その9 ガラス玉の指輪
魔王軍最強の魔術師であるアイクは迷っていた。いや、悩んでいた。アイクの傍にはサティはおらず、アイクの正面には指輪、ブレスレット、ペンダント等のアクセサリーが並べられていた。
「……アイク様、気に入る物がなかったでしょうか?」
「悪いが、そうだな」
館に来てくれた商人は素早く品物を片付けた。にこりと笑顔を浮かべていたが、落胆の色が見えた。アイクは今、指輪を探していた。なぜ、指輪を探しているのか。それは、サティに想いを伝えるためだった。別に、想いを伝えるために指輪が絶対に必要というわけではない。だが、サティに好意を伝えれば……
「わたしもご主人さまが大好きです」
と、笑顔で返すだけになるだろう。アイクの想いと自分の想いが同じであると露にも思っていない。サティはアイクの傍にいるだけで幸せと感じている。だからこそ、彼女は今以上を求めていない。
それでは、アイクは困るのだ。自分の気持ちをしっかりと伝えて、彼女を幸せにしたい。これはエゴかもしれないが、アイクはどうしても自分自身の手で守りたいのだ。
「もう少し、柔らかいというか優しい感じのアクセサリーはないのか?」
商品を片付けて後は帰るだけとなった商人に聞いてみた。商人は不思議そうにアイクの顔、不死の王の仮面を見た。
「柔らかい、優しい……ですか?」
商人に詳しく伝えていないアイクが悪いのかもしれないが、伝えれば国中にアイクがプロポーズをするということが広まってしまうかもしれない。それは遠慮したい。アイクは注目されるより穏やかにゆっくりサティと暮らしたいと思っている。
「……アイク様、明日にまた来てもよろしいでしょうか」
「ああ、いいぞ」
「では、また明日こちらに参ります」
商人は一礼すると館から出ていった。どうやら商人は察してくれたようであった。だが、明日で指輪探しは終わるかもしれない。だが、好意を伝えるかどうか、悩むことはまだまだある。
次の日、再び商人がアクセサリーを持ってやってきた。手のひらサイズの箱を数個だけアイクの前に置いた。
「……なぜ、指輪を探しているとわかった?」
「わかりますよ。そういう雰囲気がありましたから」
商人の目は鋭いようだ。だからこそ今も繁盛しているのであろう。まずは赤い箱を手に取って開けてみた。指輪と言えばシルバーかゴールドの二色のように思っていたが、別の色もあるらしい。そこに入っていた指輪はほんのりと淡い桃色のように見えた。
「こんな色もあるのか」
「そうなんですよ。女性には人気のあるものです」
商人は揉み手でそのように伝えるが、一番高いものを進めてくる。こういう輩はあまり信用できない。
金に困っているわけではないが、嗜好品である指輪に興味がないのも事実。
そのように思っているからだろうか、賢いサティはこのような提案をしてくれる。
「ご主人様、良かったらですが、指輪は後日ゆっくり選んでもらって、今日はかりそめの指輪をいただけませんか?」
そういってサティが俺の手を引いて連れて行ってくれたのは、街で行われている縁日だった。そこで売っていたガラス玉のビー玉。銅貨数枚の価値のものを指さすと「これがほしいです」と言った。
子供がほしがるような安物であるが、サティはこれがほしいらしい。
彼女らしい、と思った俺は、ガラス製の指輪を彼女にプレゼントする。
サティはそれを指に付けると、宝物のようにうっとりと見つめ、生涯大切にします、と言った。




