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完全勝利! しかし・・・

「ご主人さま、いかがされましたか?」


 メイドであるサティが不意に尋ねてきた。


「……ん? 俺は悩んでいるような顔をしていたか?」


 サティを側に置くようになって以来、くつろぐときは仮面とローブを脱ぐようにしていたが、今は仮面とローブを付けた異形の姿をしている。


 ゆえに表情でなにかを悟られるわけなどないのだが……。


「最近、ご主人さまのちょっとした仕草や動きで、ご主人さまがなにを考えているか分かるようになりました」


「……ある意味怖いな、女の勘という奴は」


 こうして男の下手な嘘から、世の女性は男の浮気を見抜くのだろうな。


「ご主人さまは見事に敵を追い散らしたとジロンさんからうかがいましたが」


「ああ、まあ、たしかにその通りだ」


「しかも敵は、白薔薇騎士団といって、ローザリア王国の正規の騎士団と聞きました。それを撃退するだなんてすごいと思います」


「自分でもすごいと思うよ」


 冗談めかして言った。

 正直、あそこまで上手くことが運ぶとは思っていなかった。


 すべて前世の知識のおかげであるが、それでも上手くいきすぎたくらいだ。


 よく小説などでは前世の知識を利用して無双する話があるが、あれは本当のことだったのか、と自分でも感心するほどだ。


 ――だが、それでもすべてが上手くいったわけではなかった。


 俺は確認するかのようにサティに尋ねる。


「俺達が城外で戦闘している最中、敵兵の一部が城内に乱入してきたというのは本当なのか?」


 サティは答える。


「はい。でも、すぐに魔王軍の方が撃退してくださりましたが」


 彼女は事実を述べる。

 部下から聞いた報告通りだ。


 もっともサティを疑っているとか、そういうのではなく、改めて確認したかっただけだった。


 実は昨日の戦には完勝したが、一つだけ問題があった。


 サティが言ったとおり、戦の最中に城内に敵が乱入してきたのだ。

 もちろん、城門は破壊されていないし、城壁をよじ登られてもいない。


 人間の兵たちは突如として町中に現れたのだ。


 最初は、部下に命じて設置させた、


「対転移魔法」


 に、不備があったのか、と思ったが、どうやらそれも違うらしい。


 今朝方、必死で調査させたが、ジロンからの報告は、


「何も問題ない」


 だった。


 となると、残りの可能性は、裏道を使い敵兵が乱入してきた、ということになる。


「裏道ですか? そんなものがこのイヴァリースにあるのですか?」


「イヴァリースだけじゃない。アーセナムにもあるし、どこにでもある。人間の街だけじゃなくて魔族の城にもな」


「どうしてそんなものを作るのですか? 敵に知られちゃったら大変じゃないですか」


「負けることを考えてるからじゃないかな」


「負ける、ですか?」


「そうそう、保身だよ、保身。もしも敵に負けて敵に城を包囲されたとき、なんとか自分だけでも逃げようと秘密の抜け道を作っておくのが権力者の発想なんだよ」


「ということは、今回、敵が使った道は、前の領主様、エドワルド様が作った道を使った、ということでしょうか?」


 やはりなかなか鋭い娘だな、あっさりジロンと同じ結論に達したようだ。

 だが、残念ながらその答えは外れていた。


「ジロンも同じようなことを言って、エドワルドを締め上げてくる、と息巻いていたが、違った。そもそも俺はそこまで間抜けじゃない。前の領主が作った抜け道なんて、一番最初に潰したさ」


 前領主エドワルドは、小心者だ。締め上げるまでもなく、つぶさにこの街の秘密はすべて教えてくれた。


 だからあの男が手引きした、という可能性はない。


「となると、一体、どうやって敵兵はこの街に侵入したのでしょうか?」


 サティは、「うーん」と、腕を組み考え始める。

 眉をしかめ、真剣に考える様は可愛らしい。


 このまま暫く眺めていたかったが、可哀想なのでやめ、答えを教えることにする。


「やつらが使ってきたのは俺が新しく作った抜け道だ。しかもごく最近、完成させたばかりのものだ」


「そんなものを作っていたのですか?」

「まあな。俺も負けるのは怖い」


 というのは半分本気、半分冗談。


 今のところこの都市の領主を任されているが、未来永劫自分が支配するとも限らない。


 将来は誰か別の旅団の幹部が支配するかもしれないし、そもそも次の戦では負けるかもしれない。


 今のところ敗北は免れているが、これからもずっとそうだとは限らない。


 自分がそこまで強いともうぬぼれていないし、永遠に勝ち続けられるとも妄想していない。


 人間が本気を出し、対策をしてくれば、そのうち負けることもあると思ってる。


 そういうときは、俺はなんの恥も外聞もなく逃げる。

 そもそも気位の高い貴族とは違い、俺の前世はごくごく普通の一般人だ。

 プライドなんてものと引き替えに命を捨てるほど馬鹿ではなかった。


 それに、あらゆる名将が同じ台詞を言っている。「引き際を知っている人間こそが名将の条件なのだ!」と――。


 俺も全くの同意見だった。


「――しかし、抜け道を作ったはいいが、それをさっそく敵軍に利用されるとはな」


「都市の住人が密告したのでしょうか?」


「いや、それはない」


 と、俺は断言する。


「さすがに俺もそこまで間抜けじゃない。抜け道の工事は魔族のみで行った」


「それでは外に漏れ出る心配はありませんね」


 と、サティは胸をなで下ろしているが、俺は「さて、それはどうだかな」と漏らした。彼女には聞こえないように。


 サティには、魔王軍とは、常に仲の良い組織に見えるかもしれない。


 幸いなことに我が不死旅団の中には不協和音はないが、魔族全体で見ればどうか。以前も言ったが、魔王軍は元々一枚岩ではない。


 現在の魔王、


「ダイロクテン様」


 が、その座につくまでは、血で血を洗う内部抗争を繰り広げていた。


 現在はそれも収まり、小康状態、ということになっているが、いつぶり返しても不思議ではない。


 いや、むしろ、現在のようにすべての魔族が一丸となって戦っている方が、異常な事態なのかもしれない。


 そう思っていると、サティが不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


「ご主人さま、そのお姿は……?」

「ん……? その姿……?」 


 己の腕を見下ろすと、彼女が驚いた理由が判明した。

 俺の腕は半透明になりかけていた。


「……やれやれ、またか」


 思わずそう漏らしてしまう。

 どうやら『また』軍団長の呼び出しのようだ。


 あの人は人が、風呂に入っているとか、トイレに行っているとか、そういう発想はないのだろうか。


「まあ、ないのだからこうも気軽に呼んでくるんだろうけど……」


 ぽつり、と独り言を漏らすと、俺はサティに、


「上司に会ってくるよ」


 と、漏らした。


 彼女は意味が分からなかったのだろう。

 困惑した顔をしながら、あたふたと頭を下げた。


「あ、あの、こ、このサティが宜しく言っていたとお伝えください。それにええと、なにか手土産を……、い、今からクッキーをお焼きしまし――」


 彼女の天然な台詞を最後まで聞くことはできなかった。

 それよりも先に俺の身体は完全に透明になる。

 周囲の光景が歪み、時空のひずみのようなものが見える。


 さて、今度はどこに呼ばれるのだろうか。

 そんなことを考えながら、幻想めいた光景を楽しむことにした。

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