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魔王軍最強の魔術師と魔王様

 各部隊に指示をすると、旅団長たちは即座に行動に出た。

 まずはドワーフの工兵部隊による攻撃。彼らには大砲を持たせている。

 馬やトロルなどにひかせて持ってきた大砲、20門。その数はなかなかだ。


 ドワーフの工兵たちは、皆、算術を学んでおり、的確な角度に大砲を傾けると、間断なく大砲を撃ち込んでいった。


 カタパルトの投石と同等以上の鉄の弾を食らい悲鳴を漏らす巨竜、巨竜は怒りの対象を第8軍団に向けてくれた。憎悪をこちらに向けてくれた。


「ようし、これでいい。敵軍に逃げる時間を稼がせてやれ」


「我々の強さを喧伝させるためにな!」


 ジロンは得意げに言うが、一緒に馬を並べ、戦場を視察している魔王様は口元を歪めた。俺はそれを見逃さなかった。


「なにがおかしいのです? 魔王様」


 可憐な魔王様は、しばし逡巡すると、その唇を開いた。


「……いや、な。ものは言い様だと思ってな」


「といいますと?」


「うぬは相変わらず非情に徹し切れない。そう思っただけだ」


「いや、前にも言いましたが、この作戦は長期的視野も兼ねていて、敵軍に我が第8軍団の強さを宣伝する、という目的も――」


 そう抗弁するが、魔王様には通用しないようだ。完全に見透かされていた。


「ならばもっと地竜に諸王同盟を蹂躙させてから攻撃すればよかろう。なのにうぬはこのタイミングを選んだ。人間たちに逃げる時間を与えるためだ。それ以外、考えられぬ」


「このまま敵軍と地竜が抗戦すれば敵軍に地竜を倒されてしまうかもしれません。そう思っただけですよ」


 俺のへたくそな言い訳に魔王様はさらに苦笑を漏らすと、

「そういうことにしておこうか」

 と、結んでくれた。


 彼女は気を取り直すと続ける。


「さて、今のところ大砲による攻撃、それに魔術師による攻撃、遠距離攻撃に頼っているようだが、うぬはどうするつもりだ? このままで行くのか?」


「このまま倒れてくれれば有り難い――ですが」


「ですが、か」


 魔王様は不敵な笑みを漏らす。


 彼女は卓越した観察眼の持ち主だ。地竜が生半可な砲撃や遠距離魔法で倒せないことを熟知しているのだろう。


 実際、遠くから見る地竜は、バリスタの矢が刺さり、爆風や魔法によって鱗が剥がされてはいても致命傷には至っていないように思える。


「やはり最後は接近するしかないか……」


 俺は独語する。

 魔王様も首肯される。


「あれほどの巨体だ。直接、急所に一撃を放たない限り、その活動をとめないだろう。それどころか中途半端にダメージを与えてしまった。このまま放置すれば、アズチの村だけでなく、その付近にある村々すべて。あるいはその延長線上に自由都市アーセナムも破壊されるかもしれない。腹いせにな」


「それは大変なことになりますね」


「その割にはちっとも大変そうに聞こえないが」


 魔王様は皮肉めいた笑みを浮かべる。


「そうでしょうか?」


「余にはそう見えるが」


「そう見えるかもしれませんね」


「その自信の源はなんだ? 今までの実績か?」


「実績? ですか」


「うぬは以前、ゼノビアにて一人で大海蛇を倒したと聞くが」


「一人ではありませんよ。ゼノビアの民の力、それにゼノビア兵の力も借りました」

「ほう、では今回も兵の力を借りるのか?」


 俺は、「いえ」と首を振る。

 不死のローブの襟元が揺れる。


「前回、巨大生物との戦いで学びました。巨大生物に大軍で挑むのはおろかである、と」


「なぜだ?」


「無論、バリスタや大砲、魔法で遠距離攻撃をするのは有用ですが、それだけでは決め手にならない。かといって兵を接近させ、近距離攻撃を挑ませるのはさらに愚策です」


「そうだな。諸王同盟を見れば分かる。彼らは万に近い兵を要しながら、巨竜に致命的なダメージを与えることはできなかった」


「ですね。のたうち回るだけで数百の命が、尻尾を振り下ろされるだけで大地に大穴が空く。ここは少数精鋭で行こうと思います」


「賢明だな。ドワーフの砲兵、魔族の魔術師に遠距離魔法を放たせつつ距離を保ち、少数の精鋭で地竜の懐に飛び込むのが正解だろう」


「そうしようと思っていたところです」


 俺はうやうやしく礼をすると、魔王様に敬意を表した。


 彼女は日本史上の名将だ。自分と同じ結論に至ってくれたことは素直に嬉しかった。


 あらためて自信を深めると、俺はジロンに命じた。


「リリスとアネモネ、それと竜人のシガンを呼んでこい」


 ジロンは尋ね返す。


「アリステアのお嬢さんとギュンター殿はいいんですか?」


「アリステア嬢の個人的武力は知っているだろう。俺は美人に特攻を強いる気はないよ」


「たしかに」


 ジロンは苦笑いを浮かべる。

 アリステアの個人的武勇は、将官クラスでは最下位に位置されるだろう。 


「ギュンター殿の戦斧の力は貴重だ。だが、それ以上に俺は彼を技術者として評価している」


「つまり、砲兵の指揮に専念して貰う、ということですね」


「だな。魔王軍の砲兵部隊はまだできたばかりだ、優秀な指揮官が側にいてくれないと」


 そう言い切ると、ジロンに円環蛇の杖を持ってくるように命じた。


「もしかして、旦那も前線に出られるんですか?」


 ジロンは大きなまなこをぱちくりとさせる。


「魔王軍最強の魔術師だから。一応」


 俺が冗談めかして言うが、それにジロンは反対した。


「駄目ですよ。もしも旦那になにかあったらどうするんですか」


「俺にもしもがあると?」


「万が一ということもあります」


「ほほう、つまり、お前は俺が地竜ごときに後れを取る、と思っているんだな」

「い、いえ、決してそういうわけじゃ……」


 ジロンはか細く呟くが、「…………」しばらく沈黙すると意を決したように口を開く。


 ここで弱気になっていては駄目だ。そんな表情を浮かべながら。


「はっきり言わせて頂きますが、あっしは旦那の参謀です。旦那が間違っている、と思ったら、一言言わせて貰う、というのがあっしの仕事だと思っています」


「…………」


 今度は俺が沈黙する番だった。

 ジロンの言葉は正論だったからだ。


「軍隊の司令官がみだりに前線に出るものじゃないですよ。もしも旦那の身になにかあれば、この第8軍団は。いや、魔王軍はおしまいだ」


 その言葉に魔王様も肯定する。


「たしかにな、ここでアイクを失うのは魔王軍にとっては痛恨の極みだ」


「ですよね、ですよね、魔王様もアイク様をいさめてください」


 ジロンは同調するが、俺はそれでも抗弁する。


「だが、リリス、アネモネ、シガンだけで巨竜に挑ませるのは忍びない。もしも彼らの身になにかあればそれも魔王軍にとって大損失だ。やはり、ここは俺が――」


 そう断言しようとしたが、それを見計らったかのように魔王様は言葉を遮ってきた。


「うぬがその論法を用いるのならば、つまり、巨竜討伐、余も参加して良い、ということになるな」


「どういう根拠ですか?」


 呆れながら言うが彼女は無視しながら続ける。


「魔王軍最強の魔術師の身になにかあれば魔王軍にとって大損失だ。今、彼を失うわけにはいかない」


 彼女はそう断言するとこれ以上論議するつもりはない、と愛馬にまたがった。


「どうした? 鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をして? うぬは馬に乗らぬのか?」


 そう言われてしまえば馬に乗るしかなかった。


 俺は第8軍団の指揮をリリスにゆだねると、魔王様とともに地竜に向かった。


 俺の愛馬は真っ黒な巨馬、魔王様の鬼葦毛、ふたつの黒い影はまっすぐに巨竜に向かった。


 結局、地竜討伐は魔王軍最強の魔術師と、魔王軍の魔王によって行われることとなった。

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