地竜討伐の秘策
村長に空き家を借りると、そこを大本営とした。
地竜討伐の作戦を練ることにしたのだ。
しかし、サティは不思議そうな声を上げる。
「作戦など必要なのでしょうか? アイク様は先日、伝説のシーサーペントを倒したとうかがいます。それに今回は魔王様もいるのです。地竜くらいならば余裕で倒せるのではないでしょうか?」
それを聞いた魔王様は訂正する。
「やってくるのが地竜だけならばなんとかなるかもしれないがな」
「どういうことでしょうか?」
サティは不思議そうな顔をする。
代わりに説明したのは俺だった。
「あの村長は20年周期で地竜がこの村を通ると言っていた。残念ながら俺たち魔王軍はその情報を知らなかった」
「当然だな。我々がこのアーセナムを占領してからまだそんなに時が流れていない」
魔王様は補足する。
「だが、その情報は、人間たちは知っているだろう。つまり、その機に乗じて人間の軍隊もやってくる、ということだよ」
「なるほど……、諸王同盟の皆さんは地竜を盾にしながら進軍してくるんですね」
サティは軽く頷き納得する。
「ああ、地竜自体、別に人間の味方をしてるわけじゃないんだろう。ただ、数年おきにぐるぐる回ってる通り道に人間の村があるだけだ。それを利用するだけ」
「しかし、諸王同盟はその策を思いつくかな。また思いついても実行するかな?」
とは魔王様の言葉だった。
「……おそらく、実行するでしょう」
「根拠は」
「諸王同盟にはエ・ルドレという男がいます。無能揃いの敵軍ですが、やつだけはなかなかに賢い。やつがこの情報を知っているのならば、必ず利用するでしょう」
「なるほど」
「情報によるとやつは西部戦線に配属されているらしい。まず間違いなくこの機にせめてくるでしょう」
「それでは、魔王軍の備えを西方に集中させるか?」
「いや、それはそれで敵の思うつぼです。北方の守りが手薄になれば、そこからリーザスに攻め込まれます」
「たしかにな、王都リーザスは、とある魔女が《隕石落下》の魔法で風穴を空けたからな。今は城としての機能を失っている。北方の守備兵はこれ以上減らせないな」
「ほんと、はた迷惑な魔女ですよね」
思わず苦笑いしてしまうが、それは冗談の類いだ。
セフィーロが城を落とさなければ魔王軍はさらなる危機に立たされていただろう。
「それではどうやって敵兵を防ぐ? どうやって地竜を倒す?」
「理想としては、この村を見殺しにして、地竜が通ったあと、その後ろから敵を攻撃し、退路をふさぐ、というのが兵法の常道かと」
「うむ、余もそう考えた。あえて敵軍を領地の深きに誘い込み、退路を断ってから攻撃する。さすればなんなく敵軍を殲滅できるだろう」
その悪魔じみた兵法を聞いたサティは軽く震えていた。
「冷徹に聞こえるか? 小娘よ」
「…………」
サティは一瞬沈黙したが、意を決したように言った。
「……はい、とても冷徹だと思います」
勇気のいる態度だろう、魔王軍の最高司令官にして魔族の王に向かって意見をするのだから。
それを証拠に彼女の足はガタガタと震えている。
それを見た魔王様は、
「はっはっは」
と高笑いを上げる。
「いいだろう。小娘に免じてその策を取るのはやめよう」
魔王様はそう言いきると、今度は俺の方を見た。
「それでは変わって、我が配下一の知恵袋に策を考えて貰おうか」
「……そうきますか」
今度は俺が苦笑する。
最初からそんな策を取る気などなかった癖に、と――。
この少女、ダイロクテン魔王は、敵対するものにはどこまでも厳しいが、民を犠牲にする、という発想がない少女だ。
ゆえに俺は彼女のことを信頼し、今日まで彼女に仕えてきた。
最初からそんな無慈悲な策に手を染めるとは思っていなかった。
さて、問題なのは、どうやって迫りくる地竜と諸王同盟に対抗するか、だが――
まずは敵軍の数を把握しないとな。
そう思った俺は、《念話》の魔法で部下たちを呼び出すことにした。
オークのジロンに幹部を全員集めるよう指示した。
数日後、アズチの村に第8軍団の主だった幹部が集まる。
オークの参謀ジロン、
竜人シガン、
サキュバスのリリス、
ドワーフの王ギュンター、
エルフの戦士長アネモネ、
いつものメンツだ。
俺はまず竜人シガンに偵察任務を命じた。
寡黙にして忠実なシガンは、「承知」というと、即座に飛び出ていった。
リリスはどうして私ではないのですか、とむくれたが、無視をすると、ついでギュンターとアネモネに命じた。
「ギュンター殿、大きな輪っかを作れますか?」
「輪っか? どれくらいの大きさだ?」
「直径30メートルくらいあれば」
「早急にか?」
「地竜がやってくるのは一ヶ月後、それまでには」
「ふむ、なんとかしてみよう」
彼はそう言うと配下のドワーフたちに命じた。
やはりドワーフたちは頼りになる。
最強の軍隊は、最強の土木部隊を持っている。
それはこの異世界でも一緒だった。
前世でもローマ帝国という史上空前の大帝国を作り上げた国があった。
彼らは、軍団と呼ばれる軍隊を持っていたが、その武力は決して他国を圧倒していたわけではない。むしろ、ゲルマン人やケルト人などの蛮族に大いに苦しめられた。
しかし、彼らは知恵と技術で蛮族に対抗した。
ローマ兵たちは、最高の兵士であると同時に、最高の建築家でもあったのだ。
彼らは剣や槍よりも、スコップや工具の方が強いことを知っていた。
わずか数日で砦を築き上げ、敵の陣にくさびを打ち込んだり、わずか十年で数百キロに渡る長城を築き上げ、蛮族の流入を防いだ。
世に言う『ハドリアヌスの長城』である。
魔王軍にそのような技術はなく、ドワーフが味方になってくれたことは本当に有り難いことであった。
一方、今回はエルフ族にも力を貸して貰おうと思っている。
俺はアネモネの方を向くと、彼女に尋ねた。
「水精霊の使い手を集めて、訓練を施しておいてくれ」
「ウィンディーネですか? 彼らに何をさせるつもりなのでしょうか?」
「ドワーフたちに作って貰った輪っかに水を張って貰う」
「というと同じ大きさくらいの水を張らないといけないんですよね?」
「そうなるな」
「うーん、難しいですが、なんとか練習させておきます」
彼女はそう言うと下がろうとしたが、俺は彼女の肩を掴む。
「待ってくれ。君にはまだ頼み事がある」
「はい、なんでしょうか?」
「地竜はエルフの森、つまり、君の故郷、世界樹の森の近くに生息しているというのは本当か?」
「ええ、本当です。数十年置きにぐるりと回って、また巣に戻ってきます」
「なるほど。理由は分かるか?」
「さあ……」
と、首をかしげるアネモネ。だが、彼女は続ける。
「ただ、我が姉上なら知っているかもしれません」
「かも、というと?」
「大昔に、その理由を調べてみた、とか、聞いたような聞かなかったような」
「あやふやだな」
「すみません、なにせ何百年も生きているもので」
「たしかに、それだけ生きていれば些末なことなど忘れてしまうな」
思わず首肯してしまうが、彼女を解放すると、こう宣言した。
「いいだろう。アネモネのそのあやふやな記憶に頼ろう。地竜の生態が分かれば、倒すのも容易になるかもしれないし、もしくは生態を利用してこちらの味方に付けられるかもしれない」
そう言うと、「世界樹の森に向かってエルフの女王フェルレットに面会してこようと思う。彼女の知恵を借りようと思う」と宣言した。
「誰か同伴したいものは?」と、言った瞬間、この場にいないシガンとギュンター以外、全員が手を上げた。
「もちろん、このリリスは連れて行って頂けますよね、アイク様」
と、リリスはすでにおねだりモードだった。
ジロンも、
「あっしもたまには旦那と旅をさせてください」
と、鼻息を荒くしていた。
サティも、両手を握りしめながら、
「わ、わたしも」
という表情をしていた。
「やれやれ、遊びではないんだがな」
そう言った目で魔王様に視線をやると、彼女も当然のように挙手をしていた。
「エルフの女王とはまだ一度も面会しておらぬ。ここは魔族の王として面会する権利があろう」
彼女は絶対に譲らない。そんな表情でこちらを見ていた。
これは魔王様をおいていくことはできないな。
そう悟った俺は彼女を同行メンバーにすることにした。
それとサティも。
当然リリスは不平不満を上げるが、彼女にはちゃんと仕事がある。
副団長として、これからこのアズチの村に集結する第8軍団の統制を行って貰わなければならない。
そう言って彼女を諭すと、俺は魔王様とサティを伴って、アズチの村を出発した。
転移魔法を使わなかったのは、アズチの村には転移装置がなかったからだ。
それにエルフの森にも。
俺と魔王様、それにサティは、またしても馬の旅を楽しんだ。




