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その10 サティの日常

 今日はサティのお休みの日である。お休みならばぐっすり寝ても良いはずだが、サティは目を覚ました。普段よりも早く、慌ただしく起きると顔を洗って、朝ご飯を食べた。そして、着替えるためにクローゼットを開けた。


「ど、どうしましょう……」


 サティはクローゼットの中を見て焦っていた。彼女の持っている服はメイド服しかなかったからだ。引っ張り出せば他の服が出てくるかもしれない。そう思ってクローゼットからメイド服を取り出していった。出せども出せどもメイド服。サティは諦めて綺麗なメイド服を着ることにした。ご主人さまに呆れられるかもしれないと肩を落とした。

 サティは泣きそうになりながら櫛で髪を念入りに梳かした。これで寝癖がついていたら本当に泣き出したかもしれない。梳き終わると髪を二つ結びにする。その後にメイドキャップを被った。くるりとその場で回ってみる。



「綺麗に着れて……」



「サティ、噓でしょ!? それでいくわけ!?」



ノックせずに部屋のドアを開けたリリスは仰天した。驚き過ぎて腰を抜かす一歩前である。サティは恥ずかしそうにもじもじし始めた。



「その……服がなくて」



「え!? 嘘でしょ!? 見せなさい!」



リリスはサティをどかしてクローゼットを見た。リリスから見てもサティのクローゼットの中にはメイド服しかなかった。リリスはわなわなと震えたかと思えば、サティの手を掴んで走り出した。





 魔王軍最強の魔術師であるアイクはサティとの待ち合わせの場所で待っていた。イヴァーリスにある広場で人間の姿でアイクは立っていた。館から二人で一緒に出ればいいと思うかもしれない。しかし、リリスに「人間のデートは、待ち合わせから始まるんですよ!」と言われてしまった。サティに聞いてみたら「待ち合わせ」をしてみたいと恥ずかしそうに小さく言った。ならば待ち合わせをするしかない。



「ご、ご主人さま! お待たせしてしまいもうしわけありません!!」



 ぱたぱたと走ってきたサティはメイド服ではなかった。カチューシャのように編み込まれた髪、白いブラウスに青いスカート。ブラウスは肩から袖部分までがわざと透けるようなデザインらしい。腕がうっすらと見えていた。青いスカートもサティには珍しく太ももくらいまでの丈であった。普段は見せない白くなめらかそうな脚が今日は出ていた。サティは肩で息をしながらアイクに謝っていた。



「俺が早く来てただけだ。謝らなくていい」



「え、そ、そうなんですか?」



「ああ」



「てっきり遅れてしまったかと……」



 サティは体温を下げようとぱたぱたと顔を手で煽った。その左手の薬指にはアイクが渡した指輪があった。アイクは指輪を見て改めてサティに出会えたことに感謝した。アイクの視線に気が付いたサティは柔らかく微笑んだ。



「今日の服装……どうでしょうか? その、リリスさんと魔王様が選んでくださいました」



「似合ってる」



「ほ、本当ですか? ……嬉しいです」



サティは頬を赤く染めて、両手で頬を押さえた。えへへ、と口元が緩んでいたがとても愛らしかった。



「サティ、行こう」



 このままでは待ち合わせ場所から動けそうにないのでサティの手を握って強引に歩き出した。サティは顔を赤くしたまま握られた手とアイクの顔を交互に見た。おずおずとアイクの手を握り返した。



「……林檎みたいだな」



「ご主人さまのせいです……」



「俺の奥さんは俺の名前を呼んでくれないのか?」



「お、奥さん……」



 通行人たちは初々しい新婚さんだなと思いながら二人の傍を通過した。中にはプレゼント選びに良いお店を教えてあげたいと苦しむ人もいた。



「奥さん」



「は、はい。旦那さま」



「……そうきたか」



 アイクは顔をサティから逸らしながら開いている手で自分の顔を押さえた。今だけは不死の王の仮面が欲しかった。



「そこの新婚さん! うちの店で奥さんにプレゼント買ってかない?」



 アクセサリーを売っている屋台の人から声をかけられた。サティはアクセサリーに興味があるのか見たいようでそわそわしていた。


「サティ、見るか?」



「見たいです!」



 アイクとサティで屋台の品物を見ることにした。身に着けやすいデザイン、お手頃価格。小さいながらも本物の鉱石や宝石であった。中には魔法を付与できるものまであった。



「意外としっかりした物が売ってるんだな……」



「お、旦那さんは良い目をしてるな。そうなんだよ、石は全部本物なんだ」



失礼なことを言ってしまったと思ったが、お店の人は嬉しそうにアクセサリーの説明をしてくれた。サティはその説明を楽しそうに聞いていた。



「サティ、何かいいなって思ったものはあるか?」



「そうですね、こちらの手鏡でしょうか」



 サティは丸い鏡の下部に柄が付いたタイプの手鏡を見た。全体が黒色で漆塗りされたそれの裏側には桔梗の花が描かれていた。デザインも技術もかなりの者であったが、桔梗の花が難儀であった。桔梗は明智光秀が家紋として使っていた花だからだ。



「そうか。この手鏡は他に種類はあるか?」



「ちょっと待ってな……あと二つほどあるよ」



店主は新しく二つ手鏡を出してくれた。さきほどの手鏡と同じ型で裏の花が違っていた。菫と桜だった。この二つなら大丈夫だろう、とは思う。菫は毛利氏、桜はそもそも武家の家紋には使われていなかったと聞いたことがある。



「サティ、この二つの中だったらどっちが良いと思う?」



「そうですね、この紫の花も、薄ピンク色の花も綺麗ですし……」



 サティは二つの手鏡をじーっと見ていた。かなり迷っているようだった。サティはどちらも気に入っているようだった。



「店主、こっちを買う」



「あいよ! まいどあり!」



 そう言って俺は菫の手鏡を買った。どちらでも良いと思ったが、アイクの中で桜は散るイメージが強かった。買った手鏡をサティに手渡した。サティは驚いていたが、大切そうに両手で受け取ると手鏡を抱きしめた。



「大切に使います……!」



 アイクは頷いた。アイクはサティに片手を差し出した。サティは嬉しそうにその手に自分の手を重ねた。アイクとサティはしっかりと手をつないで歩き出した。二人はどこからどう見ても仲睦まじい夫婦であった。





 あっという間に日が落ち始めて夕方になった。夕暮れの中、二人で館へと帰路に着く。サティは終始にこにこと笑顔だった。



「旦那さまにプレゼント買ってもらえるなんて……」



「プレゼントじゃない、日ごろの感謝を返しただけだ」



「こっちがプレゼントだ」



 俺は立ち止まって、懐から包みを取り出してサティに渡した。サティはぽかーんと口を開けていた。



「え、ええと、こっちがプレゼント、ですか?」



「ああ」



「……開けてみていいですか?」



 アイクが頷くのを見てから、サティは包みを開けていく。本当は手鏡がプレゼントだった。だが、店主は顔には出さなかったが何か言いたげであったことにアイクは気が付いた。アイクとサティが別のお店を見ていた時に、そっとアイクに手鏡を買った屋台の店主の言付けを教えてくれた。お店同士のつながりは強いらしくすぐに連絡がきたそうだ。



「手鏡をプレゼントするのはあまりよくないそうです。その人間関係が壊れる、などあんまり良くない意味しかないようで……」



「それは知らなかった」



「いいえ、伝えるか迷ったんですけど……」



「助かった。縁起が良い感じのプレゼントを教えてほしい」



「はい、もちろんです」



 そして、今に至る。アイクはプレゼントの意味を考えたことがなかった。女性はそういうのを気にするらしい。アイクが気にしなくても、リリスがサティに何か言ってしまうかもしれない。そして、サティが悲しむかもしれない。サティの悲しむ顔は見たくない。



「わぁ、綺麗な赤……!」



 サティは赤い髪留め用の紐を手のひらに乗せた。プレゼントの意味を知って買うなんてかなり恥ずかしかったが、サティの笑顔が見られるのならいいのかもしれない。



「サティ、帰るぞ」



「はい、旦那さま!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近はサティさんがいつも凄く優待されていますね
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