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休養の季節

 イヴァリースに現れ、その話を聞かされたルトラーラは珍しく表情を険しくさせた。


「貴殿がいう規模の城と城下町をたったの一年で作れというのか?」


 彼女の表情は渋みに満ちていたし、声は酸味に満ちている。

 さすがに無理難題を持ちかけすぎただろうか。

 しかし、あまりじっくりとしていられる時間も無いのはたしかだった。


「城下町の方はおいおい整備します。まずは城だけでも作りましょう」


「……ふむ、それならばドワーフ、それにウルクたちの力を借りればなんとかなるかもしれないが」


 ギュンターたちドワーフの工兵の技術力、それにウルクのような巨人族の力を借りれば、大規模な工事も短期間で終わらせることができるだろう。


 前世の中世とこの異世界、大きな違いがあるとすれば、それは魔法と魔族が存在するということだ。


 以前、俺が一ヶ月でイヴァリースの城門を直したときも、魔族、トロールやオーガ、巨人族の力が役に立った。


 彼らは現代の重機よりも使いやすく、それでいてコストも安い。

 無尽蔵とは言わないが、魔王軍には大型の魔物がたくさんいた。


 今回、各軍団には大型の魔物を提供して貰い、すべて重機代わりに働いて貰うつもりでいた。


「ふむ、ならばなんとかなる……か……」


 絞蛇の氷結姫の異名を持つルトラーラはなんとか承服してくれる。


「大型の巨人族が多い第5軍団のウルクあたりは不平を漏らすだろうが」


 そう苦笑を漏らす。


「その辺はご友人であるルトラーラ殿の弁舌に期待します」


 そう冗談を言うと、各軍団から引き抜く大型の魔族の割合を決めた。各軍団長の不平がでないよう。公平感が保たれるよう、腐心した。


 それに、今、北方では諸王同盟と魔王軍の戦線が膠着している。


 各軍団から引っ張ってくる兵力の割合を間違えれば、膠着している戦線が崩れ、ローザリアが包囲されることもありえた。それでは本末転倒である。


 以前使った輪番制を採用し、最小限の大型魔族で建築に当たれるよう計画を練った。


 俺の書き上げた計画書を見て、ルトラーラは感嘆の声を上げてくれる。


「ほお、これが噂に聞く輪番制か。なかなか見事なものだ」


「まあ、この方法は最後の手段です。人間、それに魔族もですが、規則正しく生活するのが一番ですから」


 以前も言ったが、魔王軍だからと言って、魔族も人間も過酷に扱いたくはない。

 先日もセフィーロに語ったが、



「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」



 という言葉を俺は信奉していた。かの織田信長公のライバルである武田信玄の言葉である。


 どんなに強固な城を作り上げても、人心が離れれば無意味である。

 人民を疲弊させてまで城を作っても何の意味も無い。

 だが、手早く城を作り上げないといけないのも事実であった。

 ルトラーラはその辺もぬかりなく尋ねてくる。


「西方の諸王同盟がアズチの地に攻めてくるのはいつ頃になろうか?」


「先日、手痛い目に遭わせてやりましたからね。半年は大規模な襲撃はないでしょう」


「逆にいうと半年後は大規模な侵攻がある、ということなのだな」

「そうなりますな」


 俺は正直に言うと、言葉を続ける。


「ですが、ご安心ください。建設途中に敵をアズチに近づけるような真似はこの俺が絶対にさせませんから。ルトラーラ殿は、城普請にだけ集中してください」


「そうなるといいのだがな」


 彼女はそう言うと、「全力を尽くす」と俺に握手を求め、自分の領地へ戻っていった。


 セフィーロの設計図が完成するまでしばらく時間が掛かる。

 だが、それでも事前にやっておくことは無数にある。

 資材の調達、人間や魔族の人足の募集。

 工事従事者が食べる食料の調達だけでも一苦労である。


 しかし、俺はルトラーラの手腕を高く買っていたので、その点はまったく心配していなかった。


 半年後、攻めて来るであろう諸王同盟の動向にだけ注意を払うことにした。





俺の目論見通り、半年間、敵は攻めてくることはなかった。

 地竜の一件でしこたま敵軍に恐怖を植え込んだことが成功したのだろう。

 西域に第8軍団あり。

 そんな情報を流すだけで、敵軍は大規模な侵攻をしてこなかった。


 時折、小規模な騎士団が西域に侵攻してくるが、魔王軍の影を見ただけで即時撤退していった。


 それが実際に第8軍団でなくても、8と書かれた軍旗を見れば敵軍は恐れおののき、即座に兵を引いた。


 すべては目論見通りだった。


 その間、俺は連戦につぐ連戦で疲れ切っていた第8軍団に休養を取らせると、自分の領地の内政に専念した。


 軍事力の行使だけが軍団長の義務ではなかった。

 内政を充実させ、民を豊かにし、その税収で兵を養うのが統治者の責務だった。

 その点、俺の第8軍団は及第点をあげて貰えるだろう。


 俺がイヴァリースを統治するようになって数年、農業生産高は着実に上がり続け、工業生産高は文字通り飛躍した。


 余剰分はゼノビアとの貿易で利益を上げ、他の軍団長の懐も潤している。

 俺の館に滞在している魔王様は、我が軍団の収支決算表を見て驚きの声を上げた。


「生産性が数倍にふくれあがっているな。我が軍最強の魔術師は、魔力で敵を倒すだけでなく、数字も書き換えてしまうらしい」


「戦争は結局は経済力あってのものです。逆かな。経済的に潤っていれば戦争などしなくてすみます」


「ほほう、どういうことだ」


「たとえばゼノビアと魔王軍の関係です。この二カ国はとても良好な関係を築き上げています。魔王様はいまさら、ゼノビアを攻めようなどは思わないでしょう?」


「思わないな。ゼノビアからの穀物や香辛料は我が軍の生命線となっている」


「それが経済の力です。互いの利益が一致しているうちは戦争など起こりようがない」


「そうだな。もしも、魔王軍とゼノビア。いや、ドワーフやエルフたちもそうだが、互いに互いの欠点を補える関係を作れたら、この世界から戦争は一掃されるかもしれない」


「そうですね。だからこそ、この遷都計画、是が非でも実行させたい」


 そう言い切ると、再び書類に目を通した。

 邪魔をするのは悪い、と思ったのだろうか。

 魔王様はそれ以上、何も言ってこなかった。

 ただ、無言でヒモを取り出し、俺の腕の長さや首周りの太さを測っている。

 最初はそのヒモでくびり殺されるのかな? と思ったが、どうやら違うようだ。


 どうやらその行為が俺の寸法を測っている、と気がついたのは、俺の執務室で彼女が編み物を始めたのを見たときだった。


「誰に編んでいるのですか?」


 などと無粋なことを聞くほど野暮な人間ではなかったが、それでもさすがに天下のダイロクテン魔王様が編み物をしている姿は少し滑稽であった。


 サティに編み物を習い始めて1ヶ月、いきなりセーターを編み始めるのは無謀に思えたが、彼女はなんと2ヶ月でセーターを編み終える。


 無論、初心者ゆえ、不格好であったが、その出来映えはなかなかであった。

 いや、それは失礼か。

 彼女の作ったセーターはちゃんと衣服として機能しており、暖かみがあった。


 俺は魔王様に下賜して貰ったセーターをまとい、暖を取ると、部下たちが故郷から戻ってくるのを待った。


「そろそろ、休養の季節も終わりだ」


 そう思った。

 彼らに休養を与えて3ヶ月。そろそろ彼らに戻ってきて貰わないと困る。

 敵軍もそろそろ動き出すだろう。


 そのとき、精鋭である部下たちがいなければ、さすがの俺も諸王同盟を追い払うことはできない。

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