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背水の陣

「背水の陣を敷かれるのですか?」


 それが自分の部下に作戦の概要を話したときの第一声だった。

 自分の陣に戻ると、主だった部下たちを集め、作戦の概要を披瀝した。

 驚きの声を上げる部下たちに説明する。


「そうだ。今回のリーザス攻略、俺たち第8軍団だけで攻略することになった」


 その言葉を聞いたオークの参謀ジロンは、きょとん、とした顔で尋ね返してきた。


「あ、あの、旦那、今なんていいました?」


「今回のリーザス攻略、俺たち第8軍団だけで攻略することになった」


 再び繰り返す。


「……ええと、あっしの耳が悪くなったのでしょうか? それともオレはまだ夢の中でしょうか? 旦那がとんでもないことを言っているように聞こえますが」


「お前の耳は正常だよ。それにこれは夢でもない」


 俺がそういうとジロンは顔面を蒼白にさせる。

 その緑色の肌から玉のような汗を滲ませながら質問してきた。


「あ、あの、リーザスには万近い軍隊が駐留してるんですよね、まだ」


「しているな」


「リーザス自体は大陸でも屈指の大都市で、その城壁も分厚いんですよね」


「分厚いな」


「それをたったの一軍団で攻略しろっていうんですか? 我々は2000名規模の軍団ですよ」


「それをたったの2000名で攻略するんだよ。これはもう決まったことだ。今更決定は覆らない」


「そ、そんな無茶苦茶な……」


 ジロンは絶句するが、代わりに尋ねてきたのはドワーフの王ギュンターであった。


「しかし、魔王殿も無茶を言われる。せっかく包囲した軍団を解散して、アイク殿にすべてを押しつけて逃亡するのか。これでは我らに死ね、と言っているようにも聞こえるが」


 ギュンターは非難めいた口調で言った。

 寡黙にして剛健なギュンターには珍しい言葉だったが、俺は否定する。


「いえ、ギュンター殿、これは魔王様の命令ではありません。俺自身が提案し、立案した作戦です」


 その言葉を聞いた諸将は驚愕の表情をする。

 一同を代表してギュンターは尋ねてきた。


「……なるほど、つまりアイク殿には必勝の策がある、と?」


「あります」


 と、俺は即答する。


 その言葉を聞いたギュンターは、


「ならばワシが文句を言う筋合いはないな。アイク殿がそうおっしゃられるのならば何か良案があるのだろう。それに従うのが同盟者としての筋だろう」


 と、納得してくれた。


 第8軍団の年長者であり、他の軍団員からも信頼されているドワーフの王がそう言うと場の混乱が少し収まったように思える。


 ギュンターの全幅の信頼は有り難かった。

 俺は彼の気持ちに答えるため、作戦の詳細を説明する。


「先ほども話したが、現在、西方と北方、両方から諸王同盟が進軍しつつある」


「それは先ほど聞きました。奴らローザリアの内乱を静観していたのではなく、虎視眈々と漁夫の利を狙っていたのですね」


 リリスは悔しそうに言う。


「どうやらそのようだな。魔王軍が包囲した瞬間から、ローザリアは見捨てられたのだろう」


「つまり、トリスタン陛下が復位されようが、アイヒス一派が勝とうが、どうでもいい、と奴らは決断したんですね」


「そうだな」


「狡猾な奴らですね」


 と、リリスは青筋を立てて怒る。


「いや、したたか、というべきかな」


 もしも俺が諸王同盟の立場なら同じことをするかもしれない。

 もはやローザリアに利用価値はなし、と見なし、その領土を分割統治する。

 多少の戦略眼と冷徹さを備えていればそういう結論になる。


「その可能性を考えていなかったわけじゃないが、まさかこんなにも早く決断してくるとは思わなかった。そういう意味では魔王軍の見通しは甘かったのかもしれない」


 俺は素直に謝罪したが、部下たちは怒るぞぶりは見せなかった。


 ギュンターは、


「気にすることはない。戦争とは相手あってのものだ。机上の空論で片づけられないこともままある」


 と、励ましてくれた。


 リリスも同様に励ましてくれる。


「そうですよ。アイク様が謝れる筋合いの話ではありません。ここは人間同士の盟約を破りローザリアに攻め込んできた諸王同盟の腹黒さを責めるべきでしょう」


 リリスは鼻息荒く言い切ると、


「さあ、早くリーザスに籠もる連中を蹴散らして、ついでに諸王同盟の奴らもぎったんぎったんにしてやりましょう」


 と続けた。


 その心遣いは有り難がったが、彼女に冷静になるように促す。


「まあ、待て。ものには順序がある。古の盟約を反故にしてローザリアに攻めてきたのは諸王同盟の悪徳だが、今更それを責めても仕方ない。奴らにはいつかそれ相応の報いを受けて貰うとして、それよりも先にまずは目先の王都攻略に注力したい」


「それなのですが、旦那、旦那は第8軍団だけでリーザスを攻め落とす自信があるんですか? あっしには無茶というか、不可能なようにしか思えないのですが」


「普通にやったのでは不可能だろうな。だから今回は搦め手を使う。まあ、奇策という奴だな」


 俺はそう言い切ると作戦の概要を部下たちに説明することにした。

 テーブルの上に広げられたリーザス付近の地図を指さす。


「最初にいったが、今回の戦、我が第8軍団のみで戦う」


「他の軍団はその間、なにをするのでしょうか?」


「魔王様の本軍とセフィーロの軍団は北上し、諸王同盟を足止めする。どこまでやれるかは分からないが、それでしばらくは時間を稼げるだろう」


「第4軍団と第5軍団は?」


「西方への援軍だな。今、西方には第1軍団と第2軍団がいるが、それだけだと心許ないからな」


「つまり、文字通りリーザスには我々第8軍団しか残されていない、というわけですな」


「その通り。だが、落胆しなくていいぞ、俺は逆にこれは好機だと思っている」


 俺の言葉に反応したのはギュンターだった。

 彼は真剣な面持ちで尋ねてくる。


「……好機とはいかに、ワシには絶体絶命の危機に思えるが」


「物の見方を変えるんですよ。いや、視点を変えると言うべきかな。確かにこれは俺たち魔王軍には危機に見えるが、それは敵も同じなんじゃないか、そう思いこの作戦を立案したんです」


「あっしにはよく分かりません。もっと分かりやすく説明して貰えますか?」


 ジロンがそう言うとリリスも「右に同じです」と言った。

 俺は彼らにも分かりやすく説明することにした。


「敵というのは諸王同盟ではなく、アイヒス一派だ。確かに諸王同盟の裏切りは計算外だが、それは奴らにとっても同じはず、俺はそういう結論に至った」


 その言葉を聞いて一番最初に俺の策に気が付いたのは、意外にもアリステアだった。


 彼女は「分かりました!」というと、俺の考えていることを代わりに説明してくれた。


「今回の裏切りは我々だけではなく、アイヒスにとっても計算外の出来事。つまり、アイヒスは一刻も早くこの事態に対処しなければならない、ということですね」


 俺は白銀の鎧を纏った女性に、

「ご名答」

 と賛辞を送ると、更に詳細に補足した。


「つまり、アイヒスの奴は、この状況下では必ず動かなくてはならない、ということだよ。奴は諸王同盟を討伐するため、必ずリーザスから打って出る。そうしなければ、じり貧に陥るからな」


「ええ、このままリーザスに亀のように引き籠もっていれば、北方や西方の地方貴族だけでなく、リーザス城内に留まっている貴族たちも不審の声を上げるでしょう。諸王同盟に鞍替えする貴族、中には魔族に投降する貴族も出てくるかも知れません」


「そうなれば国璽も王権も糞もない。難攻不落のリーザスも内から滅びるだろうな」


 俺は断言する。

 その言葉を聞いたギュンターは納得する。


「なるほど、道理だ。アイヒスの奴は打って出るしか道は残されていない、というわけか」


「難攻不落のリーザスに籠もられる数万を一軍団で相手にするのは不可能だが、城から打って出てくる1万程度の兵ならば我が軍団だけで対処できる。だから俺は今回の件、逆に好機だと言ったんだ」


「確かにその通りやもしれぬ。アイク殿はそれゆえに背水の陣を敷く、とおっしゃられたのか」


 ギュンターの問いに「ええ」と答えると、再び絵地図に指を指した。


「俺は第8軍団の陣をここに動かします。川を背にしますが、ここが一番敵が攻め易そうな地形ですから」


「なるほど、そこに敵軍を誘い込み、殲滅する、というわけか」


 ギュンターは立派な髭を撫でながら賞賛してくれるが俺はそれを否定する。


「いえ、殲滅は無理でしょう」


「なぜ?」


 短く問うてくる。


「リーザスの軍を率いるのはアインゴッド将軍です。リーザスの城内で出会いましたが、なかなかの人物でした。そんな名将を簡単に倒せるとは思っていませんよ。ましてや敵兵は窮鼠と化している。死にものぐるいで襲い掛かってくるかと」


「ならば戦は膠着状態になる、ということか?」


「いえ」


 と、俺は否定する。


「恐らくですが、我が軍は川岸まで押し込められ、大敗するかもしれません。それくらいは覚悟しておかないと」


 周囲に緊張が走る。

 部下たちの生唾を飲む音が聞こえてくるようだった。


「我々第8軍団が負けるかも知れない、アイク様はそうおっしゃられているのですか?」


 リリスが代表して尋ねてきたが、俺はその疑問に、


「ああ、その覚悟も持っていて欲しい。この作戦は賭けになる。その賭けに負ければ全滅の憂き目に遭うかもな」


 と、端的に答えた。


 周囲のものは再び戦慄するかのように沈黙するが、一人だけ笑みを浮かべているものがいた。


 彼女は一人、不敵に微笑んでいた。

 無論、彼女とはリリスである。

 俺はリリスが笑みを浮かべている理由を察していたが、あえて彼女に尋ねてみた。


 或いは彼女にその言葉を言語化して貰い、自分自身に発破をかけたかったのかもしれない。


「リリスよ、お前はこの戦、勝てると思っているのか?」


 サキュバスのリリスは満面の笑みで答える。


「アイク様がその言葉を使った後に負けたことって一度でもありましたっけ?」


「ないな」


 ――しかし、今度は分からない。


 そう続けたかったが、それは口にせず。俺は勝利の女神の代わりにリリスの銀髪を軽く撫でた。


 彼女の銀色の髪は銀で紡がれたかのようにさらさらとしていた。

 この娘が賞賛してくれた後に、負けたことはない。

 今はその法則に賭けるしかなかった。

 それくらい俺が行おうとしている作戦は大胆にして不敵なものなのだ。

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