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大将軍の奇計

 俺の基本戦術はリーザスの軍隊を引きつけ、その間に第7軍団のセフィーロにリーザスの王都を急襲して貰う。


 というものであった。


 つまり、北部戦線に向かったセフィーロに反転して貰い王都を攻め落として貰うのである。


 単純にして明快な作戦であったが、ひとつだけ問題があった。



「もしもセフィーロさまが反転してこなかったらどうされるおつもりですか?」



 オークの参謀ジロンは、作戦の問題点を突いてきた。

 意外と勘が鋭いというか、俺が恐れていることを明確に突いてきて驚いた。


「なぜ、そう思うんだ?」


「いえ、深い意味は。勿論、セフィーロ様が我々を裏切るなんて夢にも思っていませんが」


「さて、それはどうかな。あの人は抜け目がないからな。もしも魔王軍が不利になれば、諸王同盟に寝返るかも知れないぞ」


「ま、まさか、そんな……」


 ジロンは絶句するが、俺は冗談だよ、と返す。


「まあ、魔王軍で好き勝手できるうちはこちらの味方でいてくれるはずだ。諸王同盟に団長を扱いきれる王がいるとも思えない。ただ、俺が心配しているのは北部戦線だ」


 敵軍の数は5万になるという。

 魔王様直属部隊は1万、セフィーロの第7軍団は4000といったところだろうか。


 魔王様の部隊は魔王軍の中でも最強の精鋭で固められているが、それでも5倍の数を足止めするのはきついはずだ。


 セフィーロの軍だけ反転して王都を強襲する約束だが、そんな余裕などなく、北部戦線に張り付けられている状況も考えられる。


 俺がそのことを説明すると、ジロンは「そんなことがあり得るのでしょうか?」と尋ねてきた。


「分からない。未知数過ぎる。今の俺たちにできるのは魔王様が上手く敵を足止めし、セフィーロが反転する余裕を作ってくれることを信じるだけだ」


 そう言うと、ジロンに「まずは他人の心配よりも自分たちの心配をしよう」と提案した。


 セフィーロが援軍にやってきてくれるか。

 それが間に合うか否かはもはや俺の手の及ばないところである。


 だが、目の前にやってくるであろうリーザスの軍隊に対処するのは俺の仕事であった。


 敵将はリーザスでも名将の誉れ高いアインゴッド将軍である。

 生半可な戦法では打ち勝てないだろう。

 そう思った俺は、何重にも馬防柵を作り、塹壕も掘った。

 これで敵の突撃は防げるだろう。


 それに馬防柵や塹壕に苦慮している間に火縄銃の雨を浴びせさせられるはずである。


 敵はローザリアの大将軍だ。

 それだけでは勝てないだろうが、ともかく、やらないよりはましであった。





 陣地を構築し始めてから数週間が経過した。

 敵軍はなかなかやってこない。

 あからさますぎたかな、と危惧した。

 たったの一軍団が残り、他の軍団を移動させ、他の戦線に移る。

 敵から見れば露骨な罠に見えるかもしれない。

 敵は警戒し、動かないのかも知れない。


 そうなればセフィーロの援軍うんぬんの話ではなく、作戦の前提条件さえ満たせない。



「これは少し自惚れすぎたかな」



 最初は完璧な作戦かと思ったが、敵を侮っていたのかも知れない。


 そう思い魔王様や他の軍団に作戦の失敗を告げる使者を送ろうとしたとき、変化が起った。


 陣内で戦況を見守っている俺の鼻筋にぽつりと一滴の水が垂れる。


 最初の一滴が俺の鼻筋に落ちると、やがて二滴目が俺の髪を湿らせ、三滴目が俺の肩に掛かった。


 手のひらを広げると、雨の存在を確認した。

 小粒だった雨はやがて大粒となり。俺の身体を濡らし始めた。



「なるほど……」

 


 俺は独語する。


「敵が待っていたのはこれか」


 俺の言葉にジロンは反応する。


「だ、旦那どういうことでしょうか?」


「敵軍は雨を待っていたんだよ。雨の中ならば火縄銃は使えない」


 少なくとも俺の用意した火縄銃は防水対策などしていなかった。


「な、それってやばくないですか? 鉄砲隊は我が軍の主力です。それが使えないだなんて」


「嘆いたって雨が止むわけじゃない。仕方ない。鉄砲隊は後ろに下がらせろ。代わりにドワーフの戦士隊とリリスの部隊を前線に立たせろ」


 俺がそう命令をすると、ジロンは即座に「はい!」と伝令を飛ばした。

 その姿を見送ると、もう一度呟く。


「まったく、名将とは良くいったものだ。こちらの手の内、弱点を知り尽くしているんじゃないかな」


 そう溜息を漏らしながら前線に向かった。

 銃が使えない以上、俺も戦線に加わり、戦力を補強するしかなかった。





 雨が降ると同時に敵軍は現れた。

 敵軍はこの瞬間を見計らって襲ってきたのだろう。


 第8軍団という軍団には鉄砲という強力な兵器があり、それがどれほど厄介であるか研究され尽くされているようだ。


「まあ、当然そうなるよな。鉄砲という武器は何百人もの人命を奪ってきたし、そろそろ対策されるかもとは思っていたが」


 それがよりによって今、この時とは運が悪かった。


 ――いや、運のせいにするのはよくないか。


 アインゴッドという男はやはり非凡である。

 すべては奴の手のひらの上なのだろう。

 魔王軍を徹底的に研究し、この日に備えていたのかもしれない。


「まったく、ローザリアの大将軍様は容赦がない」


 しかし、いくら嘆いたところで雨が止むわけでもなかった。

 俺は鉄砲隊を完全に戦力外にすると、作戦を練り直した。

 まずはギュンターとリリスの部隊を前面に出し、敵軍の猛攻を凌ぎきる。

 その間、鉄砲隊を交代させ、エルフの部隊を前線に出す。


 エルフは皆、弓の名手だ。鉄砲隊の代わりにはならないが、弓には弓のメリットがあった。


 弓という武器は鉄砲のような威力も射程もないが、その代わり射線に特徴があった。


 弓という武器は弧を描くように、山なりになるような軌道を描き、放たれるのだ。

 つまり、前面に仲間がいても放つことができるわけである。


 無論、乱戦の最中に放てば味方にも突き刺さることがあったが、第8軍団の同盟者であるエルフたちはひと味違った。


 彼ら彼女たちは皆、弓の名手であると同時に精霊使いでもある。


 風精霊の力を借り、鉄砲並みの射程を得ることもできたし、その命中精度は特筆に値した。


 アネモネ率いるエルフたちは敵の予想外の距離から敵の眉間を射貫き、乱戦の最中でも的確に敵の喉笛に矢を突き立てた。


 エルフの弓部隊は100名前後の少数であったが、その威力は中世イギリスの長弓部隊を彷彿とさせる。


 エルフたちは100年戦争を終結に導いた長弓部隊のように、あるいはロビン・フッドとその仲間たちのように勇ましく敵兵を打ち倒していった。


 これには敵軍も堪りかねて、一時撤退の様子を見せたが、それも一時であった。

 的確に放たれる矢も次第に軌道が逸れていく。

 エルフたちの弓の腕が落ちたわけではない。敵も対策をしてきたのだ。

 前線に魔術師たちが出てきたようだ。


 魔術師たちは《暴風(ハリケーン)》の魔法を使い矢の軌道をずらし、《障壁(バリアー)》の魔法で矢を遮った。


 参謀のジロンはうなる。


「うーん、なんか旦那みたいな手を使ってきますね」


「俺みたいな手か。言い得て妙だな」


 確か以前、同じ魔法を使い、敵の弓矢を防いだことがある。


「旦那の猿まねだ」


 とジロンは主張するが、まさかアインゴッドが俺の戦い方を全て見聞し、研究していたわけでもあるまい。


 恐らくではあるが、知者とは同じ道を辿るものなのだろう。

 少なくともアインゴッドの采配能力は俺と同等かそれ以上、ということになる。

 ならば次ぎに奴らが仕掛けてくる手も想像できた。

 俺はジロンに命令し、先日組織したばかりの水軍を使うように命令を下した。

 魚人(サハギン)や水棲の魔物で構成された部隊を作っておいたのだ。


「どういう意味でしょうか? ここは陸の上ですぜ?」


「いいから黙って命令に従え。奴が俺と同じく小賢しい真似が好きならば、船を使って俺たちの後ろを突いてくるはずだ」


 ジロンは「まさか」という顔をしつつも、俺の命令に従う。

 十数分後、俺の想像したとおりの結果になった。

 川上から小舟の船団がやってきたのである。


 サハギンたちは川岸に上陸される前に敵の船に穴を開け、敵の船に乗り込んでは敵を打ち倒していった。


 ジロンは、

「旦那は予言者ですか」

 と驚きの声を上げる。


「数週間も時間が合ったんだ。小舟くらい用意できるだろう」


 無難にそう答える。俺の頭の中は采配を振るうことで一杯であった。

 敵軍の将はやはりローザリア一の名将だ。

 緒戦はこちらの有利に運べたが、それがこのまま続くとは限らない。

 敵軍の数は10000、第8軍団は2000。

 その数の差はざっと5倍だった。

 俺は緒戦の勝利に浮かれているほど間抜けではなかった。

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