その6 アイスティー.
サティは彼女にとって大切な御主人様であるアイクのために紅茶を淹れる練習をしていた。アイクは魔王軍第七軍団所属、不死旅団の団長である。そして、彼は魔族ではなくサティと同じ人間だ。それを知ったのは偶然であった。前領主の部屋にいたサティに気が付かずにアイクが不死の王の仮面とローブを脱いだからだ。その偶然のおかげでサティはただの奴隷からアイク専属の女中になれたのだ。
(優しいご主人さま……)
サティは当時を思い出して微笑んでいた。良いころ合いかなとサティはティーポットの蓋を開けて、スプーンで混ぜてみた。香りもしっかりしているので大丈夫だと思ったサティはティーカップに紅茶を注いでみた。
「……あれ?」
紅茶の中に細かくて小さな葉っぱが浮かんだり、沈んだりしていることに気が付いた。さらに前回淹れた紅茶の色より暗く濃い茶色になっている。サティは首を傾げた。ひとまず飲んでみようとティーカップを口元に運んだ。
「……にがい」
以前飲んだ紅茶より遥かに苦かった。ティーポットの蓋を開けて中身を見ると粉々になった茶葉が茶こしにへばりついていた。
「茶葉が粉々に……?」
茶葉が保管されている缶を開けて中身を覗けば、そこには形のある葉っぱがたくさん入っていた。
(もしかしたら……!)
そこでサティは新しいティーポットを取り出すとお湯の用意をした。沸騰した熱々のお湯をティーポットとティーカップに注ぎ、二つを温めた。
「この苦い紅茶はどうしましょう……」
サティには捨てることができなかった。サティにとって紅茶自体が高級品であり、手に届かない飲み物だと思っている。捨てたら罰が当たりそうだが、サティにとってはあまりにも苦すぎる。砂糖を入れればいいと思うかもしれないが、サティ一人のために砂糖を使うなど彼女にとっては恐れ多いことだった。
悩みながらもサティはポットとカップに淹れたお湯を小さな桶のようなものに流した。この桶に入れたお湯は後に洗い物に使おうとサティが考えて用意したものである。ティースプーン大盛一杯分の茶葉をポットに入れる。そこに沸騰したお湯を手早く勢い良く注いだ。カポッと蓋をして頷いた。
「今回のはきっと美味しくなるはず……!」
「紅茶の淹れ方の練習か?」
自信満々にしていたサティの後ろからアイクが現れた。サティは驚いてぴょんっと飛び跳ね、持ち上げようとした砂時計を手から落としてしまった。アイクは難なく砂時計を空中で掴むとサティに手渡した。
「わぁ! 凄いです! ご主人さま!」
「そうか?」
砂時計を両手で受け取ったサティは微笑んだ。コトンと砂時計を机の上に置くと「ご主人さまは凄い」と何度もアイクを賞賛した。このままでは永遠に褒め続けそうと思ったアイクはティーカップに注がれたままの暗くて濃い茶色の紅茶についてサティに尋ねた。
「あの紅茶は失敗したものです……。苦いのと茶葉が入ってしまって……」
「茶葉は茶こしで取り除けるだろう。味が濃いならアイスティーにしてもいいんじゃないか」
「あ、茶こしがありましたね! ……アイスティーとはなんですか?」
「紅茶を冷やしたものだ。濃い目の紅茶を用意して、その紅茶と同じ分量の氷で冷やす。それだけでアイスティーになる。」
「熱い時に良いですね! 御主人さまは博識です!」
「紅茶に詳しい者なら全員知っているとは思うが……」
目を輝かせたサティはさっそくアイスティーを作り始めた。また新しくポットを取り出すとその中に氷を入れて、その中にまだ冷めていない紅茶を注いだ。アイクに言われた通り茶こしを通して。
「……それは溢れるぞ」
「あ、本当ですね!」
アイクに注意されて、溢れそうになる寸前で注ぐのを慌てて止めた。サティは注ぎきれずに残った紅茶の方にも氷を入れてみた。それと同時に砂時計の砂が全て落ち切った。
「あ、紅茶!」
熱いティーポットの蓋を開けて蒸れた茶葉たちをスプーンで軽くひと混ぜしてみた。茶葉を潰さないように、崩さないようにを心がけていた。今度こそ美味しい紅茶ができるはずとサティは信じた。
「ちょうど喉が渇いていたんだ、その紅茶飲んでいいか?」
「は、はい!」
サティはアイク専用のティーカップを取り出すと、丁寧に紅茶を茶こしを通して注いだ。アイスティーになった紅茶とは違うオレンジ色のような透き通った茶色で茶葉が一切入っていなかった。それをみたサティは大喜びでアイクの顔を見た。
「サティ、アイスティーを飲んでみたらどうだ?」
「はい、飲んでみます! アイスティーはティーカップで飲むものですか?」
「いや、普通の……水を飲むときのコップで飲むものだ。透明なコップだと色も楽しめるとか聞いた気がする」
「そうなんですね」
サティは普通のコップを取り出すとその中にアイスティーを注いでみた。二人は手にカップとコップを持ち、目を合わせた。まずはアイクが紅茶をくこりと飲み、その後にサティはアイスティーをこくっと飲んだ。
「……美味い」
「……あ、これなら飲めます!」
サティはアイスティーを気に入ったようでこくこくと飲んでいた。アイクもサティが一生懸命に淹れてくれた紅茶が何よりも好きだった。それを言うことはしないがアイクはサティを温かい眼差しで見ていた。何も持っていなかった奴隷は、大切なものを手に入れた愛らしい少女に変わった。その変化を見守ることができて嬉しいとアイクは思った。
「もっと美味しいアイスティーを作りたいです」
そう言って作り方をメモし始めたサティをみて、「奴隷のない世界を作りたい」という思いがアイクの中で芽生えた。サティは美味しいアイスティーを作ってご主人さまを喜ばせたいと熱心にアイスティーの研究を始めた。




