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第八軍団集結

 まず最初にイヴァリースに戻ってきたのは、サキュバスのリリスだった。


 彼女はドボルベルクの生まれで、サキュバスの大家族の中で育った娘だ。さぞ賑やかな里帰りになったと想像できるが、開口一番に放つ言葉ははしたない。


「一族、20人のサキュバスの娘が集まって生娘だったのはわたしだけです。これもすべてアイク様のせいなのですが、なんとか責任を取って貰えないでしょうか?」


「将来、有望な魔族の男を紹介しろ、というのならばいくらでもするけど」


「アイク様って相変わらず乙女心が分かっていませんよね」


 リリスは頬を膨らませながらそう評すが、彼女もなかなかに気が利かない娘だと思う。俺が来ているセーターを見てぷすぷすと笑い声を上げる。


「アイク様、そのセーターどこで拾ったんですか? 縫い目がほつれていますよ」


 これは魔王様お手製だよ、そう言ってやりたかったが、魔王様の名誉のために沈黙を貫くと、彼女とともに他の部下が戻ってくるのを待った。


 リリスはどっこいしょ、と無遠慮に居間のソファに座ると、

「サティ、ハーブティーを入れて」

 と、ねだる。


 サティはかしこまりました、とハーブティーを持ってくる。

 ハーブティーを持ってくると、彼女たちは歓談を始めた。


 普段は仲が悪いように見えるが、三ヶ月も離れていると多少は絆のようなものを自覚するのだろうか。


 リリスはこの三ヶ月の間に起こったことをサティに話していた。

 サティもにこにことそれを聞いていた。

 続いて戻ってきたのは竜人のシガンだ。

 彼はすでに妻もなく、子が何人かいたが、その多くは戦場で戦死していた。


 唯一生き残っていた娘の家に滞在していたそうだが、暇を持てあましていたそうだ。


「結局、ドボルベルクでも、イヴァリースでも、槍を振り回すしかやることはありませんでした」


 そう報告を終えると、自分の部隊に戻っていった。

 続いて戻ってきたのは、アリステアだった。


 彼女の場合、イヴァリースの北にあるリーザス付近の領地に戻っていたのだが、彼女もまた暇を持てあましていたそうだ。


「軍人はこういうときが困りますね。私も趣味のひとつでも持つべきでしょうか?」


「編み物はいかがでしょうか? 良い暇つぶしになりますよ」


 そう提案してみたが、彼女は難色を浮かべる。


「私は軍人ですよ。軍人が編み物など……」


 編み物をしている魔王がいる、といっても彼女は信じてくれないだろう。


 なので編み物を勧めるのを諦めると、今度、チェスでもしましょう、と彼女に伝えた。


 彼女は微笑むと、

「いいですね、今度、ご教授お願いします」

 と退出していった。


最後に戻ってきたのは、エルフのアネモネだ。

 彼女は果実を山ほど抱えてくると、それを机の上に広げた。


「お土産代わりです。アイクさん」


「…………」


 これはご丁寧に、と言うしかない。

 というか、とても一人で消費できる量ではない。

 冷蔵技術が稚拙なこの異世界でこんなに果物を持ってこられても困る。


 ゆえにサティ頼んで大半をジャムとドライフルーツに加工して貰うと、アネモネに尋ねた。


「フェルレット様の様子はどうだった?」


「姉上は相変わらずですよ」


 アネモネは即答する。


「アイク様とお会いしたいお会いしたい、と一点張りでした。双子なんだから、変装すればばれない、とわたしの鎧を盗み出そうとしたところで侍女に取り押さえられていました」


 あんな姉上ですけど、森にいてくれないとエルフの民は困りますからね、と苦笑いを浮かべた。


「まあ、君ら姉妹が早く森で穏やかに暮らせるよう。がんばるよ」


 俺がそう言うと、

「そのときはアイク様も世界樹の森に来てください。静かな余生を過ごせますよ」


「考えておくよ」


 俺の夢は早く引退して静かに暮らすことである。

 そう言った意味では天下統一のあと、あの森で暮らすのは悪くない。

 気候は穏やかだし、なによりも静寂だ。

 ふたりの姉妹がかしましい、という点を除けば、理想的な隠居場所かもしれない。

 そう思ったが、口にはしないで、旅の疲れをねぎらった。

 彼女は一緒に里帰りしたエルフたちの部隊へと戻っていった。


「ふう、さて、これで全員集結したかな」


「そうですね」


 ハーブティーを飲み終えたリリスがそう言うが、サティがそれを否定する。


「あの、ジロンさんがまだ戻られていませんが?」


「あー、そういえば、あの豚がまだだったわね。存在感が薄いから忘れてた」


「……ひどい」


 サティは控えめに文句を言うが、俺はリリスを庇う。


「あいつも家族を連れて久しぶりにドボルベルクに帰ったんだ。羽を伸ばしたかったんだろう。多めに見てやれ」


「まあ、仕方ないですよね。やっぱり魔族にとってドボルベルクは故郷ですから」


「ああ、そうだな」


 ……ちなみに俺もすっかりジロンの存在を忘れていた、というのは内緒だ。

 結局、ジロンは一番最後に戻ってきた。

 遅れた理由は単純なもので、奥さんにまた子供が生まれたらしい。

 18匹目の子供だ。

 めでたいことであったが、18匹も産んで養えるのだろうか。

 ジロンに尋ねたが、ジロンは上目遣いに給料の賃上げを要求してくる。

 魔王軍には扶養手当や出産祝い金などという制度はない。


 もしもそんなものをもうければ、オークやゴブリンは得をし、子をなかなかもうけられないタイプの魔族が不満を持つだろう。


 だがまあ、ジロンは長年、この軍団に尽くしてくれた。


 軍団長として特別扱いをすることはできないが、一個人としては祝うことはできる。


 俺は自分のポケットマネーでジロンに乳母車を買ってやる。

 ドワーフの作った高級品だ。

 ジロンは感涙でむせびながら、「旦那のためならば死ねます」そう言い切った。


「あほ、子供が生まれたばかりなのに死んでどうする」


 ジロンをたしなめると、さっそく、ジロンに仕事をして貰う。


「そろそろ、諸王同盟が本格的に仕掛けてくるはずだ。情報収集を頼む」


 ジロンは、

「はい!」

 と参謀らしくうなずくとその準備を始めた。

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