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外伝 オクターブ家

「ユリア様、アイク様よりお手紙が届きました」



オクターブ家のメイドがトレーの上に一通の手紙とペーパーナイフを乗せてユリアのもとに歩み寄った。

ゼノビアの盟主エルトリア・オクターブの娘、ユリアは目を輝かせて手紙を受け取った。手紙の送り主は魔王軍最強の魔術師であるアイクからだった。きっとユリアとの結婚を決めてくださったのだろう。



「イヴァ―リス産の紅茶を持ってきてくださる?」



 使用人に頼めば、ティーカートにティーセットを乗せて即座に用意された。イヴァ―リスに住むアイクを想いながら、アイクからの手紙を読む。なんて素敵な時間なのでしょうか。そう思いながら、ユリアはペーパーナイフで手紙の封を切った。



「うふふ、アイク様お久しぶりですね」



 ユリア・オクターブへ


お久しぶりです。

仕事以外で手紙なんて書いたことがないから、おかしかったら申し訳ない。

先に謝っておく。

要件は、婚約の解消についてだ。エルトリアにも伝えている。

ユリアの気持ちは理解できるが、君の気持ちを受け取ることが出来ない。

俺はサティとともに生きたい。

サティに気持ちを伝えるためにも婚約を解消させてもらえないだろうか。

来週にオクターブ邸に尋ねる予定だ。その時に婚約解消の手続きをする。

それではまた。


アイク



「え……」



 ぽたり、と手紙に雫が落ちた。



「婚約解消……?」



部屋の中だから雨ではない。雨漏れをするような館でもない。不思議に思ってユリアはその雫を見た。だんだん視界がぼやけ始めた。ぽたり、ぽたりとアイクからの大事な手紙が濡れていく。ユリアはぼやける目を指でこすってみた。こすった指に水滴がついた。



「あら……私、泣いているのね」



 自分が泣いていると気がついた途端、ユリアの悲しみが溢れ出した。手紙を濡らさないように胸に抱きしめて、声を出さないように口を閉ざす。涙を止めようとしても止まらなかった。メイドが心配そうにユリアに声をかけたが、ユリアは返事ができなかった。



「ユリア」



 名前を呼ばれてユリアは顔を上げた。母のエルトリアが微笑んでいた。



「お、おかあ、おかあさま……っ!」



堪えていた嗚咽が漏れて、普段の彼女から想像できない程の弱弱しくか細い声でエルトリアを読んだ。エルトリアはユリアを抱きしめた。



「おかあさま、あいくさまがっ」



「ああ、聞いたよ」



「わた、わたくしとの、こんやくをか、かいしょう、したい、っと」



「アイクは目が節穴だったみたいだ。私の可愛い娘を振るのだから」



「あ、あいくさまの、め、はっ、ふしあなでは、ありません!」



「私からすれば、だよ」



「おかあさま、おかあさま!」



「いっぱい泣くといい。泣いて、もっと成長するんだ。あんたが振った女はこんなにも素晴らしいのよって見返せばいい」



「そして、アイクよりいい男を見つけるんだ。私の娘ならできる」



「あいく、さまより? いませんよ」



「そんなことはない。探せばいい」



「……ほんとうですか?」



 ユリアは涙を落としながら母の顔を見る。エルトリアは娘の目を見て頷いた。ユリアは手で涙を拭うと気丈に笑ってみせた。



「お母様がそう言うのなら、きっといるのでしょう」



「私、もっともっと素敵になります。そして、素敵な旦那様を見つけます」



 エルトリアはユリアの頭を撫でた。娘の頭を撫でるのは何年ぶりだろうか。エルトリアはユリアの背長に感慨深い気持ちになった。



「でも、今は泣いてもいいですか……?」



「もちろん。アイクの前で泣きたくないだろう?」



「はい。最後は、綺麗な姿で婚約を解消したいです。綺麗な姿で結婚をお祝いしたいです」



ユリアは笑顔からまた泣き顔に変わった。エルトリアの胸に顔を埋めて、幼子のように泣いた。エルトリアはユリアの涙を優しく受け止め続けた。ユリアの涙が渇くまで。

今は母がを受け止めているが、いつかは渇いた涙の分の潤いを渡す人が現れるだろう。それは少し寂しくなるな、とエルトリアは小さく笑った。

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