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新しい魔王城

 ローザリア王国の王都リーザスに揺らめく魔王軍の御旗――。


 魔王軍の軍旗はリーザスの町中に掲げられ、この都市が魔王軍の所有物であることを声高に宣言しているようであった。


 魔族や魔物には誇らしくもあり、喜ばしいことだったが、人間たちの目から見れば恥辱に思えるかも知れない。


 それを証拠に、いつもは活況に満ちているはずの王都の目抜き通りも、今日は葬式でも行なわれているかのように静まりかえっていた。


 その光景を与えられた屋敷から見下ろしていた。

「やれやれ、これではまるで我々魔王軍が悪役だな」

 俺は溜息を漏らすと、メイドであるサティに同意を求めた。


「王都の皆さんはまだ魔王軍の、いえ、ご主人さまの慈悲深さを知らないのでしょう」


「そうだといいんだけど」


 そう返すと、一番の心配を述べた。


「今はまだ魔王軍への恐怖が萎縮に繋がってくれてるからいいが、これが怒りに繋がれば市民が反乱を起こすかもしれない。そうなれば厄介だな」


「魔王軍に反抗するローザリアの軍隊は壊滅したとうかがいましたが?」


「軍隊は壊滅しても、市民はまだ生きている。この世界は誰もが戦士になれる世界だ。鍬や鋤だって凶器になる。どの家にも包丁くらいある。石だって立派な凶器になる」


「石が武器になるのですか?」


 サティは不思議そうな顔で問いかけてきた。


「投石は立派な武器だよ」


 事実、前世において投石は立派な凶器だ。洋の東西問わず。


 古くは猶太(ユダヤ)の英雄王ダビデが、巨人兵(ゴリアテ)を投石で倒した伝説もあるし、古代ギリシャでは投石(スリング)兵が猛威を振るっていた。戦国時代も投石部隊が存在した。


 それはこの異世界でも同じで、人間側、魔族側含め、投石部隊は重要な戦力であった。


 それゆえに武器を持っていないからといって、市民を舐めているととんでもないしっぺ返しを喰らうことになる。


 その点だけは注意したかったが、さて、その注意もどこまで及ぶか、といったのが今の魔王軍の現状であった。


「ご主人さまが統治されるのならば、なんの問題もないのでしょうか?」


 メイドのサティはそう尋ねてくる。


「どうしてそう思うんだ?」


 俺はサティに尋ね返す。


「ご主人さまの支配した街ではまだ一回も反乱が起っていません。イヴァリースに至っては赴任した当初よりも街が豊になったと街の人たちは喜ばれていますよ」


「なるほど、サティは俺の過去の実績を評価してくれた、というわけか」


「ご主人さまを評価するだなんておこがましい。サティは事実を述べただけです」


「うん、まあ、自分で言うのもなんだけど、統治に関しては魔王軍でも上から数えた方が早いんじゃないかな」


「はい、ご主人さまは魔族の方の気持ちも人間の方の気持ち分かりますし」


「それが俺の長所なのだろうな。まあ、他の軍団長に言わせれば甘い、もしくは変人に見えるのだろうけど……」


「はい、ですので、きっとこのリーザスの街もご主人さまが統治されれば、きっとすぐに平穏を取り戻し、日常の生活を取り戻すと思いますよ」


 サティはそう断言すると、「ご主人さま、紅茶とシフォンケーキはいかがですか?」と続けた。


 俺は「うむ」と続けたいところだったが、「ちょっと待ってくれ」と続ける。

 まだ、彼女に話していないことがあったのだ。

 真剣な面持ちで続ける。


「サティよ、確かに俺が統治すればこの街は問題なく運営されるかも知れない。反乱ひとつ起こされず、滞りなくトリスタンに返却されるだろうな」


 俺はそこで言葉を句切ると、ただ、ひとつだけ問題がある、と続けた。


 結構真剣な表情と声色だ。無論、俺の顔には『変化の仮面』がはめられているため、彼女には表情は見えていないだろうが。


 一呼吸置くとその重大な問題をサティに告げた。


「魔王軍には『切り取り次第』という風習があってな。特別な事情がない限り、その土地を奪った軍団がその土地の支配者になるんだ」


「といいますと?」


 サティは不思議そうに尋ねてくる。

 彼女はこのリーザスを落とした経緯を知らないのだろう。


 このリーザスが、俺がローザリア軍最後の軍隊を引きつけている間に、第7軍団のセフィーロが落としたという経緯がある。


 そのことをサティにかいつまんで説明すると、サティはやっとその問題点に気が付き始めたようだ。


 サティに端的に事実を説明する。


「つまり、この都市の支配を任せられるのは、麗しの我が元上司セフィーロということになる」


 その言葉を聞いたサティは珍しく口をぽかんと開けると、


「まあ」


 と少し困惑した顔をした。


 その表情がことの重大さを物語っているような気がする。

 セフィーロは無能な魔族ではない。

 また残忍な魔族でもない。


 ただ、ちゃらんぽらんというか、自分の興味のないことにはとんと興味のない魔族であった。


 そんな女性にこの大都市の、ましてやローザリアの首都を任せても大丈夫なのであろうか?


 我が元上司のことながら心配してしまうが、今のところ大きな混乱も反乱もないところを見ると、彼女の統治は上手くいっているのだろう。


 それに第7軍団という軍団は、軍団長はいい加減ではあるが、その分、旅団レベルでは良い人材が揃っている。


 牙獣旅団のクシャナというマンティコアの老人は戦場でも役に立つが、内政面でも役に立つ人材だ。俺が軍団長として自立した今、彼は第7軍団の副団長として軍事政治面の要となっている。


 それにセフィーロは優秀な文官も揃えている。


 以前、旅団長会議の時に俺に『血液のお茶』を注いでくれた魔族の秘書官を筆頭に、有能で勤勉な官僚を揃えている。


 逆にセフィーロが怠けていてくれた方が、滞りなくリーザスの統治は上手くいくかもしれない。


 俺がその意見を述べると、サティは僅かに表情を崩し、クスクスと笑う。


「そうですね、確かにご主人さまのおっしゃる通りかもしれません」


「まあ、あの魔女のことだ。なにか面白い物を見つけたらそちらに飛びつくだろう」


 俺も釣られて笑いながらそう補足すると、コンコン、というノックの音が聞こえた。


 どうやら来客がやってきたようだ。

 このドアの叩き方はオークのジロンだろう。

 入室を許可すると、ジロンはこう告げた。


「旦那、セフィーロ様がやってきまし――」


 ジロンが言葉を最後まで続けられなかったのは、言葉を言い終えるのよりも先にそのセフィーロが室内に入ってきたからである。


 彼女はにたにたと人の悪い顔を浮かべていた。

 その様子を見て俺は吐息を漏らしながら、サティに言った。


「どうやら、なにか面白いことを見つけたみたいだよ」


「そのようですね、ご主人さま。――今、葡萄酒を持ってきます」


 サティは気を利かせるため、そう言ってくれる。


 調子に乗っているセフィーロは、「小娘、妾は最高級のペルーナ産しか飲まぬからの」と軽口を叩くがサティは困惑しているようだ。


 どうやらこの借り上げている貴族の館にはペルーナ産の葡萄酒がないらしい。

 俺は彼女に「安物でいい」と目配せする。


 どうせグラスに注げば分からないだろう、と、視線を送ったが、彼女はそれだけで察してくれたのだろう。


 流石はサティだ。

 それだけの情報で見事、俺の指示通りに葡萄酒を持ってやってきた。


 しかもセフィーロもセフィーロで、「これはペルーナ産です」と前置きすれば、


「うむ、やはり妾の肥えた舌にはこの貴腐葡萄酒しか口に合わぬの」


 と、言ってのける。

 相変わらずの味覚音痴である。

 

俺も合わせて、安葡萄酒に口を付けると、彼女に尋ねた。


「リーザス統治の戦後処理で忙しいはずの団長がなんの用ですか? まさか晩酌の付き合いをさせるためにやってきた、とかいうのではないでしょうね?」


「晩酌の付き合いをさせるためやってきた、と言っても今さらお前は驚かないじゃろう」


「……たしかに」


「まあ、晩酌の付き合いをさせるためにやってきたのじゃが。軍団長とはいえ、ひとときの安らぎは必要じゃろう?」


「………………」


「今、いつも休んでる癖に、という顔をしたな。妾がクシャナや文官たちにすべてを押しつけてる、と思ったな」


「滅相もございません」


 ――いや、思ってるけど。この魔女は仮面越しに俺の表情を読めるのだろうか。

 それともさっそくこの部屋に盗聴器の類いでも仕掛けられているのかな。

 そんな想像を巡らせたが、セフィーロは続けてくる。


「息抜きは建前じゃよ。まさか本当にそれだけの理由で来るわけがあるまい。そうじゃの、息抜きは8割くらいの理由かの」


 それでも8割もあるのか。

 流石は堕落の魔女だ、そう思ったが、口にはせずこう尋ねた。


「それでは残りの2割の方の理由を聞きましょうか」


「まあ、そう急くな。人生は長い」


「団長にとっては一年は一瞬かもしれませんが、人間(おれ)にとっては貴重なのです」


「それは妾が何百年も生きていることに対する皮肉か」


「とんでもない」


 と否定すると、「ほんとか?」とジト目で見詰めてくる黒禍の魔女。

 彼女の魔眼にしばし耐えると、真の来訪の理由を聞き出すことができた。

 彼女は朝食のメニューを決めるよりもあっさりとした口調でこう言ってのけた。



「近く、魔王様がローザリアの中央部に新しい魔王城を建設なさる。その城普請をお前と妾と第4軍団のルトラーラがやることになった」



 光栄に思えい、と言うとセフィーロは得意げな顔で葡萄酒を飲み干した。

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