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新魔王城

 結局、魔王様は長いこと俺の館に滞在をした。


 部下たちに与えた休暇は三ヶ月、その間、彼女はほとんど俺の館に滞在していたのではないだろうか。


 その間、俺と魔王様は逢瀬を楽しんだ――、ということもなく、ただ、意味も無く時間を過ごした。


 時折、俺とチェスを指したり、サティに編み物を習ったり、館の庭に咲いている薔薇園の手入れをしていたりした。


 無論、その間、俺は無為に時間を過ごしていたわけではない。

 アズチ城の設計は基本的にセフィーロが行う。

 彼女は魔王軍随一の変わりものであったが、魔王軍随一の技術者でもあった。

 城普請はお手の物であっただろう。


 彼女は俺の館にやってくると、どのような城を作るのだ? と、俺に質問をしてきた。


「魔王様がそこにいるのに、俺にするのですか?」


 俺はそう問うが、セフィーロはこう返す。


「魔王様はすべてアイクに一任すると言っておられる。臣下としてはそれに従うしかあるまい」


 セフィーロはそう言い切ると、サティと一緒に編み物をしている魔王様に吐息を漏らす。


「この光景は他の幹部には見せられないな。魔王様の権威が傷つく」


「たしかに、この光景だけ見れば、サティと同い年くらいの少女にしか見えませんね」


 俺はそう返すと、新魔王城の構想を彼女に話した。


「新魔王城ですが、魔王様の構想としては、絢爛豪華にして質実剛健な城がいいかと思われます」


「抽象的じゃの。具体的に言ってくれまいか?」


「魔王様の意図としては、アズチの地をこの大陸の経済の中心地にしたいはずです。ですのでその規模は大きくしたい」


「ふむ。しかし、あまりにも規模が大きすぎると建設に時間がかかるぞ」


「その分、防御力を犠牲にしましょう」


「城と防御力はふたつでセットではないか!?」


 セフィーロは驚嘆の声を上げるが、俺は説明する。


「たしかにその通りですが、逆に言えば防御力と発展性はトレードオフの関係ですよ。最初から堅固な城塞を作ってしまえばそれ以上拡張しようがない」


「たしかにその通りじゃが」


「俺はアズチの地をこの大陸の中枢にしたい。100万都市、いや、300万都市にしたい。なので最初から市街を城壁で囲むのではなく、城の部分だけを城塞化し、街の部分はあとで拡張できるようにしておきたい」


「なるほど、そう言う手があるか。たしか惣構(そうがま)え、総曲輪(そうくるわ)と呼ばれる手法じゃな」


「その通りです」


 と、肯定する。


 この中世めいた異世界では、城塞都市の方が主流であるが、都市の中心に城を作り、街は簡易的な防壁で囲ってしまった方が発展性が見込めるだろう。


 日本だと天下の名城小田原城が有名だろうか。


「そもそも、アズチの地は周りを川に囲まれた天然の要害です。それだけでも十分、敵の侵攻を阻める」


「じゃな、良い地形を見つけたの」


「魔王様に行幸(ぎょうこう)して頂いたからですよ」


「ただ、それでも、魔王軍の居城ドボルベルクの防御力にはかなわないだろうがの」


「あの城は特別ですからね」


 魔王城ドボルベルクは魔王軍の最後の砦として設計されている。

 断崖絶壁の上に立てられており、あの城を攻め落とすのは不可能に近い。

 事実、何度も人間に攻められたが、その都度、敵をはねのけてきた。


「しかし、今回、ドボルベルクのような守りの城はいりません。魔王軍に必要なのは攻めの城です」


「攻めの城?」


 セフィーロはいぶかしげに眉をつり上げる。


「何度も言いますが、アズチの城は魔王軍の拠点となると同時に、経済の中心にしたい。それにそもそも、俺は堅牢な城というのが嫌いなのです」


「それは城普請の計画者として問題のある発言だと思うが」


「まあ、こんなことを言えるのは団長の前だけですよ」


 そう言い切ると、彼女に自分の思想を披瀝した。


「そもそも、俺は難攻不落の城、という言葉自体、軍人を慢心させる罠だと思っていますから――」


 事実、前世も含め、難攻不落と呼ばれた要塞はことごとく落ちた。


 上杉謙信率いる10万の軍勢、武田信玄率いる数万の軍勢を避けた小田原城も豊臣秀吉の前には為す術もなく落ちた。戦わずして降伏させられた。


 その豊臣秀吉が作り上げた大阪城も徳川家康によって落とされた。

 日本だけではない。


 ビザンツ帝国の首都コンタティノープル、中華王朝歴代の首都、皆、その城の城主は難攻不落だと思ったが、一度ならずも敵に落とされた。


 それが歴史というものだ。

 それはなぜか。

 難攻不落=敵にとって必ず落とさなければらない要所だからである。

 アズチの地はこの世界の要衝となる。

 敵は必ずこの地を落とすように軍隊を差し向けてくるだろう。


 無論、そのたびに追い払う防御力は必要だが、それ以上に敵に攻められない努力の方が必要であった。


 自分の根拠地に籠もって戦うのは最後の最後、追い詰められたときである。

 そのようなことを想定して城を建てたくはなかった。

 そう説明をすると、セフィーロは首肯してくれる。

 俺はこの場でもっとも相応しい言葉を吐く。


「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」


「ほう、聞いたことのない言葉じゃな」


 セフィーロは興味を示し、その言葉の意味を尋ねてくる。


「どんなに強固な城を築いても、人の心を失えば、その城はあっという間に落ちる。という言葉です」


「なるほど」


「俺は城をドボルベルクのようにガチガチに固めるよりもその城の城下に住まう民のことを優先したい。世界中から色々な種族が集まり、彼らが住みよい町作りをするべきでしょう」


「うむ、妾もそう思う」


 彼女はそう言うと、魔王城の居城部分の建設コストは最小限に抑えることに決めたようだ。ただ、それでも技術者としてのプライドがあるらしく、王都リーザスよりも堅牢な城が作りたいらしい。


 城壁の周りにさらに石垣と堀を作ることを勧める。


 この異世界ではあまり見られない建築方式だ。彼女はさらに城の内部を複雑にし、侵入してきた敵軍を一方的に鉄砲で攻撃できるよう(やぐら)や壁穴を設置するよう申し出てきた。


 俺もそれには同意する。

 日本の城作りに通じる考え方である。

 魔王様の居城には相応しい作りであろう。そう思った。

 俺はセフィーロと同意を取り付けると、彼女に城普請をすべて任せた。

 設計の方はこの魔女に任せても何の問題も無い、と思ったからだ。


 あとは肝心の施工の方だが、そちらはドワーフの王ギュンターがなんとかしてくれるだろう。彼にだけ休暇を与えられないのが残念であるが、ギュンターは一向に気にした様子もなく、こう言ってくれる。


「なんの。歴史に残るような城作りに参加できるのだ。ここで休んでおったらドワーフの名折れだ」


 そう言って懸命に働いてくれた。

 その言葉は何よりも有り難かった。


 こうして城の基本設計が出来上がると、セフィーロはリーザスに帰り、設計図を書き始める。ギュンターはその設計図通りに城を作り始める。


 城作りは時間が掛かる。


 前世でも天下の名城熊本城は7年、大阪城は15年もの時間がかけられ作られた。無論、城下町や細々とした部分も含めての時間だったが。


 ただ、今回のアズチ城はそれよりも手早く完成させるつもりだった。


 史実の安土城は三年掛かったそうだから、その三分の一、一年をめどに作りたかった。


 俺はそれを実現するため、城普請の実行責任者であるルトラーラをイヴァリースに呼んだ。

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