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魔王軍最強の魔術師は人間だった

 こうしてアズチ攻防戦は魔王軍の勝利に終わった。


 戦略的にはアズチ建設まで敵軍を寄せ付けず、戦術的には諸王同盟に打撃を与えることができた。


 さらに政治的には、ファルスの名将を討ち取り、諸王同盟に心理的な打撃、人材的な打撃を与えることができた。


 魔王軍の幹部としては喜ばしいことであったが、セフィーロたちのように素直に喜ぶことはできなかった。


 いくさが終わると恒例のようにセフィーロが訪れ、酒を勧めてくる。

 セフィーロはいつものように皮肉を言う。


「お前は誰よりもいくさが嫌いなくせに誰よりもいくさが上手いな」

 と――。


 俺は返す。


「役に立たなければ皆が幸せになる特技なのですが」


「そうだな。お前のような男が無能ものと呼ばれ、魔王軍で冷や飯を食わされるような時代こそが平和の証なのじゃろうて」


 セフィーロはそう言うと、空を見上げる。


「そうすれば妾もこんな血なまぐさい戦場ではなく、研究室に籠もれるのに」


 と嘆く。

 どうやら、目の前の魔女は柄にもなく、感傷にひたっていること。

 さらに俺を慰めようとしていることを察する。

 不器用な癖にたまにこのような配慮をするから、憎めないのがこの魔女だった。

 俺はつとめて明るい声を作ると、彼女にとある事実を伝えた。


「アズチの城の基礎ができあがったそうです。軍を帰還させるついでに見ていきましょうか」


「ほお、天下の名城ができあがったか」


「ええ、魔王様が計画なさり、黒禍の魔女が設計し、ラミアのルトラーラ殿が作り上げた城ができあがったようです」


「魔王軍最強の魔術師が全行程に関わっている、という一文も歴史書に記載しなくてはな」


「どれも中途半端に関わっているだけですよ」


 俺がそう言うと、

「謙遜を言うな。謙遜も度が過ぎれば可愛くないぞ」

 セフィーロはそう言うと、転移の魔法を唱え始めた。


「てゆうか、これから見に行くんですか?」


「これから見に行くのじゃ」


「急ぎすぎですよ。まだ軍の撤収もすませていないのに」


「そういう面倒ごとは部下に押しつける。それが美容の秘訣じゃ」


 セフィーロはそう言うと、俺の肩を掴み、《転移》の魔法を唱えた。


 まずは手近な街に転移し、その街にある転移の間を使い、新しい魔王城へと向かう。


 この魔女に強制転移させられるのは旅団長の時以来だ。なんだかとても懐かしい。

 俺はセフィーロに振り回されるまま、アズチに向かった。

 アズチの城の転移の間はすでにできあがっていた。

 その意匠はドボルベルクよりも新しく、絢爛であった。


 ただ、無駄に金をかけているだけでなく、設計者のセフィーロ曰く、

「セキュリティ対策はドボルベルクより上」と言い切る。

 どこが変わったのだろうか?


 尋ねてみたが、朴念仁には分かるまい、とあしらわれた。


 セフィーロは、髪の毛を1センチだけ切り、どこが変わったと思う? と女みたいな質問をしてくるタイプなので、深くは探求しないことにする。きっと、彼女なりのなにかが工夫されているのだろう。


 転移の間を出ると、長い廊下があり、その先に螺旋階段があった。

 彼女は説明する。


「魔王様のお望みで、アズチの城は横よりも縦方向に大きくした。なんでも天守閣というものを作りたいらしい。妾にはよく分からないが」


「天守閣とは魔王様らしい」


 そんな感想が漏れる。

 ちなみに日本の城の天守閣はほとんど住居用に設計されていない。

 殿様は天守閣の下にある屋敷に住まう。


 織田信長という人だけは、安土城の天守閣で寝泊まりしていたそうだから、元から高いところが好きなタイプなのだろう。


 ただ、この世界には天守閣という概念がないそうなので困ったようだ。


 セフィーロは間に合わせとして、魔王様の寝室を新生魔王城の一番高い塔に作ったそうだ。


 我々はそこに向かう。

 螺旋階段をのぼる。


 後日、魔力駆動式の昇降機、つまりエレベーターを作る予定らしいが、今は歩くしかない。ただ、セフィーロは《飛翔》の魔法でぷかぷか浮いているので楽そうだ。


「団長はその手の生活魔法も得意でいいですね」


「悔しければお前も練習しろ」


「平和な時代になれば真っ先に習得しますよ」


 そんなやりとりをしていると、二人は魔王様の寝室へ着く。

 ノックを二回する。

 さすがの団長も、魔王様の部屋へは許可なく入る無粋な真似はしないらしい。

 そんな感想を漏らしたが、魔王様からの返答はなかった。

 代わりに返答したのは聞き慣れた声であった。


「どうぞお入りくださいまし」


 その柔和な声の持ち主には心当たりがあった。


 彼女は、俺の領地の館で留守番をしているはずであったが、なぜ、この場にいるのだろうか?


 そう思いながら部屋に入ると、サティではなく、魔王様が答えてくれた。


「暇を持て余していたのでな。うぬのメイドを借りたぞ」


 事後承諾になるがいいか? と尋ねてきた。

 駄目でございます、などと言えるわけもなく、俺は逆に礼を述べた。


「我がメイドは俺がいくさに行くといつも暇を持てあましています。それに魔王様のお役に立てるのは臣にとって至上の喜び、いつでもお呼び立てください」


 俺がそう返礼をすると、

「ならばこのサティという娘を余の専属女中にしてもかまわないか?」

 魔王様は少し戯けながら言った。


 サティは困った顔で俺と魔王様を交互に見つめる。

 俺も返答に窮していると、魔王様は声を上げて笑った。


「はっはっは、冗談だ。戯れだ。許せ」


 魔王様はそう断言すると、窓の方に歩んでいった。


「アイクよ、お前のお陰でこの城は無事に建った。礼を言う」


「俺だけの手柄ではありませんよ」


「そうだな。だが、それでも礼を言わせてくれ。アイクよ。今までよくやってくれた」


「……もったいないお言葉です」


 俺がそう言うと、彼女は視線を送ってくる。ついで自分の横を凝視する。

 俺に横に並べ、ということなのだろうか。

 俺は黙って彼女の横に立つ。

 窓の外の景色が俺の視界に入る。

 そこには美しい景色が広がっていた。


 異世界独特の森、どこまでも続く平原、それに二股に割れた大河が俺の目に飛び込んできた。


「ここから見える範囲、すべてが余とお前のものだ。あそこにうっすらと見えるアーセナムの街もお前がかすめとったものじゃな」


「懐かしいですね」


「そうだな。あの街をお前が奪ったことにより、魔王軍の快進撃が始まった」


 俺は軽くサティの方を見る。

 たしかにあの街がすべての始まりであった。


 あの街を攻略し、ローザリアにくさびを打ち込んだことで、ローザリアに打撃を与え、魔王軍の進撃の足がかりとしたのだ。


 それにあの街を手に入れたことで、サティとも出会えた。

 そういう意味では宿命のような、なにか運命的な思いを感じる街である。

 サティもそれを自覚しているのだろう。心穏やかな表情で目を閉じていた。


「お前がこの世に生を受け、二十数年、魔王軍に仕官して、十数年、余の目に止って数年、その間色々とあった」


 魔王様は、そこで言葉を句切ると、俺の業績をひとつひとつあげる。



 わずかな手勢でアーセナムを攻略、

 荒廃したイヴァリースの街を立て直し、今では大陸有数の都市に立て直し、

 その間、諸王同盟と戦い、

 ドワーフの王を救出、ドワーフ族の信を得、

 鉄砲を大量に生産し、それを運用、

 ゼノビアにおもむき、通商条約を締結、

 エルフの森に向かい、エルフと盟約を結び

 ローザリアの王都リーザスを攻略、

 名将アインゴッドを討ち取り、ローザリアを従属させ、

 このアズチの地に城を築き、余にこのような素晴らしい景色を見せてくれる。



 魔王様は俺の軌跡追うと、最後にこう締めくくった。


「まさしく、アイクよ。うぬは余にとって、最高の臣である」


 魔王様はなんのてらいもなくそう言い切ると、こちらの方を向いた。


「余がこの異世界に生を受け、数百年。いや、前世でもうぬのような男とはついぞ巡り会うことはなかった。前世では志なかばで死んだが、あるいは神は余とうぬを巡り合わせるために余を本能寺で殺したのかもしれんな」


 そう考えるとすべてのつじつまが合う。

 彼女はそう言うと笑った。

 過大な評価な気がするが、あえて否定しなかった。

 魔王様はそんな言葉を求めていないと察したからだ。

 俺は逆に魔王様に言った。


「この異世界に生を受け数十年、俺は魔王様のため。いや、この世界のすべての住人のため、働いてきました。今後も魔王様のためだけではなく、人間たちのためにも頑張ろうと思っています」


「それは無原則に余のために働くのではなく、余が人間の敵対者となれば裏切る、という意味か?」


 俺は迷うことなくうなずく。

 サティの方を見つめると、彼女を指さす。


「彼女は人間です。また彼女は元奴隷です。俺は誰かが誰かのために隷属し、一方的に利益を被る関係が嫌いです。そのような世界を魔王様が作るというのならば、全力で止めさせて頂きます」


 セフィーロはその言葉を聞き、止めに入ろうとするが、魔王様は軽く手で遮ると、

「かまわない。余もそのような世界は望んでいない」

 そう言い切った。


 それを確認すると、俺は続ける。


「人間だけではありません。ドワーフやエルフたち。彼らとも対等の関係を結びたい。どちらかが主でも従でもない。対等な関係を築きたい。俺は彼らの主ではなく、彼らの友達になりたい」


「そうだな。余も彼らと良き友人でありたい、そう思っている」


 魔王様は首肯すると、こうも付け加えた。


「今は冷血な魔王と恐れられているが、いつかは恐怖の存在ではなく、畏怖の存在となりたい。この王に従えば幸せになれる。そんな王になりたいと思っている」


 その言葉に偽りはない。


 俺はそう信じるからこそ、この場にいるし、彼女の剣となり、盾となり、戦ってきたのだ。


 魔女であるセフィーロはいう。

 魔王軍最強の魔術師アイクは甘すぎると。

 事実、俺は甘い人間だった。

 その甘さゆえ、ときには失敗も犯す。

 その甘さゆえ、敵を逃がし、窮地に陥ることもあろう。

 本当はもっと楽に勝てたいくさや戦闘もあったかもしれない。


 あるいはその甘さゆえに味方に迷惑をかけてしまうこともあっただろうし、これからもかけてしまうかもしれない。


 しかし、世間の人間がどう思おうと、今さらこの性格を変えることはできなかった。


 なぜならば、魔王軍の魔術師アイク。

 魔王軍第8軍団軍団長のアイクは人間なのだから。

 のちの歴史家がどう判断するかは分からない。

 アイクという魔術師は魔王軍にあり、魔王様を補佐し、その天下統一に役立った。


 そう記載されるかもしれないし、逆に魔王軍を瓦解に導いた張本人と名指しされるかもしれない。その甘さゆえに魔王軍を壊滅に導いた男として。


 ただ、のちの歴史家はひとつだけ知らないことがある。


 その事実を知っているのは、魔王軍、いや、この世界でもわずかな人々だけだった。


 アイクと呼ばれている青年が人間であることを。

 


 魔王軍最強の魔術師は人間だった。



 人間とは脆弱で愚かな生き物であるが、成長する生き物なのだ。


 俺は魔王様にその身を捧げるが、人間であることをやめるつもりはなかった。魔王様に仕える人間として、この世界をより良い方向に導きたかった。


 もう一度だけ言おう。

 俺は人間だった。幼い頃、魔族の祖父に拾われたただの人間だった。



 魔王軍最強の魔術師は人間だった――。

小説家になろうの読者のみなさま、本作を最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。


連載を始めたのは2016年2月、ちょうど2年に渡る長期連載となり、当初はここまで読者のみなさまに支持される作品になれるとは夢にも思っていませんでした。


終幕まで書き上げることができたのは皆様の応援のおかげだと思っています。


ちなみにweb版魔王軍はこれが最終話となりますが、今後、外伝を連載予定です。(本編の続き、過去編、サティ編などを予定しています)かなりの大長編となるので、ブックマークを残し、もう少しお付き合い頂けると嬉しいです。


最後になりますが、2年間本当にありがとうございました。


がんばった! よくやった! 今後も応援する! という方は最新話から評価を入れて頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気呵成に読み終わりました。土日を使った価値がありました。ありがとうございます。
[一言] 要所要所にに銀雄伝の名言が散りばめられていますな。
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