった。