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鳴神の 少し響みて

 イヴァリースに戻ると、イヴァリースの街から出ていく部下たちを次々と見送った。


 イヴァリースに残されたのは最低限の守備兵、それにサティと魔王様だけだった。

 ――サティはともかく、なんで魔王様がここにいるのだろう?

 そんな疑問が湧いたが、彼女はこんな和歌で返答してくれた。



鳴神(なるかみ)の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留め」



 イヴァリースの館でその言葉を聞いたとき、俺はきょとんとしてしまった。

 その姿を見て魔王様はがっかりした顔をする。


「――なんだ? 返歌はくれないのか?」


「返歌……? ですか?」


 その昔っぽい語り口、それに返歌という言葉でその言葉が日本の古い唄であることに気がつくが、残念ながら俺はその言葉の出典を記憶しているほどインテリではなかった。


「………………」


 なので沈黙によって答えるしかないのだが、魔王様はこう補足してくれた。


「鳴神の 少し響みて 降らずとも 我は留まらむ 妹し留めば、これが返歌だ」


「はあ……」


 と、芸の無い返答をする俺。取りあえず意味は尋ねるが。

 魔王様は、呆れながら教えてくれた。


「鳴神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留め。これは、少しでいいからかみなり雨が降らないかな、そうすれば君がこの館に留まってくれるのに、そういう意味の言葉だ」


「なるほど」


「それに対しての返歌、鳴神の 少し響みて 降らずとも 我は留まらむ 妹し留めば。は、かみなり雨など降らなくても、わたしはここにいますよ、あなたが望むなら」


 そういう意味の唄だ。

 と魔王様は教えてくれる。

 なんでも万葉集に記載されている一節らしい。

 さすがは戦国大名だ。その教養は現代人をしのぐものがある。

 俺は素直に感心してしまうが、サティも感心しているようだ。


「とてもロマンティックな詩ですね。まるで桂冠詩人が作った詩のようです」


 と、乙女のように目を輝かせていた。

 魔王様はそれを見て微笑する。


「この小娘の方がよほどロマンチストだな。これだから男は駄目だ」


 魔王様はそう断言すると、呪文の詠唱を始める。


 彼女が呪文を唱え終えると、先ほどまで晴天だった空に厚い雲がかかり、雨が降り始める。


 俺はその光景を見ながらぽつりと呟いた。心の中で。


(この館に留まりたいのならば。そう直接言ってくれればいいのにな)


 一方、魔王様は、素知らぬ顔でソファーに座ると、サティーに紅茶を注いで貰っていた。

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