地竜との激闘
ふたつの黒い影、俺と魔王様は疾風のような速度で地竜のもとへ向かった。
その様はまるで風精霊に愛された平原の風のようであった。
俺たちは巨竜に気取られるよりも先に懐に入ることに成功した。
俺と魔王様は同時に愛馬から降りると、愛馬の尻を叩いた。
乗り手のいなくなった馬は、そのまま自陣に戻っていく。
彼らが小さくなった姿を確認すると、俺と魔王様は二手に分かれた。
何も言わず、無言で。
すると先ほどまで俺たちが居た場所に地竜の右足が振り落とされていた。
目の前に大穴がうがたれる。
どうやら俺たちの存在に気がついたようだ。
魔王様は大声で叫ぶ。
「アイクよ、どのような生物にも弱点はある」
「そうですね」
俺も同様に返す。
「それは心臓と脳みそです。どちらかを破壊すれば死ぬはず」
そう言うと彼女は無言でうなずく。
距離的に彼女が心臓、こちらが頭部担当だろうか。
そう思った俺はまっすぐに地竜の頭部に向かった。
地竜の頭は高くない。
駆け上がる必要はなかったが、その分、近づきにくかった。
火竜のように火を吐くわけでも、氷竜のように凍える息を吐くわけでもなかったが、その代わり、小回りがきいた。
地竜は思わぬ速度で俺に食らい突いてきた。
地竜の大口が目の前に迫る。
計算外の早さだ。避けきれない。
そう思った俺はあえて地竜に食われてやることにした。
――ただし、食われてはやるが、咀嚼されるつもりも消化されるつもりもない。
地竜の口の中に円環蛇の杖を突き立てると、それに魔力を送り込んだ。
円環蛇の杖は俺の望む大きさに拡大し、つっかえ棒のような形になる。
これで奴は俺を食らうことはできない。
その間、俺は奴ののど元の中に《火球》の魔法を放つ。
いくつもだ。
奴の喉は業火によって燃え上がり、唾液が蒸発する。
巨竜は苦悶の悲鳴と表情を発するが、それでも手を抜く理由はない。
遠慮することなく魔力を解き放つ。
その間、魔王様も無為に過ごしたわけではない。
彼女は、
「よくやった」
と俺に《念話》の魔法を送ると、暴れ回る奴の心臓めがけ、禁忌魔法を放っていた。
魔王様は叫ぶ。
「余の右手が真っ赤に燃えさかる! 地竜を倒せと轟き叫ぶ!」
そんな台詞とともに、右手を灼熱色に染め上げていた。
彼女がそう叫ぶと、彼女の右手にまとっていた炎は、太陽光のように輝きだし、収束する。
一筋の光りの剣となった光明は、容赦なく奴の心臓を突き刺した。
「やったか?」
《遠視》の魔法でその光景を見ていた俺だが、魔王様によって心臓を串刺しにされた地竜はそれでも活動をやめなかった。
怒り狂いながら魔王様に足を振り下ろす。
それを華麗にかわすと、魔王様は皮肉気味に言った。
「古今、あらゆる生物の弱点は心臓だが、胸に心臓がないもの。あるいは心臓が複数ある生き物もいるようだ」
なるほど。
たしかにそんな話を聞いたことがある。
魔王軍の中にもそんな魔族がいたし、そもそもこの巨体だ。
全身に血液を循環させるには複数の心臓がいる、というのも納得できる。
魔王様は無念そうな表情で言う。
「これでは余はうぬの前座だな」
彼女はそう言うと地竜の攻撃をかわしながらこう言った。
「余がこの竜の攻撃を引き受ける。その間に此奴の頭部を破壊しろ」
彼女はそう言うとその言葉通り地竜を引きつけてくれた。
「魔王みずからが囮になるなど、前代未聞だぞ」
そう笑いながら攻撃を避ける。
攻撃を受けるたび、避けるたび、彼女の衣服がひらめき、土埃をかぶる。
彼女の美しい髪が宙に舞う。
しばしそれを鑑賞していたい。
それくらいに可憐な戦闘動作であったが、すぐに自分の職務を思い出す。
「俺は魔王軍第8軍団軍団長、魔王様の懐刀だ」
そう言うと手に魔力を込めた。
最初はシーサーペントのように雷系の魔法で攻めようと思ったが、こいつの無駄にデカイ頭では効果が薄いだろう。そう判断した俺は、禁忌魔法の中でも一番効果がありそうな魔法を選択することにした。
《爆縮魔法》(フレア)。俺が以前、反乱者であるバステオを葬り去った魔法である。
禁忌魔法のひとつでその威力は折り紙付きだ。
アンデッドの中でも上位種であり、魔族の軍団長であるバステオを葬り去った強大な魔法だ。正確にはその身体だけで、であるが。
ともかく、いくら地竜とは、これを頭部、それも口の中で食らえば、ひとたまりもあるまい。俺はそう計算したが、その計算は正しかった。喉から天に放った俺の《爆縮魔法》。
最初は横薙ぎに放ち、喉を焼き尽くしたが、それでは脳を貫けないと悟った俺は、放射状に放っていた魔法を線にし、貫通力を付与する、
俺の魔法は見事にやつの頭蓋骨を貫き、脳を焼き尽くす。
この世に脳を破壊されて生きていられる生き物などいない。
そう確信していた。
事実、頭部を破壊された地竜はそのままゆっくりと横になる。
地竜はその巨体を横たえ、死を迎えた。
最後に、
「うぉぉおおん」
と、地竜は小さく鳴いた。前世にもこれくらいの巨体を持った竜が闊歩していた時代がある。恐竜と呼ばれた彼らも、死の間際、そのような声を出しながら死んだのだろうか。
前世では恐竜を見たことがなかったが、そんな考察が頭に浮かんだ。
一方、魔王様も地竜を哀れんだのか、慈しみに満ちた目でこう呟いていた。「キジも鳴かねば打たれなまいて」
「この竜も好きで村を襲っていたのではない。ただ、自分の繁殖ルートに村が出来ただけだったのかもしれない。そう思うと哀れであるな」
「――そうですね」
俺も同意する。
軽く黙祷を捧げると、俺は魔王様をともない、自陣へと戻った。
地竜討伐の報告はする必要はない。
遠目からでもこの巨体が倒れているのは一目瞭然だった。
第8軍団に戻ると、部下たちから賞賛の声を送られる。
リリスなどはいつものように抱きついてきながら、いつもの台詞を言い放った。
「さすがです。アイク様」
その甲高い声を聞くと、ホームグラウンドに戻ってきたかのような気持ちに包まれる。
俺は安堵の吐息を漏らすと、全軍に命令を下した。
「これでしばらくは諸王同盟も動けないだろう。我々は一旦、イヴァリースに戻り、休養を取る。その間、セフィーロとルトラーラ殿、それにギュンター殿がアズチの地に城作りを始めるだろう」
「我々がアズチの地に戻るのは、城の建設が始まってからですか?」
とある部下が尋ねてきたが、俺はうなずく。
「ああ、今回の一件で敵軍に恐怖を植え込んだが、それでも敵軍は懲りることはないだろう。目と鼻の先で城作りなど始められて黙っていられるほど間抜けでもないだろうし」
「では、今年中にもう一度、大きな戦がある、ということですね?」
リリスは確認するように問うてきた。
「あるだろうな。まあ、それでもしばらくは休養できる。いや、休養させる」
理想の軍隊は疲れを知らぬ軍隊、であるが、そのような軍隊は存在しない。
アンデッドのみで構成すればそのような軍隊も作ることができるだろうが、我が第8軍団は魔族と人間の混成部隊だった。
連戦に次ぐ連戦、戦に次ぐ戦で疲弊している。この辺で一旦、領地に戻り、兵を休養させるべきだろう。
その旨を伝えると部下は例外なく頬を緩める。魔族、人間問わずだ。
ただ、部隊長、兵士レベルでは喜ばれた提案であったが、旅団長クラスの幹部には不評だった。
俺はエルフの戦士長アネモネには森に帰るように勧め、リリスとシガンには一旦、魔王軍の故地であるドボルベルクへ帰るように勧めた。
人間であるアリステアには王都リーザスへ戻るように勧める。
「アズチ城の建設が始まれば、次にいつ故郷へ帰れるか分からないぞ」
そう伝えたが、彼らはそれぞれの理由で首を横に振った。
竜人シガンは「ギュンター殿が残るのに、自分だけ休暇は取れない」
サキュバスのリリスは「わたしがいない間にサティに出し抜かれるのがイヤだ」
エルフのアネモネ「まだ森が恋しくなるほど世間を見聞していない」
ジロンは「あっしの家族はイヴァリースに住んでいますし」
白薔薇騎士団の団長アリステアは「リーザスにはいつでも帰れますので」
そんな理由で断られたが、俺はそれでも彼らに故郷に帰るように勧めた。
半分強制、とういうか、命令の形で彼らを故郷に帰す。
アズチ建設途中、あるいはそれ以後に行われるローザリア西部での戦いは激戦が予想される。
――不吉な予想になってしまうが、その戦闘で命をなくす幹部も出るかもしれない。
そう思っての配慮だった。
ただ、口に出しては言わないが。
俺の気持ちを汲んでくれたのだろうか。
最初に、一番の難物だと思われたリリスが、
「たまには実家に帰って、母さんの顔を安心させるか。孫の顔はまだ見せられないけど」
と、言うと、幹部の連中はそれぞれに理由を見つけ、故郷に帰ってくれた。
俺はその言葉を聞くと、安心し、彼らの背中を見送った。




