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遷都計画の妙案

「さて、その妙案とやらを聞かせて貰おうか」


 俺特製の湯飲みを両手で持ちながら緑茶をすする魔女は、そう切り出してきた。


 妙案とは魔王様の遷都案に反対する可能性がある他の軍団長を説得する方法のことを指しているのだろう。


 俺は元上司に説明をする。


「そうですね、例えば団長、いきなり結婚してください、と言われたらどうします?」


「誰にじゃ?」


「別に誰でもいいですが、俺とか」


「いいぞ」


 あっさりと婚約が成立……。

 この人には貞操観念とかがないのだろうか?

 いや、これはたとえが不味かったな。

 俺は軽く咳払いをすると、言い方を変える。


「……それでは俺が団長に金を無心しに行ったとしましょう。団長、金貨1000枚を借用書無しに貸してくれますか。即金で」


「馬鹿を言うでない。第7軍団にそんな余剰金はない。そんな金があれば研究費に回すわい」


「可愛い元部下の頼みでも?」


「可愛いからこそじゃ。金と愛情は別個じゃ」


「まあ、普通はそうですよね。では、じゃあ、この場で金貨10枚貸してくださいよ、と言ったらどうします?」


「10枚か……、ううむ……」


「今、悩んでるでしょう? まあ、10枚くらいならいいか。財布に入ってるし、と思ったでしょう?」


「うむ、確かにそれくらいならばある」


「それに、団長は金貨1000枚の借用を断ったばかりだ。その負い目もある。まあ、10枚くらいならば貸してもいいかな、と思いませんでした?」


「思った」


「それが俺の狙いですよ。こういった交渉ごとの常套手段です。まずは相手が絶対に乗ってこないであろうべらぼうな条件を提示、次になんとか許容できるであろう条件を提示するんです」


「ほうほう」


「すると相手は最初の無理難題に比べればまだましか、と検討してくれる。もしくは最初の無理難題を断った負い目を感じてくれる、というわけです」


「なるほど、妾のような善良な魔女には効果覿面、というわけじゃな」


「……ええ、まあ」


 深くは突っ込まないでおく。心の中でも。


「しかし、そのペテンをどうやって遷都に応用するんじゃ?」


 彼女は当然、疑問をぶつけてくる。

 その疑問に答える。


「魔族の連中はまずドボルベルクからの遷都を厭がりますよね?」


「当然じゃな。ドボルベルクは我ら魔族の故郷でもあり、象徴でもある。今さら故郷を捨てたい魔族などおらん」


「でも、先ほども言いましたが、そろそろ根拠地を移す頃合いかと思います」


「魔王様や妾のような先進的な魔族ならばそう結論に至るだろうがな」


「あとは魔族の振りをした人間もね。さて、話を戻しますが、いくら魔王様が遷都を望んでもそれを望まない魔族は多く出てくるでしょう。不満がくすぶります」

「最悪、また反乱、という可能性もあるな」


「ですね」


「まあ、そのときは妾とお前の軍団で鎮圧すればいい。昔、第3軍団のバステオを討伐したときのように」


 あのときは結局、俺一人で解決したような気がするが、無視をすると反対する。


「ローザリアの王都を落としましたが、まだまだ人間たちの勢力は健在ですよ。ここで今、内乱をおっぱじめたら、それこそ人間たちと同じ轍を踏む。せっかく占領したリーザスを奪還されかねない」


「むう、それは困るな」


「ですよね。ならばここは穏当に納得して貰うのが一番なんですよ」


「ふむ、それがさっき話したペテンか」


「ええ、まずは他の軍団長に絶対承知できない無理難題を押しつけます。そしてそれを大反対させておいて、妥協として新たな案を提示する。それが俺の方針です」


「ふむ、まるで通商連合の商人のようなやり口じゃな」


「お褒めにあずかり恐縮です」


「お前の婚約者の母親がさぞ喜ぶことだろう。我が婿殿はまさしく商人になるために生まれてきた男じゃとな」


「………………」


 ここで通商連合の長、エルトリアの名前を出されるとは思っていなかったので、思わず沈黙してしまうが、セフィーロはそれを楽しむかのように俺の仮面を覗き込むと、こう続けた。


「さて、未来の大商人であるアイクよ。大まかな方針は分かったが、具体的にはどうやってあの堅物どもを説き伏せるつもりなのじゃ?」


 仮面の下の表情を作り直すと答えた。


「それは団長にも内緒にしておきましょうか」


「ほう、妾にも内緒か。この薄情者め。妾はお前をそんな男に育てた覚えはないぞ」

「育てられた覚えは一切ありませんが」


「おしめを替えてやっただろう」


 おしめを代えただけで親権を主張できるのならば、親権を争う裁判は大変なことになるだろうな。そう思ったが口にはせず、こう続ける。


「団長がこの世で二番目に嫌いなことは退屈ですよね?」


「うむ、ちなみに一番目は内緒じゃ」


 曰く、乙女たるもの秘密のひとつくらい隠しているのがたしなみらしい。


 何百年も生きている魔女の言葉であることを除けばある意味正しいが、丁重に無視をすると俺はこう主張する。


「ならばこれは老婆心ですよ。団長を退屈させないための余興だと思ってください。サプライズというやつです。当日まで隠しておけば、団長も退屈せずに済むでしょう?」


「ふむ、まあ、確かに手品師のペテンの種をあらかじめ聞いておくのも無粋というものか……」


 ちなみに彼女は無粋という言葉が9番目くらいに嫌いらしい。


 俺の意図と余興を理解してくれた魔女は、許可を取ることなく、俺の執務室の椅子に座ると足を組む。


 艶めかしい姿だったが、彼女は気にした様子もなく、こう締めくくった。


「さて、それでは奈落の守護者の忘れ形見よ。見事、他の軍団長たちを説き伏せ、この大陸の中心に新たな魔王城を建設してみせよ!」


 その口調はまるで俺が旅団長のときのような気易いものだったが、気にはならなかった。


 今は立場上、同格であるが、この魔女に丁寧語を使われる方が気持ち悪い。


 もしもそのような日が来るとしたら、その日は仏滅と13日に金曜日と日蝕が重なった凶日だろう。

 あるいはこの大陸中の火山が爆発する大天災が起るかも知れない。


 ――もしくは俺が魔王になるとか。


 どれもが絶対に有り得ない事態なので、その夢想を捨て去ると、さっそく、他の軍団長たちを説き伏せる準備を始めた。


 もっとも、準備といっても、そんな仰々しいものではなく、セフィーロの言ったとおり、ただのペテンでしかないのだが。


 しかし、だからこそ、入念に準備をし、確実に成功させたかった。

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