剣に生き、剣に死ぬ ††
††(アインゴッド視点)
アインゴッドの身体には無数の傷があった。
右肩にある矢傷は初陣で敵兵から受けたものであった。
左頬にある刀傷は昔、野盗を捕らえるときにできたものだ。
腹部にある風穴は先ほど、竜騎兵なる奇っ怪な部隊の攻撃によって受けたものであった。
アインゴッドの身体には鉛玉がめり込んでいたが、幸いなことに上手く内臓を避けてくれたのだろう。
致命傷ではなかったし、采配を振るにはなんの問題もなかった。
ただ、部下たちに負傷したことを気取られないよう注意する。
この老将に最後まで付き従ってくれた部下たちだ。
たかが鉛玉を喰らったくらいで弱音を吐いてしまったら、彼らの忠義に水を差すことになる。
もはや『敗北』は避けられぬが、それでも尚、ローザリア最後の将が部下の前で弱気を見せるわけにはいかなかった。
アインゴッドは己の首を取ろうと襲い掛かってくるゴブリンをその槍で一突きにすると、ゴブリンを投げ捨てた。
先ほどから数え切れないほどのゴブリン、オーク、人間、それにドワーフも倒しているが、その数は一向に減る様子はなかった。
敵は無限に湧いてくるのだろうか?
部下にそのことを尋ねたが、部下は首を横に振る。
「アインゴッド様、どうやら我が王都は敵軍の手に落ちたようです。そこから増援がやってきているようで」
その言葉を聞いたアインゴッドは王都がある方向へ振り向くと、呟くように尋ねた。
「……そうか、難攻にして不落の我が王都もついに敵の手に落ちたか」
口惜しいことだったが、嘆きはしなかった。
定められた未来だと思ったからだ。
魔王軍の勢いは飛ぶ鳥を落とすような勢いであった。
目の前の第8軍団に象徴されるようにその勢いは凄まじく、沈まぬ太陽のような勢いがあった。
ただ、ひとつだけ気になる点があった。
アインゴッドは部下にそれを尋ねる。
「陛下は、陛下はどうした?」
陛下とは無論、現在の正当な王トリスタン3世ではなく、その弟君であらせられるランベールである。
アインゴッドの主であるアイヒス公が担ぎ出し、王位を得た気弱な少年だ。
自分から望んで王位に就いたわけではない。
大人の勝手な理屈で担ぎ出された少年に、アインゴッドは同情心を抱いていた。
部下はその気持ちを汲んでいてくれていたのだろう。ランベールのことも報告してくれた。
「ランベール陛下は、近習のものと共に王都を脱出されました。北方に落ち延び、そこで一市民として生活して頂く予定です」
「そうか……、それがいい。さすればもはや王宮の陰謀に巻き込まれることもあるまい。陛下には一市民として平穏に生き、穏やかに人生を過ごされて欲しい」
それが偽らざる本音であった。
その陰謀に巻き込んでしまった本人が口にする資格はないのだろうが。
アインゴッドは次ぎに、自分の主君であるアイヒスの安否を尋ねた。
「………………」
部下は無言でこちらを見詰める。
なるほど、それが答えと言うことだろう。
宰相閣下はどうやら自害されたようだ。
服毒か、部下に首を刎ねさせたか、そこまでは分からないが、すでに一足先に冥府への門をくぐっておられるようだ。
王国宰相ウーベルク公アイヒス。
貧乏貴族の三男に生まれ、王国宰相にまで成り上がった傑物。
後世の歴史家は彼を『悪』と断罪するだろうが、アインゴッドだけは主の正義を信じていた。
アイヒスは、魔王軍からローザリアを守るため、その伝統と王家の血筋を守るため、クーデターを起こしたのだ。
決して私利私欲のために国権を我が物にしたわけではない。
アインゴッドもアイヒスの志に共感し、彼の矛となり、盾となり、戦ってきたが、いよいよその武運も尽きた、ということか。
「しかし、主よりも長く生き残るなどとは思っていなかった」
この戦は負ける。
出陣前にそう確信していたが、まさか王都を留守にしている間に王都をかすめ取られるとは夢にも思っていなかった。
これもすべては目の前の軍団を指揮する男、魔王軍の懐刀の異名を持つ魔術師の仕業だろうか。
彼の名が戦場に轟くようになって以来、魔王軍は破竹の勢いで快進撃を続け、ローザリアは奈落に落ちていくが如く勢いで領土をかすめ取られていった。
無論、第8軍団だけが武勲を立てているわけではなく、魔王軍全体に苦戦を強いられているのだが、他の将軍や騎士団長と話すといつも彼の名前が上がる。
「あのアイクとかいう小僧がいなければ」
と――。
実際に剣を交えてみて、その感想は正しかったと認識することになった。
「魔王軍最強の魔術師か。最後に戦った相手としては悪くない」
むしろ、どこぞの名の知れぬ男に討ち取られるより、遙かに名誉な最後だと思われた。
「……さて、そのような名将と渡り合えたのだ。想像していたよりも遅くなったが、先にあの世に旅立った部下や仲間たちにこのことを自慢しようか」
アインゴッドという男は、腹に鉛弾を喰らい、全身に矢を受けながらも、最後まで戦い抜いた、と。
その槍を振るうことを止めなかった、と。
アインゴッドはそう呟くと、最後まで付き従ってくれた部下たちに命令を下した。
「今更、命を惜しむものなどいないと思うが、ここからは完全にワシの私闘だ。付いてきたいものは付いてこい。去りたいものは去れ」
残った手勢は僅かだったが、誰一人、恐怖の色を示さなかった。
アインゴッドは部下たちの忠義と勇気に感謝すると、馬を走らせた。
見ればいつの間にか雨は止んでいた。
眼前には敵の鉄砲隊が展開していた。
その姿を見てアインゴッドは思う。
「なるほど、これで地獄で待っている仲間たちにまたひとつ土産話ができたわい」
どうやらアインゴッドは歴史上、初めて銃によって討ち取られた将軍として名を馳せることになるらしい。
アインゴッドは他人事のようにそんな感想を漏らすと、全身に鉛玉を受けた。
伯爵家に生を受けて60余年、その人生の過半は戦場と共にあった。
彼に付き従った部下たちは彼よりも若干、長命を保った。
主の首を奪われまいと必死で戦ったが、奮闘空しく、数時間後にアインゴッドの部隊は全滅した。
その苛烈な光景を見て、第8軍団のとあるゴブリンはこう呟いた。
戦友が死んだとき、俺は悲しんだが泣きはしなかった。
だが、主を庇い、最期まで戦い抜いたローザリア兵を見たとき、俺は泣いた。
主を庇うため、大量の屍となった人間を見たとき、俺は初めて戦場で泣いた。




