騎士団長アリステアの困惑 ††
††(白薔薇騎士団団長アリステア視点)
驚くべき事態が起きた。
白薔薇騎士団の団長であるアリステアは困惑した。
まず驚いたのは、城の城壁が修復されていたということだ。
無論、その情報は斥候から受けていたが、まさかあそこまで見事に修復されているとは思っていなかった。
どうせ急ごしらえの安普請、その場しのぎの物であろうとたかをくくっていたが、そうではなかった。
以前とまったく同じ城門がそこにそびえ立っていたのだ。
否、とアリステアは首を振る。
「同じどころではない。あれはそれ以上のものであった」
アリステアは幼き頃、父に連れられてイヴァリースに訪れたことがあるが、あのような仕掛けなどされていなかった。
イヴァリースは元々、農業都市。一応、城壁は設けられているが、簡易的なもので、弓兵を大量に配置できる作りにはされていなかったはずである。
あの都市に滞在する部隊の長は、それをたったの1ヶ月で成し遂げ、更に以前よりも強化した、ということになる。
「一体、ドワーフの建築家を何人雇えばそんなことが可能なのであろうか?」
否、アリステアは再び首を振る。
「そんなことができるわけがない」
と――。
ドワーフの職人は一際頑固だ。
魔王軍の支配を潔く受け容れるわけがないし、強圧的に命令しても決して働かない。
己の自尊心をねじ曲げてまで相手に従うような種族ではない。
「ならば一体どうやって……?」
王立士官学校を首席で卒業したアリステアであったが、まったくその方法が思い浮かばなかった。
「なにか人智を越えた魔力を持ったものが行った仕業であろうか……」
そうとしか考えられなかったが、いや、考えたくなかった、というのがアリステアの本音かもしれない。
自分は人智の及ばぬ「魔力」を持った魔物に負けたのだ、そう思い込まなければ、その自尊心がずたずたに引き裂かれそうだった。
オークの重装歩兵の見事な運用。
組織だった弓兵の運用。
途中、強引に陣形を切り裂いてきたサキュバスの部隊は、旧来の魔王軍のやり口そのものであったが、それ以外は、アリステアの常識、いや、人間の常識をすべて覆すものであった。
特に最後のスケルトン兵の活用は、凡人の思いつく業ではなかった。
「自分は途方もないものに負けてしまったのではないか?」
考えれば考えるほど、そういった結論にたどり着く。
無論、部下の前ではそんな発言はできない。
事実であったとしても部下の前で、
「私たちが戦った相手は人智の及ばぬ化け物だった。次回は勝て」
などと言えるわけがない。
ただ――
国王陛下にはどう報告するべきであろうか。
無論、敗戦の責任は取り、辞任さえ覚悟していたが、国王陛下にありのままの事実を話すべきであろうか。
「………………」
思案に暮れる。
今後の王国のため、いや、全人類のためにはそう話すべきなのであろうが、どう説明すべきであろうか。
「イヴァリースを守護する敵旅団はとても1個騎士団では敵わない。最低でも5個騎士団は必要」
とアリステアは思っている。
もしも正直に話せば「臆病者」、と罵られるか
それとも「無能者」と罵倒されるかもしれない。
しかしそれでもアリステアは国王に具申するつもりでいた。
辞任どころか、解任、いや、下手をすれば投獄さえされるかもしれないが、それも仕方ないことであった。
あの旅団に自由な行動を許せば、必ず人類の災いとなる。
それだけはどうしても防ぎたかった。