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心優しきものでも統治できる世界

 今現在、魔王様は北方の戦線で戦っておられる。


 セフィーロをリーザスに赴かせるために足止めをされているわけであるが、見事セフィーロはその役目を果たし、リーザスを攻略したのだから、すでに北方戦線を維持する必要はない。


 戦略眼にかけては日本史随一、いや、世界史にも類を見せない魔王様なのだから忠告などされなくても、そのうち戦闘を切りやめ、このリーザスに戻ってこられるだろう。


 さすれば北方の一連の戦役は終わる。

 諸王同盟、魔王軍、両者痛み分け、というところだろうか。


 諸王同盟もアイヒスと大義名分を失ったのだ。これ以上無益な戦いはせずに一旦、体勢を立て直すため、ローザリア国外へと軍を撤退させるだろう。


 一方、西方に向かっていた諸将たち、第1軍団長と第2軍団長はまだ西方の戦線に釘付けにされているようだ。


 理由はいくつかある。


 まずは西方戦線が元から激戦区だったこと。魔王軍の主力の軍団長が投入されており、最初から長期戦を視野に入れていた。


 また派遣された第1軍団長と第2軍団長も魔王軍における武断派、つまり戦争屋なので容易に引かないことは想像できる。


 それに諸王同盟にとって西方は命綱でもある。


 ここが魔王軍の手に落ちれば、ファルス王国やイスマス王国といった諸王同盟の中核国と魔王軍の領土が隣接することになる。是が非でも死守する心構えのようだ。


 俺がそのことを説明すると、我が無能なる参謀オークのジロンはこう締めくくってくれた。


「つまり、魔王軍で一番やっかいそうな二人の軍団長は遅れる、ということですね」


「そういうことだ」


「うーん、それは面倒ですね」


 ジロンは豚のような鼻から吐息を漏らす。


「どうしてそう思う?」


 俺は教師のような口調で訪ねた。


「だって一番小うるさいのを説得できないってことじゃないですか。厄介な奴らから説得するのが筋というものでしょう」


「そういう考え方もあるな」


「他に考え方があるんですかい?」


「こういうふうに考えることもできるぞ。まずは魔王様の考え方に共鳴してくれそうな軍団長二人を口説き落としておく。さすれば遷都に賛成してくれそうな軍団長が4人になる。俺とセフィーロ、それに第4軍団長のルトラーラと第5軍団のウルクだな」


「つまり、旦那はゲルムーアたちがいない間にルトラーラ様たちを口説き落としておこう、と思っているのですか?」


「そういうことだな」


「……はあ」


 ジロンは大きく吐息を漏らす。


「どうしたジロン、ため息などついて?」


「……いや、旦那も政治家になったんだな、とちょっと感慨にふけってしまいましてね」


「なるほど、そういうことか」


 確かに俺の考え方は政治家そのものだな。

 鬼の居ぬ間に組織内で多数派を形成する。

 やっていることは小賢しい政治家そのものであった。

 ただ、俺にいわせると政治家が小賢しくて何が悪い、ということになる。

 政治とは結局、領民を守るために、彼らを飢えさせないためにあるのだ。


最終的に魔王軍のためになるのであれば、民衆のためになるのであれば、俺はどんな汚名でもかぶるつもりでいた。


「とりあえず遷都の責任者は俺がなるんだ。どのみち他の魔族には恨まれるよ。失敗しようが成功しようがな。どうせ恨まれるのならば遷都を成功させて恨まれたい」


 そう断言すると、改めてジロンに協力を申し出た。

 ジロンはため息はつくが厭な顔はしない。

 それどころか張り切りながらこう答えてくれた。


「あっしは第8軍団一の無能ですが、第8軍団一の忠臣ですよ。旦那の命令とあれば地獄の底まで旅をしますよ」


「それは頼もしい。だが、俺たちは魔族だ。俺たちにとって地獄は逆にご褒美なんじゃないか?」


 俺は冗談めかしながらそう笑う。

 それに釣られてジロンも笑う。


「確かにそうですな。ならば天国まで旅をしますよ、旦那」


「そういってくれると助かる」


 ジロンは自分でも宣言している通り無能な参謀だ。

 しかし、彼はこの第8軍団には欠かせない人材となりおおせている。


 サキュバスのリリスやエルフのアネモネを見ているとときに忘れそうになるが、魔王軍は立派な軍隊だ。


 ときには殺伐とした雰囲気に包まれることもある。

 命の危険にさらされることもある。

 仲間の死を目の当たりにすることもある。

 だが、このオークが一匹いるだけで暗くよどんだ空気が一変することがある。


 ジロンが陽気に笑ってくれたり、戯けてくれるだけで、重い空気が吹き飛び、日常を思い出させてくれることがある。


 そういった意味では、この小男は俺の部下の中でも最も役立つ人材といえるのかもしれない。


 リリスのような武勇と魔力を併せ持った魔族、アネモネのような剣技と精霊力を併せ持ったエルフ、探せば彼女たちのような能力を持った人材はいるかもしれないが、目の前にいるオークのような人物はそうそういないだろう。


 余人をもって代えがたい、オークのジロンはそんな参謀だと思う。


 よくセフィーロや他の軍団長に真顔で、

「なぜ、もっとましな参謀を側に置かないのか」

  とからかわれることがあるが、俺はその都度、彼女たちにこう言っている。


「ジロンの奴ほど役に立つ参謀はそうそういませんよ」


 ――その言葉に偽りはないが、本人には直接伝えたことはない。


 今後も伝えることはないだろうが、ともかく、このオークの参謀は第8軍団に欠かせない男であることは確かだ。


 俺は軽くジロンの頭を撫でる。


 オークの男の頭だ。豚の頭のような触り心地である。決して気持ちいい肌触りではなかったが、温もりは伝わってきた。


 ジロンは不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。


「どうしたんですかい? 旦那?」


「――とくに理由はない」


 俺はそう言うとジロンに命令を下した。


「ジロンよ、これから他の軍団長をともなって、アーセナムへ向かう。その間、このリーザスに滞在している第8軍団の指揮権をお前に委ねる」


「え? 俺なんかに任せて貰っていいんですか?」


 ジロンは当然のように尋ねてくるが、俺はこう返した。


「お前だからこそ任せるんだよ。安心しろ、ギュンター殿やアネモネには残って貰う。荒事が起これば彼らが解決してくれるだろう。お前は、負傷兵の手当や領地からの報告をまとめてくれればいい。つまりいつも通りということだ」


 俺はジロンに軍師としての才や魔族としての武力は一切求めていない。

 ただ、行政手腕や命令を忠実に実行する手腕は大いに買っていた。


 役立たずと揶揄されることの多いジロンであるが、平和な時代になれば彼のような人材こそ重宝されるであろう。


 今は乱世の世、どうしても魔王様のような果断にして大胆な人物が必要な時代であったが、もしもその魔王様によってこの大陸が統一されれば、俺はジロンのような人物を後継者に指名して、楽隠居をしたいと思っている。


 逆説的にジロンのような心優しいオークでも領地を統治できるような平和な時代を一刻でも早く作り上げたかった。

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