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アイクとルトラーラの策謀

 遷都に反対する魔族を説き伏せる。

 ルトラーラにも宣言したが、それは困難を極めた。


 その戦略的な価値を理解させることはできても納得させることなど不可能であろう。


 例えるならば、田舎に長年住む老人に、東京は便利なので引っ越すように説得するようなものだ。


 交通の便が良い、娯楽が多い、孫の顔が毎日見られる、と説いても住み慣れた場所を放棄する老人は少ないだろう。


 今回の遷都はそれと似たところがある。

 ならばどうやって説得すればいいのか。

 答えは簡単だ。

 こちらも妥協すればいいのだ。


 例えば、東北の片田舎に住んでいる両親を都会に呼びたいのであれば、東北の首都とでもいうべき仙台にでも住もう、と妥協案を提示すればいい。


 さすれば両親も、東京に行くよりも近い、文化的な繋がりもある、と多少は説得しやすくなるだろう。


 今回、俺が行う策もそれに似たところがある。


 もちろん、アーセナムとドボルベルクの中間に魔王城を据えようなどといった安直なものではなく、心理的な抵抗を半減するだけの策だが。


「つまり、お主はまずは魔王様の居城をこのアーセナムの地に築こう、と魔族に宣言するつもりか?」


 計画の共犯者であるルトラーラはそう尋ねてくる。


「その通りです」


「すると、古めかしい考え方を持った魔族は大反対をする、と」


「ええ、俺たち魔族が人間ごときの都市を再利用して、そこを王都とするのか。嘆かわしい。忌まわしい。屈辱的だ。皆、声高に宣言するでしょうね」


「そうした声が出きったあと、改めて別の案を示す、というのがお前の作戦、というわけか」


「その通りです」


「確かにそうすれば魔王様は一旦、譲歩したことになる。自尊心の高い他の魔族のメンツも保たれる、というものだな」


「それもありますね。これはセフィーロにも話しましたが、魔族には面子もありますが、それ以上に魔王様への畏怖もある。一度無茶難題を突きつけておいて心理的障壁を設けておけば、次に提示する案がすんなり通ると俺は睨んでいます」


「つまり、まずは当て馬であるアーセナム遷都を宣言し、次に本命である魔王城建築を宣言する、というわけか」


「当て馬ですか、まあ、その通りですが」


「ふむ」


 と、ルトラーラは白磁のような己の顎に手を添える。


「――いや、完璧な策だと思う。それならばウルクあたりは納得するだろう。とかく、面子にこだわる第2軍団のゲルムーアあたりも面目が保たれるし、承服はするだろう」


「納得はしないでしょうがね」


「確かに。しかし、我々が欲しいのは納得ではなく、理解だ。魔王城の遷都が決まれば、反対派もサボタージュや妨害などといった真似はするまい」


「今の魔王様のカリスマ性ならばこそ可能なのです」


「ああ、不謹慎ではあるが、魔王様のご存命中に。人間たちとの戦争が有利に運んでいるうちに遷都を実行する、というのは悪い案ではない」


「大陸中央部に魔王軍の根拠地があればそこがくさびになる。もしも今後、人間側に押されるような状態になっても、そこが最前線となり、防波堤になる」


橋頭堡(きょうとうほ)、という考え方か」


「その通りです」


 俺がかつて住んでいた世界ではよくある戦略であった。


 古代中国、北方の異民族に悩まされていた歴代の諸王朝は、あえて異民族の勢力圏の真ん前に自分たちの首都を築き上げ、そこを都と定めた。


 長安、北京などが有名な例となるだろうか。


 西洋においてもオスマントルコ帝国は、ビザンツ帝国の根拠地であるコンスタンティノープルを攻略した際、そこを首都と定めた。


 コンスタンティノープルは交通の要衝であり、異教徒との聖戦の最前線でもあったのだ。


 そこに首都を築くのは、戦略的にも経済的にも合理性に満ちていた。 

 魔王様はそのことを熟知していたのだろう。


 織田信長という戦国武将もまた根拠地をころころ変えたことで有名な戦国武将であった。


 まずは名古野城を父親から受け継ぎ、勢力を尾張一帯に拡張すると、次いで居城を尾張の中心、清洲に移す。その方が効率的に領国を支配できるからだ。


 その次に彼女は、尾張の端にある小牧山という辺鄙な場所に居城を移す。


 この移動の意図は、当時、攻略目標に定めていた美濃の斉藤義興を討伐するためである。


 彼女は美濃を攻略するため、あえて拠点を敵の前に移したのだ。


 その後も、彼女は奪い取った敵国の居城である稲葉山城という城を岐阜城と改め、その城から『天下布武』の大号令を発した。


 以後、彼女は天下をほぼ手中に収めると、京の直近、物流の要である近江の国、琵琶湖の南岸に『安土城』という城を築いた。


 そこで都の情勢を牽制しつつ、自分の配下の軍団長に指示を下し、天下を取ったのだ。


 いわば、今の状況は、この異世界の天下取りの布石でもあり、総仕上げでもある。


 このリーザスの中央に魔王軍の都を作り上げれば、魔王軍は計り知れない恩恵を受けることになるだろう。


 納得はしてくれないまでも、そのことを理解してくれる魔族は多いはずだ。

 ルトラーラなどを始め、頭の回る魔族は理解してくれるだろう。

 問題なのは心の問題であり、情の問題であった。


 城を移すなど簡単なことだと思われがちだが、実はこれがどうしてなかなか難しい。


 事実、前世で戦国と呼ばれた時代、居城を変えた戦国武将は驚くほど少ない。

 九州で覇を唱えた島津氏も結局、薩摩の地から一歩も動かなかった。


 中国地方の覇者毛利氏も。四国の雄、長宗我部氏も。関八州に覇を唱えた後北条氏も、ついぞ拠点を移すことなく、天下人レースから脱落していった。


 むしろ、ぽんぽんと拠点を変えることができる織田信長という人の決断力とカリスマ性の方が異常なのだ。


 この異世界においてもそれは同じで、その決断力と構想力は賞賛に値するが、さてはて、今回もまた居城を移すことはできるだろうか。


 いや、当世界の信長様も圧倒的なカリスマ性を持っている。彼女を畏怖する魔族は多い。


 彼女が遷都すると言ったのならば、もはやそれは決定事項で、覆りようがないのだ。


 それに俺としても遷都に関しては異存はない。

 全面的に協力するつもりでいた。


 もはや俺の心配事は、魔王様の強引な遷都に反感を抱き、後の火種を生まないか、の一点に絞られている。


 俺はなるべく事が上手く運ぶように、ルトラーラに協力を求めることにした。

 彼女に一芝居打って貰う。


 まずはこの街に滞在している第5軍団の軍団長ウルク、それに西部戦線から戻ってきたゲールムーアに説明をする。



「魔王様はこのローザリアの中心に新たな魔王城を築き、そこを拠点とするつもりである」



 凜とした声、偉ぶった声で宣言したのは、第2軍団の長、ガーゴイルのゲルムーアになめられないようにするためである。この男は弱みを見せるとそこにつけ込んでくる。


 実際、弱みを見せなくても難癖をつけてきた。

 ゲルムーアはガーゴイル族独特の甲高い声で反論してきた。


「おいおい、遷都するのはいいにしてもまさかこの人間臭い街をそのまま居城に据えようとかいうんじゃねーだろうな?」


「俺はそうしようと思っている」


「馬鹿を言うんじゃねえ。俺たち魔族がなぜ、人間のお古を使わなければならねーんだ。魔王城といえば魔王軍の象徴だぞ。それを使い古しで我慢しろというのか」


「アーセナムは堅城だ。それに使い回せば建設費用を浮かせられるだろう? いいことずくめじゃないか」

 

 ゲルムーアはやれやれというポーズを取ると、


「ならば俺は反対だな。遷都には協力できない」


「サボタージュするのか?」


「さてね、人足(にんそく)は貸すが、そいつらがやる気になるか保証はできない、と言ってるんだよ」


 それをサボる、というんだよ。そう心の中で思ったが、あえて何も言わずに次の反応を待った。


「これは俺だけの考えじゃないぜ。そこにいるウルクの奴も内心はそう思ってるんじゃないか?」


 ゲルムーアはそう言い放つと顎で巨人の方を見るように指図する。

 俺は素直にサイクロプスのウルクを見上げる。


 ウルクは申し訳なさそうに頭をかきながら、


「アイクよ、残念ながらワシも似たような考えだ。ワシ自身は納得させることができても部下を説き伏せる自信がない」


 と吐息を漏らす。


「なるほど皆の考えは分かった。だが、それでも俺はこのアーセナムに居城を移そうと思っている。なぜならばそれが魔王様の命令だからだ。諸君らには絶対に従って貰う。もしも俺の命令に逆らったり、サボったりする魔族を見つけたら、俺は魔王様に与えられた職権をもってその魔族を処罰する。たとえそれが名門魔族の出だろうが、軍団長だろうが一緒だ」


 言いよどむことなく宣言する。


 その気迫に押されたのだろうか、それとも思わぬ言葉に驚いているのだろうか、しばしの沈黙が続いたが、すぐにゲルムーアは反応した。


 ゲルムーアはガーゴイル族の魔族である。漆黒の肌を持っているが、その肌の色は気持ち悪いほどに赤黒くなっていた。


 彼は率直に思ったことを言語化し、それを体外に排出した。


「ええいッ! この若造が!! 最近、魔王様の覚えが良いからと調子に乗りおって!! 魔王様の威を狩る狐め!! 誰が貴様などの命令など聞くものか!! 俺を反逆者と見なすのならばそうすればいい。自分の領地に籠もり、最後の一兵まで戦うだけよ!!」


 見事な演説であった。

 迫真の演技である。

 ――いや、本気か。ゲルムーアは心底頭にきているようだ。


 もしもこの場に他の軍団長がいなければ、このままそのかぎ爪を俺の喉元に突き刺してきそうな勢いであった。


 周りを見渡す。


 この場にはゲルムーアとウルク、それに魔族の重鎮たちが何人か揃っていたが、大小の差こそあれ、皆が同じような表情をしていた。


 皆、俺のことを、

「魔王様の威を狩る狐め!!」

 そんな表情で見つめていた。


 ただ、一人だけ、眉一つ動かさず、いつものポーカーフェイスを浮かべている女性がいた。


 第4軍団団長のルトラーラである。

 彼女は彫刻のような表情を崩さずに口を開いた。

 その声は琴を奏でるように流麗であったが、発言は苛烈であった。


「ゲルムーアの発言はいささか行き過ぎではある。諸将が集まる中で、魔王様に反逆を口にするなど、たとえ冗談であっても許されるものではない」


「…………」


 その言葉に我を取り戻したのだろうか、ゲルムーアは沈黙する。


「ゆえに私は今の発言を聞かなかったことにする。皆も今の言葉、聞かなかったことにして頂けるとありがたい」


 今、この状況下で魔王軍内で争っているときではない、彼女はそのような趣旨の言葉を述べ、その場を取り繕った。


 次いで俺の方を見つめる。


 その表情は他者を射すくめるように力強く、その口調は戦女神のように勇ましかった。


「ただ、アイク殿の先ほどの発言も看過できないものがある。魔王軍は確かに魔王様のものであるが、アイク殿の先ほどの発言は魔族の自尊心を傷つけるものである。先ほどの言葉は取り消して貰いたい」


 俺は素直に謝罪すると、頭を下げる。

 その姿を見たルトラーラは僅かに口元を歪める。

 他のものも俺の姿を見て、多少は気が晴れたようだ。

 そこでルトラーラはすかさず言葉を続ける。


「よろしい。これにてアイクとゲルムーアの和解と見なす」


 ルトラーラがそう宣言をすると、拍手が巻き起こるが、ルトラーラはそれを無視するとこう言い放った。


「私は魔族だ。ドボルベルクに思い入れがある。私はドボルベルクの城下町で生まれた。幼き頃より、あの城を見上げ育ってきた。初めてドボルベルクに登城した日、手のひらに汗をかき、緊張のあまり、ろくに言葉も出なかった。以来、魔王様の御ため、魔族の未来のため、働いてきた」


 彼女はそこで言葉を句切る。

 聴衆が心を整理する時間を作っているのだろう。

 頃合いを見計らうと演説を再開させる。


「それは諸君らも同じだと思う。しかし、私は同時に魔王様に遷都計画を託された魔族でもある。この遷都はただ魔王様の思いつきで始められたことではない。その裏には計り知れない戦略的な価値があるのだ」


 彼女はそう言いきると、先日、俺が披瀝した遷都の戦略的な意味を皆に説明した。

 ルトラーラの言葉を聞いた魔族は、皆、沈黙する。

 魔王様の配下に無能な魔族はいない。


 彼女の説明を聞いてその意味を理解できないものが魔王軍で栄達できるほど、魔王軍は甘くはない。


 ルトラーラは自分の考えが伝わったのを確認すると、こう付け加えた。

 彼女は問いかけるような口調で言った。


「どうだろう? 確かにドボルベルクから去るのは寂しくもあり、名残惜しい。それにゲルムーアの言うとおり、人間の都市であるアーセナムをそのまま再利用する、というのも魔王軍の(かなえ)軽重(けいちょう)を問われる。ここは魔王軍の武威を、魔王様の威光を世に知らしめるため、アーセナムの側に新たな魔王城を建設するというのはどうだろうか?」


 ルトラーラはそう言い終えると、周囲を見渡す。

 皆、沈黙しているが、否定の感情を表にするものは少なかった。


 ルトラーラがそう言うのであれば、魔王様のお考えがそうであるのならば仕方ない、そんな空気が醸成されつつあった。


 しばしその光景を見つめる。

 俺は沈黙を守る。

 ここで下手なことを口にすれば、この空気が一変する可能性があった。


 俺はこの前軍団長に昇進したばかりの新参者であり、この前生まれたばかりの若輩だ。


 海千山千の強者が集まる魔族の中では赤子がごとき存在だろう。

 ここで俺が何か口にすれば反感を買う。


 そもそも、最初に憎悪(ヘイト)を俺に集中させ、ルトラーラに反対意見を述べさせ、論調をそちらに誘導させる、というのも俺の策のひとつであった。


 そういった意味では、今のところ、俺の策は完全に成功している。

 このままいけばすべて丸く収まるだろう。


 そんな雰囲気になっていたが、そんなさなか、ルトラーラは俺の方に近寄り、耳元でささやく。


「いいのか? このままではすべての憎悪はお前に集まり、手柄は私のものになるぞ」


 能面のような表情だが、そのささやきから察するに俺の立場を心配してくれているようだ。


 改めてルトラーラの顔を見直す。


 魔族の女性の中でも美人に分類される女性だ。しばし観賞していたかったが、あまり長い間見つめているとこの三文芝居が無駄になるだろう。


 俺は簡潔に自分の考えを述べた。


「元々、恨まれるのは慣れていますよ。旅団長時代から。いえ、子供の頃から、かな」

 こんななりをしているが中身は人間である。その考え方や行動に人間らしさが出て、子供の頃から他の魔族に馬鹿にされたり、虐められることがよくあった。


 また旅団長時代、さらに言えば部隊長時代も、同僚や諸先輩方からよく嫉妬されたものだ。


 その手の感情には慣れていたし、これまでもその感情からくる妨害や嫌がらせを何度もはね除けてきた。


 実績や行動によって彼らを黙らせ、信頼を勝ち取ってきたのだ。

 今は生意気な小僧と疎まれても、それが誤りであると誤解を解くこともできる。


 今大事なのは、魔王城の遷都を無事成功させ、魔王様と魔王軍に益をもたらすことであった。


 俺個人が嫌われることなど、些細な問題であった。


「――というわけなので、俺を思う存分悪役にしてください。今は遷都計画を滞りなく成功させる方が重要だ」


 俺がそう言いきると、ルトラーラは僅かに口元を歪めた。


「見事な男だ。さすが魔王様の寵愛を受けているだけはある。ならば最後まで悪役を演じて貰うぞ」


 ルトラーラはそう言うと、他の団長や魔族の説得を始めた。


 俺を悪役に仕立てあげゲルムーアら、武闘派の憎悪を向けさせ、魔王様へ反感が向かわないよう言葉を選び、論調を統一していく。


 数分後、アーセナムの街に集まった魔王軍の幹部たちの見解は一致した。

 魔王城の遷都は決まった、ということである。

 つまり、当初の目的は達した、というわけだ。


 ゲルムーアなどからはさらに蔑まれ、敵対心をあらわにされるようになったが、そんなことはどうでもよかった。


 ゲルムーアのような魔族に好かれるために戦っているわけではない。

 ただ、早く戦乱の世を終わらせたいだけであった。


 ゲルムーアのような男に嫌われるだけでそれが成せるのならば、ダース単位で嫌われても構わなかった。

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