その8 武器庫
メイド服を着た愛らしい少女は箒で床を掃いていた。その少女が毎日掃除をしているおかげで魔王軍第8軍団所属、軍団長――アイクの住む館は清潔に保たれている。少女の名はサティ。かつてのイヴァーリスの領主によって奴隷として働かされていた。現在はアイクの女中である。
「……これは?」
サティは廊下の端から端までを箒で掃いている途中で落ちている鍵を見つけた。しゃがんで拾うと鍵には「武器庫」と書かれていた。これは大変だとサティは鍵を両手でしっかりと掴みアイクのもとへ駆けていった。
「ご主人さま!」
失礼だと思ったがサティは返事を待たずにドアを開けた。座って執務をしているはずのアイクはいなかった。そこでサティは今朝の会話を思い出した。
「これから町の視察に行ってくる」
「視察? 外出ですか?」
「ああ、報告書だけじゃ町の人々がどう暮らしているかは分からないからな」
「皆さん良い人ですよ」
「だろうな」
「では、いってらっしゃいませ」
サティは手の中にある鍵を見て眉を落とした。アイクの不在では鍵を誰に渡せばいいのかサティにはわからなかった。とりあえずメイド服のポケットに鍵を入れた。サティは置いてきてしまった箒と塵取りを回収しに行った。
視察から帰って来たアイクはサティの出迎えがないことに首を捻った。サティはアイクが帰ってきたら必ず玄関に出迎え、紅茶の用意をしてくれる。しかし、今日はそれがなかった。アイクはまず自室に向かった。
「サティ?」
部屋の中には誰もいなかった。もしかしたら料理に時間がかかっているのかもしれない。そう思ったアイクは調理室へ行った。途中で掃除用具庫を覗いてみたがそこにもいなかった。調理室には夕食に使用するであろう器具だけが準備してあり、料理はされていなかった。
(……まさか)
嫌な想像を頭の隅に置きながらアイクは館中を探した。サティが行きそうな所はしらみつぶしに行ったが気配すらなかった。館に出入りしている部下たちを見つけて尋ねてみた。焦っているように聞こえないように落ち着いたトーンで話そうとアイクは気をつけた。
「サティなら廊下を掃除してましたよ」
「アイク様が視察に出られると時に玄関で見ました」
「廊下を走ってたような?」
「そういえば……見てません」
彼らから話を聞いた後、冷静に考えようと自室に戻った。アイクが視察に行くまでは普段と変わらない様子だったが、廊下の掃除中に何かがあったらしい。
「サティ、紅茶を頼む」
焦りが前に出てきそうになったアイクは一度頭をリフレッシュさせようと紅茶を求めたが、返事はなかった。サティがいないのだから当たり前である。アイクはため息を吐いた。
「失礼しやす!!」
ドンドンと音をたててアイクの部屋のドアにノックがされた。その慌ただしさから参謀のジロンであることは明確であった。『解除』の魔法を使ってドアを開けるとジロンが入った。
「すみません。アイク様、武器庫の鍵を館の中で落としちまいました!」
大きな声で謝罪し泣いていた。サティが行方不明に武器庫の鍵が紛失。泣きたいのはアイクの方だ。アイクは不死の王の仮面の額部分に手を当てた。
「……どのあたりで落としたかわかるか?」
「廊下です。兵の訓練のために武器を出して運んでいる最中に落としまして、でも手にいっぱい武器があったので拾えなくて……」
「鍵を廊下に落としたまま武器を訓練所に持って行って、戻ってきたら鍵がなくなっていた、と?」
「そうです! さすがアイク様!」
アイクはジロンから聞いた言葉を整理している時に武器庫にサティがいるのではないかと頭に浮かんだ。
「……その後に武器庫には入ったか?」
「いいえ。武器は訓練兵が戻しましたが」
「そうか、わかった。追って処分を下す」
アイクは言い終えると武器庫へ足早に向かった。武器庫の鍵を紛失するなんて大問題であるが、アイクはまずサティを見つけたかった。
武器庫が見えてきた。アイクは武器庫の前を見て絶句した。使用された武器が武器庫のドアの前に放置されていた。
(……武器の扱いを知らないのか)
頭痛がした。アイクは人間であるがゆえ頭痛をする。明日の訓練時に武器の取り扱いと雑に扱うものに何かしら罰を与えようと決めた。そうでなければアイクの頭痛は永遠に治らないだろう。軽めの≪付与魔法≫をアイク自身にかけてから武器たちを動かした。
「サティ、いるのか?」
アイクは武器たちを退けながら中にいるであろうサティに声をかけた。
「……ご主人さま?」
ドアの中から小さな声が聞こえてきた。アイクは安堵しながら大きめな箱を持ち上げた。ずっしりと重みがあった。≪付与魔法≫をかけていなかったら重くてアイクですら運べなかっただろう。中には矢と矢じりがぎっしり入っていた。底に矢じりで穴が開かないように鉄板を敷いているためかなり重くなっている。
(……なるほど。重すぎて武器庫に入れるのを諦めたのか)
矢入れの箱を退かすと武器庫のドアが開いた。それと同時にぼろぼろと涙を零すサティが飛び出してきた。怖かったのだろうかサティはアイクに縋り付いて泣いた。アイクは倒れることなくサティを受け止めた。
「申し訳ありません!! わた、わたし、武器庫の鍵、拾って……」
「ジロンが落としたんだ。廊下で見つけたんだろう?」
「はい! でも、ご主人さまいなくて、誰に渡せばいいかわからなくて……、掃除終わったから、武器庫に行ったんです……、武器庫の鍵が開いてたら大変だと思って……」
「そういう時は連絡してくれ。もしくはジロンに渡せ」
「はい……。ごめんなさい」
「悪いのは鍵を落としたジロンと武器庫に武器を戻さなかった訓練兵だ。俺の管理ミスでもある。すまなかった」
「そんな、ご主人さまのせいでは……」
「これからは重くなりすぎないように矢は分けて保管しよう」
アイクにぎゅっと抱き着いている姿勢であることに気が付いたサティは慌てて飛びのいた。ぺこぺこと頭を下げて「申し訳ありません!!」と謝罪した。アイクが謝らなくてもいいと言おうと口を開く前に、サティはメイド服のポケットから武器庫の鍵をアイクに差し出した。
「武器庫の鍵です」
「言わなくてもわかる。サティが持っていてくれ」
「私が、ですか?」
アイクは頷いた。数か月程サティと生活をして、アイクは彼女なら鍵を落としたり、紛失したりすることはないだろうと判断した。サティはアイクより在宅時間が多い。アイクが不在で部屋や武器庫に入れないでは不便すぎる。それならばサティが持っていた方が利便性が高くなるとアイクは考えた。
「鍵の管理はサティに頼みたいと思っているが……いいか?」
「は、はいっ! 失くさないように頑張ります!」
サティは真剣な表情で言うと大事そうにポケットに鍵をしまった。
「サティ、ジロンと武器を運んだ訓練兵たちを呼んでくれるか?」
「わかりました。」
サティはジロンたちを呼ぼうと歩き出した。アイクは言い忘れていた言葉をその背中にかけた。
「サティ、武器庫の整理が終わったら紅茶が飲みたい。」
サティは振り返った。
「わかりました。美味しい紅茶を淹れますね!」
その笑顔にアイクは目を細めた。アイクはしばらくサティの後ろ姿を見ていたが、ジロンと訓練兵に武器庫の整理と武器の扱いについてどう説明するか考え始めた。早く終わらせてサティの紅茶を飲んで一息入れたい。アイクはそう思った自分に対して苦笑した。




