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サティのこだわり

 アーセナムは城塞都市だ。

 交易都市でもある。


 ただ、農業をまったくしていないわけではなく、その都市の周辺部には麦畑や野菜畑などが広がっていた。


 魔王様は言う。


「アーセナム周辺は元々、土地が肥えていない。ゆえに商業で富を生み出すしかなく、自然と商業が栄えたのだ」


「大陸のほぼ中央、という立地条件もありますしね」


「うむ」


 と魔王様は首を縦に振る。


「土地は肥えていないので、畑とかは少ないな。城を建設する際も騒がれずにすむ」


「土地の徴収には手間が掛かりますからね」


 存外、勘違いをする人間も多いが、古代や中世だからといって王はなんでもできるわけではない。


 王は常に民の反乱に怯えなければならない。


 古代のピラミッドも奴隷を集めて作らせたわけではなく、ちゃんと給料を与えて作らせた、というのはもはや定説であったし、俺の目の前にいる女性、織田信長という人も民の反乱には多いに苦しめられた統治者だ。


 伊勢長島では一向宗の反乱に苦しめられ、多くの部下と一族を殺された。

 大阪でも一向宗に苦しめられ、その鎮圧に10年のときを有した。



「同じ轍は踏みたくないものだな」



 魔王様はそう宣言すると、愛馬『鬼葦毛』に鞭を打った。

 辺りを散策する気のようだ。

 俺も愛馬に鞭を打つと彼女の後についていく。


「サティ、しっかりと捕まれよ」


「はい」


 そう注意したのは、魔王様の馬の速度が思ったよりも速かったからだ。

 さすが魔王軍一の駿馬と呼ばれているだけのことはある。

俺の愛馬もなかなかのものであったが、ついていくのがやっとであった。

 




 道中、魔王様は馬を急にとめる。

 そして森の中へ入っていった。


 無論、俺もそれに続こうとするが、思わず馬の手綱を思いっきり引っ張ってしまった。


 俺の愛馬は立ち止まり、「ヒヒーン」といななきを上げる。


「どうしたんですか?」


 サティはそう尋ねてくるが、彼女は思わず悲鳴を上げる。


「きゃっ」


 と可愛らしい声が森に響く。

 見れば魔王様はその衣服を脱ぎ去り、一糸まとわぬ姿になっていた。

 いわゆる、生まれたままの姿である。

 サティは自分にではなく、俺に目隠しをする。


「ご、御主人様は見ては駄目です」


 無論、俺は紳士なので見るつもりはない。

 しかし、魔王様は悪戯好きの少女のような声でこう言った。


「サティとかいう女中よ、それではアイクが余の護衛をできないぞ。この瞬間、刺客に狙われるかもしれない」


「で、でも……」


 サティは抗弁するが、その必死な姿を見て魔王様は少しだけ笑う。


「くっくっく、戯れだ。安心しろ。今、《変化》の魔法で姿を変える。その後、町娘の服に着替えるだけだ。数分も掛からない」


 魔王様はそう言いきると、本当に数分で着替えを終え、町娘へと《変化》していた。


 魔王様が着替え終えると、俺は目隠しを解除される。

 魔王様は言う。


「残念だったな、アイクよ。余の肢体を堪能できなくて」


「はあ……まあ……その」


 なんとも返答に困る問いである。


 ここにセフィーロという魔女がいたら、

「痛恨の極みです」

 とでも言え、とアドバイスしてくれるのだろうが。


 ただ、俺としては紳士を自称しているので、その手のキザな台詞を言うこともできない。


 無難で事務的な返答をするしかない。


「町娘に化ける、ということは、市井の人間として村々を視察する、ということでしょうか?」


「うむ」


 と、即答する魔王様。


「理由は、と問うのは野暮ですよね」


「であるな」


 理由はおそらく、魔王として色眼鏡で見られぬため、普通の人間としてこの地域の人間がどういった考え方を持っており、どういった暮らしをしているか確かめたいのだろう。


 そう察した俺は、魔王様にならって、不死のローブと変化の仮面を脱ぎ去り、それを地面に埋めた。


「なかなか手際がいいではないか」


「以前にも同じことをしましてね」


 と、サティの方を見る。


「あのときは一緒に市場を視察したのですよね」


 と、はにかむサティ。


「ふむ、仲睦まじいことだ。しかし、うぬは変装が楽でいいな」


「ローブと仮面を脱ぎ去るだけでいいですからね」


 こういうときは人間だと助かる。

 というか、人間であることに有り難みを覚える。

 さて、それよりも問題なのは……。

 俺と魔王様の視点がサティに注がれる。

 サティは不思議そうな顔でキョトンとこちらを見つめていた。


「なんですか? アイク様に魔王様、二人でサティの顔を見て?」


「見ているのは顔ではない。その服だ」


「服……? ですか?」


 サティは自分のメイド服の端を掴むと、

「なにか変なところはあるでしょうか?」

 と尋ねてきた。 


「あるもある。大ありである。その服装では目立ってしまうではないか。我々はただの村娘と村人を演じるのだ。その横にメイドが居たのでは怪しまれる」


「はあ……でも、サティはメイドですから」


「安心しろ、うぬの分の服も持ってきてある。幸いと体型も似ているしな」


 ちなみに二人ともあまり豊満な肉付きはしていない。

 たしかに服に貸し借りは可能だろう。


「で、でも、サティはメイドですから」


 ここに来て難色を示すサティ。


 いつもは素直な娘なのだが、ことメイド服になると拘りを見せるのがサティという少女だった。


 そう言えば以前、エルフの森へ出かけたときも似たような反応を示した。


 彼女はあの寒空の中、コートさえ纏うことなく、メイド服にこだわっていた。

 そんな彼女からメイド服を奪い去るのは困難であろう。


 そう思った俺は魔王様に提案をする。


「魔王様、サティはこのままでいいのではないでしょうか。サティは村に買い出しにきたメイドという役割。我々がその付き添いの下男と下女という役割で」


 その言葉を聞いた魔王様は眉をしかめる。


「下男と下女だと?」


 しまった。言葉が悪かったか。

 仮にも魔王軍の総大将に下女を演じて貰うのは不敬もはなはだしいだろう。

 これは怒られる。

 そう思ったが、意外なことに彼女は軽く笑みを漏らした。


「それは面白い。たまにはそういう設定も悪くない」


 魔王様はそう言うと、芝居がかったふうに頭を下げた。サティに向かって。


「それではメイド長殿、買い物にお付き合い願えますかな」


 天下の大魔王にそんな態度を取られてしまえば、一介のメイドであるサティも困ってしまうだろう。


 サティは救いを求めるかのように俺に視線をやる。

 まあ、俺も困っているので大した助言はできないが、こう言うしかなかった。


「それでは参りましょうか、メイド長様」


 その言葉を聞いたサティは耳まで真っ赤にしながらこう言った。


「御主人様のいじわる!」


 あまり怒ることのないサティだったが、怒った姿もなかなか可愛らしいものだった。

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