外伝 ピクニック
今日は雲一つない快晴、絶好の行楽日和である。 サティは早朝から厨房で「戦い」を繰り広げていた。エプロンの紐をきゅっと締め直し、真剣な眼差しで目の前の食材と向き合う。今日はご主人さまとピクニックに行く約束をしていたのだ。
「卵焼きの味付けは甘めとだし巻き、どちらが良いでしょうか……。唐揚げの下味はこれで……」
サティはぶつぶつと独り言を言いながら、手際よく料理を仕上げていく。アイクから教わった「ニホン」の料理だ。失敗するわけにはいかない。
「おはようサティ。朝から精が出るわねぇ」
あくびを噛み殺しながらリリスが厨房に入ってきた。テーブルに並べられた色とりどりのおかずを見て、リリスはニヤリと口角を上げた。
「あら、気合入ってるじゃない。これはいわゆる『愛妻弁当』ってやつ?」
「あ、あ、あ、愛妻だなんて!! ただのお弁当です!」
サティは顔を真っ赤にして否定したが、リリスは楽しそうにサティの肩を叩いた。
「いい? サティ。ピクニックの醍醐味は景色じゃないわ。『あーん』よ」
「あーん、ですか?」
「そう。ご主人さまにおかずを『あーん』って食べさせてあげるの。これこそが新婚夫婦の必修科目よ!」
サティは想像しただけで湯気が出そうなほど赤くなり、その場にへたり込んでしまった。
イヴァーリスの郊外にある、見晴らしの良い丘。 木漏れ日が揺れる木陰にシートを広げ、アイクとサティは並んで座っていた。心地よい風がサティの、先日アイクからもらった赤い髪留めを揺らしている。
「すごいな。これ全部サティが作ったのか?」
広げられたお重の中身を見て、アイクは感嘆の声を上げた。 黄金色の卵焼き、ジューシーな唐揚げ、彩り豊かな野菜の肉巻き、そして可愛らしい俵型のおにぎり。どれも完璧な出来栄えだ。
「は、はい……。ご主人さまのお口に合えば良いのですが」
「いただきます」
アイクが唐揚げを一つ口に運ぶ。サカリと良い音がして、肉汁が溢れた。
「……美味い。店が出せるレベルだ」
「ほ、本当ですか! よかったぁ……」
サティはほっと胸を撫でおろした。アイクが美味しそうに食べる姿を見ているだけで、サティの胸はいっぱいだった。 ふと、アイクはおにぎりを手に取りながら呟いた。
「そういえば、こういう携帯食の歴史は古いんだ。俺の故郷では、カードゲームに熱中した伯爵が、ゲームをしながら片手で食べられるようにパンに具を挟ませたのが『サンドイッチ』の始まりだと言われている」
「まぁ! カードゲームのために……ですか? ふふ、なんだか可愛らしい伯爵様ですね」
「ああ。だが、このおにぎりも負けていない。かつて戦場でも侍たちはこれを腰にぶら下げて……いや、今は戦の話はやめておこう」
アイクは苦笑して首を振った。せっかくの休日に、血なまぐさい話は似合わない。 穏やかな時間が流れる中、サティはリリスの言葉を思い出していた。
『ご主人さまにおかずをあーん、って食べさせてあげるの』
サティは膝の上で拳を握りしめた。ちらりとアイクを見る。アイクは遠くの景色を眺めながら、リラックスした様子でお茶を飲んでいる。 やるなら今しかない。 サティは震える手で箸を持ち、卵焼きを一つ摘まんだ。
「あ、あの……ご主人さま……」
「ん? どうした?」
アイクが振り返る。その距離が近くて、サティの心臓が跳ね上がった。
「そ、その……よろしければ、これを……」
サティは箸を差し出した。しかし緊張のあまり手が止まってしまう。アイクはキョトンとしていたが、サティの真っ赤な顔と、差し出された卵焼きを見て、すべてを察したようだった。 アイクは優しく微笑むと、少しだけ身を乗り出した。
「もしかして、食べさせてくれるのか?」
「は、はい……! ご迷惑でなければ……!」
「迷惑なものか。……あー」
アイクが少し口を開けて待っている。サティは心臓が口から飛び出しそうになりながら、慎重に、丁寧に、卵焼きをアイクの口へと運んだ。
「ん……。うん、やっぱり美味いな。自分で食べるより美味く感じる」
「~~ッ!!」
サティは限界だった。両手で顔を覆い、小さく丸まってしまった。そんなサティの頭を、アイクは愛おしそうに撫でた。
「ありがとう、サティ。……次は、俺が食べさせてやろうか?」
その言葉にサティが顔を上げ、二人の視線が絡み合う。 甘い、甘いピクニックの時間は、まだ始まったばかりだった。




