魔王軍最高のペテン師
世界樹の森をあとにすると、俺たちはまっすぐ第8軍団に合流するため、ローザリアの西方に向かった。
そこで我が第8軍団が軍を展開してくれているはずだった。
エルフの森から馬で3日ほど走ると、彼らと合流できた。
合流するなり、サキュバスのリリスが俺のもとにやってきて抱きついてくるが、華麗に無視をすると、側にいたオークのジロンに尋ねた。
「俺が発注したものはできあがっているか?」
ジロンは愛想良く答える。
「もちろんでさ、ギュンターの旦那にぬかりはありません」
我がことのように自慢するが、ジロンも自慢する権利はある。たしかに目の前にある大きな輪っかは、ギュンター率いるドワーフの工兵が作ったものだが、その材料を用意したのはジロンの手柄だ。
この短期間でよく揃えてくれたものである。
なかなか手際が良くなってきたような気がする。
「旦那の下で働いていると要領がよくなるんですよ」
と、告げるジロン。
ジロンは珍しく昔話をする。
「あっしは昔、別の旅団で働いていたのですが、そのときの大将は酷かった。人使いの荒いことこの上ない。昨日、兵を集めろといったら、明日には解散しろ。今朝、食料を調達しろといったら、夕方にはもういらない。そんなことばっかりでした。ええと、そういうのを一言でなんていうんでしたっけね?」
「朝令暮改、かな」
「そうそう。朝令暮改です。その点、旦那の行動には必ずなにか意味がある。その命令が徒労に終わることもない。だからあっしはがんばって働くんでさ」
ジロンがそう言い終えると、リリスも口を挟んでくる。
「そうそう、この豚もたまにはいいことをいうわね。アイク様の行動に従っていれば、絶対に負けない。だからわたしたち将兵は命懸けで戦うのです」
「…………」
過大評価だな、と思わなくもない。
たしかに今のところ俺の率いる軍団は一回も戦に負けたことがない。
しかしそれが明日の戦の勝利に繋がるかの担保とはなり得ない。
先日、エルフの女王フェルレット、それに以前、白薔薇騎士団のアリステアにも話したが、百戦して百勝する将などいない。
いつか、俺も負ける日がくるだろう。
問題なのはそのとき、どうするか、その後、どうするか、なのだ。
一戦敗れたくらいでくよくよしていれば、その後、同じ過ちを繰り返すだろう。
ただ、いつかその試練に打ち勝たねばならないが、今はそのときではない、と思う。
俺が想定する作戦が上手くいけば、これから進行してくる敵軍はなんとか打ち払えるだろう。
最小限の兵で、最小限の被害で敵を打ち払えるはずだ。
そう思いながら、フェルレットの妹、アネモネを呼んだ。
喜び勇みながらやってくるアネモネ。
彼女はやってくるなり口を開く。
「アイク様、アイク様のご指示通り、水精霊を扱えるものの鍛錬をしておきました」
軽やかな声で報告してくれる。
少しだけ違和感を感じたので尋ねてみる。
「意外だな。まずは姉君のことを尋ねてくると思ったんだけど。近況とか気にならないのか?」
「ああ、姉上ですね。姉上とはしょっちゅう連絡を取っていますからね。気になりません。どうせ、我が儘ばかり言って、侍女やアイク様を困らせていたのでしょう?」
「…………」
その通りなので苦笑で答えるしかない。こういうときは仮面は便利だ。俺の何とも言えない表情を隠してくれるのだから。
「まあ、手紙や魔法でのやりとりだけでは分からないこともあるさ。そうだな。この戦が終わったら、しばらく休暇を与えよう。そのとき、一度、世界樹の森に帰り、姉君の顔を見てくるといい」
「そうですね。そのとき、たっぷり自慢して姉上を悔しがらせてあげましょう。アネモネはずっとアイク様の側にいてお役にたてた、と」
「たっぷり自慢してくるといい。今回の戦の勝利の立役者は、君になるのだから」
俺はそう言うと、彼女に命令を下す。
ドワーフの工兵が作った木の枠に水を流し込むように命令をしたのだ。
大量の水を。
「大量の水……、そのための水精霊なのですね」
「ああ、魔法で作れないこともないが、この手の自然物はやはり精霊使いにはかなわない」
我が第8軍団にも魔術師は存在したが、こと精霊魔法に関してはエルフにはかなわない。
自然の恵みを利用する術は、自然と融和して暮らしているエルフには絶対にかなわなかった。
「実際、俺が初めて世界樹の森に訪れたとき、アネモネたち精霊使いによって湖を凍結して貰った。今回はちょっとした池を作って貰おう、というのが今回の作戦だ」
「池? ですか?」
アネモネは不思議そうに問うてくる。
「正確には水鏡か。ギュンター殿率いるドワーフの工兵が作った枠に水精霊で水を流し込み、水の膜を張って貰う」
「水の膜ですか? それにはなにか意味があるのですか?」
「アイク様は意味のないことは決してされないわ」
とはリリスの言葉だが、たしかに無意味な行為ではない。
一見、なんの役にも立たない行為であるが、ちゃんと計算があった。
「理由は聞かせて貰えるのだろうな?」
とは、木の枠を作った張本人、ギュンターの言葉だった。
ドワーフの王はたくましい喉と、立派な髭を振るわせながら問うてきた。
「もちろん、お聞かせしましょう。俺が考えている作戦は大胆にして不敵だ。ゆえに緻密な連携作業がいる。兵士たち、皆に伝えておかなければ」
そう前置きすると、作戦の詳細、大きな水鏡を作った理由、エルフの女王からの贈り物『イズルハの実』の使い方、そしてこれからやってくるだろう敵軍の倒し方を伝えた。
俺の部下たちは皆、唖然とした顔をした。
皆、度肝を抜かれているようだ。
ドワーフの王ギュンターは一同を代弁して俺の作戦をこう表してくれた。
「魔王軍最強の魔術師は、魔王軍最高のペテン師でもあるらしい。敵はたまったものではないだろうな」
お褒めにあずかり恐縮です、といえばいいのだろうか。
俺はその賛辞を素直に受取ると、敵軍と地竜がやってくるのを待った。




